第26話 オカルトマニアの皆さん、ここですここ。
「じゃー地球救うか」
隕石をどうにかする方法は見つかった。
あとはそれを実行するのみ。
目覚まし時計のアラームを切るためにベッドに向かう。
「ていうか、隕石壊したとしてどうなるんだろ」
私はあくまでもハリネズミと一緒に暮らすために隕石を破壊するのだ。
絶対時間が動かないとなるとただの骨折り損になってしまう。
不用意に地球を救うことは避けたい。
そもそも私は地球が滅亡することを肯定している側の人間だ。
今の生活に満足しているものの、手放したくないとまでは思っていない。
「そうなったら、私が地球を滅亡させてやろうかな」
ふふふ、と薄ら笑いを浮かべて呟く。
最初のターゲットは君だ。
寝室に戻って目覚まし時計のアラームを消した。
「とりあえず絶対時間は隕石がなくなったら進む、ってことにしておくか」
私がひとりで遊ぶために用意された空間ではないと思う。
そのため、絶対時間を動かす条件は「隕石を消滅させること」であると考えた。
いつも通り食パンをオーブンで温めながら電子ケトルに水を入れる。
「たまには電子レンジで温めてみようかな」
まだオーブンに入れてから30秒も経っていない。
今日はいつもと違うことでもしてみるか。
オーブンから食パンを取り出して、お皿に入れたあと電子レンジの中に入れた。
「電子レンジならしっとりした感じになりそうだよね」
蒸パンみたいになってくれたらいいな、と思いながら待つ。
数分後、軽やかな音を立てて加熱が終了した。
中身を取り出す。
「ちょっと湯気でてるな」
開けた瞬間、顔に水蒸気のようなものが感じられた。
おそらく食パンの中に入っていた水分ができたのだろう。
「見た目的にはふにゃふにゃって感じか」
完全に蒸しパンみたいにはならないか。
イメージ通りといえばイメージ通り。
そのとき電子ケトルもカチッと音を鳴らして沸騰を止めたので、リビングのテーブルに食パンを置いて再び台所に戻る。
電子ケトルを持ってシンクに近づいて蛇口を捻った。
沸騰したお湯の中に冷えた水がどんどん入っていく。
私は猫舌だから、沸騰したお湯のままコーヒーを飲むことはできない。
その中でふと疑問に感じたことがある。
「・・・猫舌ってなんで『猫』なんだろ」
そもそも人間以外に火を使って調理する動物なんてほとんどいないはず。
ならば、ほぼすべての動物は熱い食料に対して耐性が無いのでは?
「ちょっと調べてみようかな」
朝食を食べながらスマホで調べてみることにした。
ながらスマホはダメという意見もあるが、そんなことは知らない。
この家では私がルール。
「え、猫舌って生まれつきじゃないの?」
単純に舌の先端は敏感なため、そこを使って食べ物や飲み物を口に入れると熱さを感じやすい、というメカニズムがあるようだ。
舌先三寸は火傷するからやめとけってことかな。
ちなみに猫舌の『猫』に深い意味はないらしい。
日本語特有の表現で、英語でも『猫舌』にピッタリ合う表現はないとか。
「よく考えたら、日本語で『猫』を使った表現ってけっこう多いよね」
猫背とか猫っ毛とか猫の額とか猫目とか。
これで猫なで声まで出したら、もう完全に猫でしょ。
人面猫だ。
オカルトマニアの皆さん、ここですここ。
電子レンジで温めた食パンは、オーブントースターで焼いたものよりも好きな触感をしていた。これからは電子レンジで温めることにするか。
さっき読んだ記事を参考にして、舌の真ん中あたりを意識してコーヒーを飲んでみた。こうすると熱い飲み物でもそれなりに飲めるらしい。
「うーん、熱くない、かな……?」
あんま違い分からないんだけど。
自分の飲みやすい温度に調整した後だったから、その効果はあまり実感できなかったのかもしれない。だが沸騰したお湯で試す気にはどうしてもならない。
「わざわざ火傷するようなことしたくないしね」
いつか機会のあるときに試してみよう。
朝食を済ませてベッドに腰を下ろす。
「じゃあどうしよっかなー」
隕石を消す方法は判明したので、これからの時間はアディショナルタイム。
元の社会人生活に復帰するまでの猶予時間だ。
「せっかくなら役に立つこととかした方がいい?」
VUCAの時代と言われる現代、何が起きるか分からない。
いきなり超大国の経済が崩壊するかもしれないし、
謎の流行り病で経済活動がストップするかもしれないし、
地球滅亡クラスの隕石がいつの間にか忍び寄っているかもしれない。
そのリスクを減らすのは個人の努力であり会社が何とかしてくれるものではない。
「ってなると英語かな?」
でも生成AIがある程度なんとかしてくれる時代に、わざわざ英語を勉強する気は起きないな。
ほら言うじゃん「もし海外に行ったら苦労するよ」みたいなフレーズ。
英語が苦手だったときに高校教師に言われたことがある。
私は海外に行くつもりなんてさらさらないし、なんなら海外が私の家まで来いよって思っているタイプだ。
英語は昇進試験で必要になってから考えることにしよう。
「……そうだ忘れてた」
私って某ビジネス英語テストで53万点だから。
そんな私がわざわざ英語の勉強なんてする必要ないでしょ。
英語以外に有効な時間の使い道を考えてみよう。
「じゃあ資格とか?」
難関資格と呼ばれるものも、時間さえあればハードルはほぼゼロになるかも。
資格試験フリーパス状態を作ることができるはずだ。
「……でも今の生活に満足してるしなぁ」
この空間でわざわざ勉強をするというアイデア自体がナンセンス。
資格試験で無双できたとしても、得られるものはそこまで多くないでしょ。
「あーでも何か一つ極めるってのはできそう」
一万時間の法則というものを聞いたことがある。
なんでも、一万時間の意図的な練習をすることによって本物の一流になれるらしい。楽器演奏でもスポーツでも、一万時間というのが1つの境界になっているとか。
「1万時間ってどのくらいなんだろ」
ネットの記事では、一日3時間する想定で10年近くかかると記載されていた。
じゃあ24時間続けたら1年ちょっとでできるじゃん、というアホみたいなことも考えてみる。
「でも私って飽き性だからなー」
最大の問題は時間ではなく自分の性格。
だからこそ、この生活に飽きる前に元の生活に戻りたいと思っている。
何事もそこそこが良いって言うじゃん。
時間が止まっているからって、やりたいと思うことはそこまで多くない。
それを全部してから、地球を救うことにしよう。
「やっぱそうなってくるよね」
溜め息を吐いてスマホから顔を外す。
時間の止まった世界で有益なことなんてする意味がない。
本当に有益なことは、時間が進んでいるときにでもするはずだ。
それならすることは決まっている。
「全く身にならないことを、無駄だと分かっててやるのが一番だよね」
社会的大儀に興味はないし、働いている会社の経営理念に一ミリも共感しない。
隕石はひとまず置いておいて、したいことをしよう。
「よーし、今なら色々したいこと出てくるぞ」
時間停止直後は社会人として思考が凝り固まっていたが、今の私ならしたいことなんてたくさん出てくる。
「とりあえず散歩の準備するか」
ソファから起き上がって、いつも通り散歩の準備をすることにした。
顔を洗って軽くメイクをしてから動きやすい服に着替える。
財布と家の鍵、そしてスマホを手に取って外に出た。
「良い天気だなー」
相対時間は午前8時。
蒼天の青空がどこまでも広がっていた。
家の鍵を閉めて階段を下りる。
「ていうか、なんでエレベーターないわけ?」
今更ながら疑問に思った。
毎日上り降りするの結構きついんだよね。
大学生にからずっとこの家だから慣れたけど。
でもどうせだったら、エレベーターのあるマンションが良い。
「あー引っ越しとかしようかな」
前も言ったがキングサイズのマットレスに買い替えることは決定事項。
そのついでに引っ越しするといいかもしれない。
もっと良い条件の賃貸はありそうだし。
玄関まで降りる。
「とりあえずそれはそれとして、やりたいことをするか」
引っ越しは絶対時間が動き始めてから考えればいい。
スマホをポケットの中に入れてゆっくり散歩を始めた。
今日が最後の終末生活ってことになる。




