第21話 コピー機くんの運命は私が握っている
散歩の道中、道路の白線を見て思い出したことがある。
「そういえば『ここからはみ出たら地獄ってヤツ』、小学校の頃にやったなー」
あのときは歩幅が狭かったから比較的簡単だった。
でも今なら一瞬で奈落に転落してしまいそう。
「まあ住めば都って言うしね」
地獄に落ちるのも悪くないか。
外の景色を楽しみながら散歩を続ける。
今日の目的は2つ。
一つ目の目的を達成するために会社に向かって歩いている。
その一つというのが—
「……コピー機くん、今ごろ呑気に過ごしているだろうな」
ふふふ、と薄ら笑いを浮かべる。
今、会社のコピー機に余命宣告をするために歩いている。
というのも、うちの会社のコピー機は寿命が近い。
インクの出が悪いのは日常茶飯事で、紙が詰まったりするとこもしばしば。
早く買い替えたほうがいい、という話は耳にするものの、決裁が下りないとかなんだとかでずっと放置されている。
ついにコピー機の息の根を止めるときが来たのだ。
今の私はまさに死神だ。
会社に到着。
社員証をかざして建物の中に入る。
エレベーターに乗って上の階へ。
「おはようございまーす……」
誰もいないということは分かっているが、一応挨拶だけしておく。
癖みたいなものだ。
入り口から入って右側に鎮座しているのが今回のターゲット。
どう最近? と尋ねながらコピー機にポンポン触れてみる。
当たり前だけど返事はない。
「コピー機の寿命が5年とかって言ってたっけ」
私が入社してからこのコピー機は買い替えていないから、おそらく寿命目前だろう。
「いやー穏健なやり方で寿命を全うできるなんて君、ラッキーだね」
時間が止まったこの空間の中でかなり最初に出てきた案がコピー機を物理的に破壊することだった。
しかしコピー機の価格を見て、一瞬でその案は立ち消えた。
請求されたら怖いじゃん。
「でも経年劣化とかだったら大丈夫でしょ」
本当に大丈夫かどうかは分からないけど、物理的に破壊するよりはましだと思う。
私が直接手を下しているわけじゃないし、多分大丈夫。
「まずは現段階での印刷の質をチェックさせてもらおう」
自分の机まで戻り、パソコンでPDFを開いて印刷開始。
ガガガ、と謎の機械音を立てながら印刷された紙が出てくる。
「ちょっとかすれてるよねー」
ところどころインクのムラがある。
これは間違いなく経年劣化のサインだ。
「これが明日どうなるかって話だね」
明日は寿命をとっくにオーバーしているコピー機になっているはずだ。
コピーするときに良い悲鳴を聞かせてくれ。
印刷した紙を自分の机の上に置いて職場から出て行った。
1つ目の目的は達成。
次だ。
「200メートル先を右ね……」
地図アプリを見ながら歩き続ける。
「おーここか」
店の名前を確認して目的地に着いたことを確信した。
目の前に出てきたのは、ペットショップだった。
ハリネズミを扱っている最寄の店に足を運んだ。
「鍵は、開いてるな……」
カランカランと鈴が鳴る。
ショッピングモールのときといい、なんでシャッターが閉まっていないんだろう。
他の家も実は空いてたりするのかな、とか思ったりもするが、犯罪になりそうなので流石に控えている。
偶然入っちゃいました、が通用する場所にしか足を踏み入れるつもりはない。
中に入って内装を見回す。
「初めてペットショップ来たなー」
壁に貼っている注意事項の紙に目を通してから奥に進んだ。
入り口に犬とか猫のケージがあって、奥側に小動物が配置されている。
「午前2時だから眠ってるのかな」
犬や猫はケージの中で寝転がっていた。
今日のお目当てはハリネズミだったので、あまり気にせず進む。
「お、いるじゃん」
ついに見つけた。
ケージに顔を近づける。
目の前にいたのは小さなハリネズミ。
ご飯を食べている状態で静止していた。
「やっぱ夜行性だからなのかな」
他の動物たちは寝ていたが、ハリネズミだけは起きていた。
「かわいい……」
実物のほうが、動画で見たペット動画より何倍も魅力的に見えた。
ケージに張り付けられている説明書きを読みつつ、しばらくの間ハリネズミが止まっているだけの様子を眺め続けた。
「もし動いてたら相当可愛いんだろうなー」
今でも十分可愛いけど、歩いている姿なんて見たら疲れが一瞬で消えてしまいそう。
それなら職場でハリネズミを飼ったほうが良いのでは?
流石に夜行性だから職場にケージをポンと置くのはだめだと思うけど、少し離れた一室で飼うことはできるはず。
休憩中に見ると絶対やる気が起きる。
従業員の職務満足度が上がる可能性すらあると思う。
「誰かそういう提案してくれないかなー」
自分で提案はしないが応援はするつもり。
好きな四字熟語は他力本願。
満足いくまでハリネズミを観察してからペットショップを出た。
「良い場所だったな」
まさか徒歩圏内にこんな場所があるとは。
大学生になってからこの土地に住んでいるとはいえ、知らないことが多い。
時間停止前の私が、どれだけ視野が狭かったのかを自覚させられる。
猫カフェとかも近くにあるみたいだし、暇なときに行ってみたい。
家に向かいながら、ふと思ったことがある。
あなたは動物に例えると何ですか? という質問だ。
「あれって何だったの?」
会社の面接で聞いてどうするんだろ、と思いながら答えた記憶がある。
なんでも自己分析をちゃんとしているか、みたいな意図で聞いているらしい。
犬なら素直で人懐っこいところだったりコミュニケーションが得意という意味。
「会社の犬になります」という意味ではない。
ナマケモノなら穏やかで忍耐力があるという意味。
「怠け者な給料泥棒になります」という意味ではない。
キリンなら温和で優しく協調性があるという意味。
「実は怒ったら一番ヤバいヤツです」という意味ではない。
「あのとき私、なんて答えたっけなー」
今の会社ではなく、別の会社の面接で聞かれたのだ。
「ミジンコとかだったっけ……」
ミジンコは単為生殖をするので、独立心があると言えます。
しかし環境が悪化したら有性生殖に切り替えるので、協調性もあると言えます。
したがって、御社の求める人材像に合致していると考えました。
みたいなことを真顔で説明した気がする。
面接というのは知識ゲームみたいなところもある。
知識で押し通せるところは押し通すというのが私なりの面接術だ。
ちなみにそのときは、「なるほど、それでは次の質問に……」みたいに流された。
「はぁー疲れた」
家に帰りついてシャワーを浴びた。
とりあえず今日することはすべて終わった。
あとはコピー機の寿命を刈り取るだけ。
ハリネズミの動画を見ながらしばらく時間を潰した。
「そういえば、時間って巻き戻せたりしないのかな……」
ふと疑問に思った。
これまでは時間を先に進めるイメージだったが、もしかして時間を過去に戻すことだってできるのでは?
例えば数年前に時間を巻き戻して、隕石の警告をするみたいな。
「誰も私の言うこと信じてくれないと思うけど」
そのまま月日が流れて実際に隕石が衝突するってなったとき、私は預言者として崇め奉られることになるだろう。
そして嘘八百の自著を書いて印税で生活し、地球滅亡の直前までタワマンで宴だ。
「……そこまで行くと隕石をどうにかしてくれるって勘違いされそうで嫌だな」
私は預言者であって、未来を変える能力はない。
よくわからないお偉いさんに「地球を頼みます」なんて言われても困る。
まあ私はミジンコのような小市民でありたいので、そんなことをするつもりはないんだけど。
「でも、時間を巻き戻せるかどうかは気になるな」
公園に咲いたソメイヨシノも時間が「前に」進んで咲いたのか、「後に」巻き戻って咲いたのか良く分からない。
「コピー機くんが以前の勇姿を見せてくれれば、巻き戻ったって言えそうだけど」
インクにムラのある状態からかつての高品質に戻ってくれたら、時間が戻ったと言えそう。
どちらかといえば、そっちの方がありがたい。
コピー機がいきなり壊れるより、いきなり新品みたいに使えるようになった方がみんな喜ぶだろうし。
「とりあえずそっちから試してみようかな」
失敗したら時間は巻き戻せないということが言える。
その場合は余命宣告通りに寿命を刈り取らせてもらおう。
「ちょっとやってるか」
ヒマだし、と呟いて寝室に向かう。
「目覚まし時計は逆時計周りにセットしておくか」
意味があるのか分からないけど、とりあえず試してみよう。
長針をわざわざ12回転して元の時間帯にセットした。
明日がどうなるか見物だ。
コピー機くんの運命は私が握っている、という確かな優越感を胸に私は目を閉じた。




