第22話 すっぽりは穴に入るって感じだよね?
「今回はどうなってるかなー」
おはようございまーす、と呟いて職場に入る。
昨日の若返り実験は残念ながら失敗に終わった。
そのため、時間を前に戻すことは不可能であるという結論を出した。
「どうせだったら若返ってみたかったなー」
高校生くらいの瑞々しい身体があれば二徹くらい余裕でしょ。
社会人として働くときに年齢偽装を疑われる可能性はあるけど。
「まあ今もかなり健康だしね」
そこまで若さに執着しているわけではない。
ほら、私ってまだ20代だし。
四捨五入したら、みたいな話は絶対やめてね。
手が出るよ。
「さてと……」
コピー機に相対する。
外見は変わっていなさそう。
「でもコピー機的にはもう寿命をとっくに超えてるよね」
昨日の若返りが上手くいかなかったので、少し多めに時間を進めておいた。
概算で寿命の2倍くらいの状態になっているはず。
「一旦コピーしてみるか」
先日と同じPDFを印刷してみることにした。
ガコンガコン、
キュルキュル、
ピーピーピー、
ヴッ……
最後の異音は、まるで倒れる直前のキャラクターみたいだった。
「印刷不可、と……」
コピー機は天寿を全うしたようだ。
南無南無と呟いてコピー機に触れた。
「これまでありがとね」
コピー機も笑っているように見える。
私は満足して職場から出た。
「とりあえず、コピー機の時間をかなり進めることはできるってことが分かったな」
スマホのメモ帳に入力する。
実験の結果をまとめようと思い、まっすぐ自宅に帰った。
「よーしインテリモードで行くぞー」
腕をぐるぐる回してソファに腰を下ろす。
シャワーも浴びて頭が冴えわたっている今、私に解けない問題はない。
現段階での状況を整理してみよう。
絶対時間: 動かせるかどうか不明(動いてもらわないと困る。ハリネズミ飼えないし)
相対時間: 進めるのはできるけど、巻き戻すのは不可。
進める場合: 目覚まし時計セットが最重要、それプラス念じることで特定のモノの時間を進めることができる?
「あれ、これだけ?」
整理してみればとてもシンプルだった。
絶対時間はいまだにわかっていないことが多いけど、相対時間についてはかなり理解が深まっている。
本当はもっと色々あるんだろうけど、実用的なものしか興味がない。
「で、そろそろ絶対時間をどうするかって話になってくるわけだ」
現状は私がセットした時計以外はすべて午前2時停止している。
いきなり時間が戻ることはなさそうだが、ずっと止まったままというのも困る。
「まあいきなり解除されるのは困るけど」
隕石が地球に衝突するのは避けたい。
ハリネズミたちが絶滅するのを黙って見過ごすことはできない。
腕を組んで色々考えてみる。
「そうなってくると、隕石をどうにかするっていうのがやっぱり優先順位高くなってくるよねー」
面倒だけど、そうなるのは理解できる。
「えー隕石かぁ……」
正直言えば、誰かが勝手にやってほしい。
広告代理店あたりのサードパーティが隕石破壊もやってくれないかな。
がっつりマージンとってもいいから、私の代わりにやってくれ。
そして領収書は日本政府まで送付してもらおう。
「はー、なんか考えるのも疲れてきたな」
インテリモードの仮面が剥がれてきたので、今日の考察はここまで。
私のインテリモードは1日10分しか持たない。
その10分をやりくりして何とか社会人生活を送っている。
ここぞという使いどころでしか使わないのが私流。
ちなみに翌日への繰越は不可。
しばらくの間、窓を全開にしてぼーっと過ごす。
「そろそろ自転車乗ってみようかな」
どうせ乗るんだったら遠くの方が良い。
あとできれば、海に行ったときみたいな急な坂は遠慮したい。
「海行くったってなったら次は山かな」
そうなってくると季節は秋でしょ。
「紅葉狩り行くかー」
紅葉狩りを人生で一度もしたことがないから、いい経験になるかも。
「どうせだったら実験もできたらいいよね」
インテリモードの残り時間はあと2分。
少し急いで考えれば間に合うか。
「よっし」
全くやる気は起きないけど、真面目に考えてみるか。
「紅葉狩りをするってなったら、山にあるすべての木が秋の状態になってないといけないよね?」
だから、それができるかどうかの確認するついでに紅葉狩りにしゃれ込むことにしよう。
「そうなってくると……?」
木の全てを紅葉状態にすることは何を意味するか、というのが大事になってくるわけだ。
ぱっと思いつくことを書き出してみる。
1. 直接見たことがないものでも操作可能?
2. 一度に操作できる個数に制限はない?
「とりあえずこのくらいかな」
何に使えるか分からないけどせっかく山に行くんだし、情報は集めておいた方が良い。
「てか、一番近い山ってどこにあるんだろ」
自転車で3時間とかなら流石に諦める。
『最寄りの山』で検索してみた。
初めてそのフレーズで検索した。
普通は『最寄りの駅』とか『最寄りのコンビニ』とかでしょ。
「一番近いところが自転車で1時間かぁ……」
イヤな距離感だ。
前回は30分そこらで海に行けた。
その2倍の時間ということになる。
「まああのときの私とは違うし」
今なら、意外といけるか?
「帰りに筋肉痛で動けなくなった、とかだと困るな」
道端で野宿は怖い。
時間が止まっているとは言っても、何でもかんでもできるわけじゃない。
「ていうかこの山、標高どのくらいあるの?」
一番重要なことを確認していなかった。
実は上級者向けです、とかは困る。
それなら紅葉狩りをすっぱり諦められるんだけど。
「……あれ、『さっぱり』と『すっぱり』どっちが正しいんだろ」
全く関係のないことが頭をよぎる。
既にインテリモードの営業時間は過ぎているので、これくらいは許してほしい。
「さっぱりって食べ物とかで使うよね」
さっぱりした味わいですね、みたいな。
ナス系の料理で耳にする。
「……じゃあ『すっぱり』ってなんだ?」
さっぱり、すっぱり、と繰り返しながら山の標高を調べてみる。
「すっぽりは穴に入るって感じだよね?」
結局、標高は400メートル前後の初心者向けだった。
そこまで道具をそろえなくても良さそうなので助かる。
そんなことはどうでもいい。
今気になっているのは擬音だ。
「しょんぼりは悲しいときに使うヤツだよね……?」
さっぱりとすっぱりとは関係ないか。
「でもしっぽりは聞いたことあるな」
意味は良く分からないけど。
小一時間、擬音について首を捻った。
日本語の難しさを今になって感じた。
窓を閉めてエアコンを弱風に設定する。
「そろそろ寝るか」
ベッドにダイブすると、コイルが少し軋んだ音が鳴った。
大学生の頃に買ったものなので、コイツも寿命がおそらく来ているはず。
「これもそろそろ買い替えないとなー」
社会人新生活のタイミングで買い替えるべきだったのかもしれないが、そんな余裕がなかった。寝心地もそんなに悪くないので愛着が湧いているということもある。
「どうせ買い替えるんだったら、良いマットレス買いたいな」
高級ホテルにある感じの、柔らかくて大きなマットレス。
キングサイズのマットレスなんて最高じゃない?
「でも一人暮らしでキングサイズのマットレスって無駄だよなー」
家具店でキングサイズのマットレスを一人で見に行くのはちょっと勇気がいる。
普通に家族のために見に来ているという雰囲気を出せば大丈夫そうだが、私ひとりで使うために見に来ていると頭によぎると、何となく気まずくなりそう。
だってさ、考えてみてよ。
将来設計をしっかりしたカップルがキングのマットレスを買う傍ら、ただデカいマットレスを買いたいだけの私が視界の隅にひょっこり映るんだよ?
そんなの耐えられるわけじゃん。
「買いに行くときは誰かに付き合ってもらうか」
せめて複数人で行けば気も紛れるかもしれない。
どうせなら彼氏でもいればいいが、すぐにキングサイズのベッドを買う彼女って重すぎ?
「もう寝よ」
目覚まし時計をセットして深呼吸した。
明日は紅葉狩りで体力を使う。
睡眠時間をしっかりとっておくことで、明日の自分の疲労を軽減させたい。
赤く染まった山を思い浮かべながら、私は眠りに落ちた。




