第20話 仕方がないので、地球を救うことに決めた。
「花見って何持っていけばいいんだっけ?」
今更ながら疑問に思った。
子どもの頃に花見をしたことはある。
ただそれは遠い昔の記憶。
あの頃は親が全部準備してくれたから楽だったよな。
会社のイベントで花見をするところもあるみたいだが、少なくともウチは違う。
サクッとスマホで調べてみた。
「『花見に必要なもの20選』?!」
記事のヘッドラインを読み上げる。
なんで20個も持っていかないといけないんだ。
ただその中でも「絶対に必要なもの」と「あったら便利なもの」などカテゴリ分けがされていたので、全部持っていく必要はないらしい。
最低限必要なものは以下だった。
1. レジャーシート
2. 飲食
3. ゴミ袋
4. ティッシュ
「まあ近くのコンビニで揃えられるかな」
レジャーシートは売っていないけど、公園のベンチに座れば問題ない。
少なくとも、行きは手ぶらで行けそうなので一安心。
いつも散歩に行く恰好で外に出た。
「ぱっと見は普通の夏だよね」
午前9時くらいかな。
まだそこまで暑くないので助かる。
公園に向かってゆっくり歩く。
自転車を使ってもよかったが、今日はなんとなく使わなかった。
もう一度自転車を使って遠出をしたいと思っているが、それをするのはもう少し先になりそうだ。
「これで桜が咲いていなかったら残念だけど……」
一応、これも実験なのだ。
どこまでの対象の時間を操作できるのかという実験。
もし桜が咲いていれば、少なくとも植物系の時間は操作できるということになる。
天気を操作できる私が植物に手こずるなんてありえないと高を括っているものの、もし花見ができないとなれば少し傷つく。
恐る恐る公園に近づいたが、その心配は無用だった。
「おーちゃんとできてるじゃん」
ピンクの葉を纏う木々が遠くから見えた。
文字通り、花びらが宙に浮いていた。
以前の雨や雪と同じく、完全に静止していたのだ。
「まさに見ごろって感じだな」
よかったよかった、と言って一旦花見に必要なものをコンビニで買ってくることにした。
コンビニで野菜ジュースとお菓子、そしてゴミ袋を買って外に出る。
聞き馴染みのあるBGMを背に、すぐ公園に戻った。
花見のときにお酒を飲む人も多いと思うが、少なくとも私は飲まない。
そもそも、お酒を飲むことがほとんどない。
「お酒を飲んでも、全然酔わないんだよねー」
テンションは若干上がるんだけど、すぐにシラフに戻るっていうか。
おいしいとは思うけど、おいしいってだけって感じ。
親が酒に強かったからその遺伝だと思う。
公園に戻ってきた。
「よーし、花見始めるか」
さっき見たときと同じように、桜の雨は止まったままだった。
ベンチの腰かけて桜をぼーっと眺めながらお菓子の口を開く。
「あ、ウェットティッシュ持って来ればよかったな」
近くに水道があるからそこまで手間ではないんだけど。
こういうちょっとしたところで気が利かないところが私らしい。
まあ自分だけ困るんだから別にいいでしょ。
そんな言い訳をしながら桜の花びら一つひとつに目を凝らしてみた。
空中に止まったままの桜というのはかなり情緒的だ。
花びらの落ち方に、色々な物語を感じずにはいられない。
喉が渇いてきたので野菜ジュースをストローでちゅうちゅう吸ってみる。
いつもの味だけど、やっぱり花見をしているからか美味しく—
「いや、そんなことないな」
いつも通りおいしい野菜ジュースをいつも通りおいしく頂いた。
一度手を洗ってから桜の花びらが浮かんでいる場所に近づいてみる。
「やっぱすごいなー」
とても幻想的な風景だ。
花びらに触れず、その周りをぐるぐる指でなぞってみる。
手で仰いでも、息を吹きかけても、全く動きそうになかった。
でも花びらの表面をなぞった瞬間、その花びらは自然法則を思い出したかのようにひらひら地面に落ちて行った。
しゃがんでその花びらの表面を指で触る。
「滑らかだな」
触り心地がかなりいい花びらだった。
匂いを試しに嗅いでみる。
「全然匂いしないんだけど」
流石に一粒だけで桜の匂いを出すのは無理か。
桜の匂いはかなり好きだったりする。
とても落ち着く匂いだと思う。
中学校の校門の前に大きなソメイヨシノがあって、3月頃には淡い桜色が視界いっぱいに広がっていた。
そこを通るとき、私は少しだけゆっくり歩いていた。立ち止まって匂いを楽しむほど周りの目を無視することもできなかったから、ちょっとした時間で桜の爽やかな匂いを楽しんでいたのだ。
匂いフェチってほどではないんだけど、好きな匂いを見つけたら何回か嗅ぎたくなってしまう。
だから日常的につける香水も、自分の好みにあったものを使っている。
何回か香水をつけていればその匂いが好きになったりするけど、その中でも特に好きになった香水を大学生に頃からつけ続けている。
ちなみに同僚からも好評だ。
「花見って他に何するんだろ」
ベンチに戻ってスマホを開く。
花見だから桜を見るというのは分かるけど、それだけで間を持たせられるとは到底思えない。
途中で余興とかしたりするのかな。
「『みんなでわいわい雑談を楽みましょう』って書いてるんだけど……」
一人で花見をしている今、そんなことできない。
「できないけど、やってみたら意外と楽しそうだな」
仲の良い友だちと何人かでやってみれば、意外と盛り上がりそう。
途中で余興もすれば大笑い間違いなし。
「はぁー……」
孤独耐性が強い私だとしても、最近は1人でいることが少し寂しく感じてきている。
「ペットとか良さそうだよなー」
時間が止まっている今は無理だけど、将来はペットを飼ってみたい。
ハムスターとか良さそう。
見てるだけで癒されそうだし。
「懐きやすい動物って何がいるんだろ」
ちょっと調べてみることに。
フェレットやデグーが懐きやすいらしい。
だが私が目を奪われたのは、別の動物だった。
「やっば、ハリネズミ可愛すぎでしょ……」
ずんぐりした体型。
ぽてぽて歩くフォルム。
本当にたまらない。
きゅんきゅんしながらハリネズミをお世話する動画を見続けた。
30分後。
「……よし、ハリネズミを飼おう」
一人暮らしでも飼いやすいらしいし、とにかく可愛い。
これは私の寂しさを癒してくれる、最高のパートナーになるはずだ。
時間が戻ったらペットショップに—
「……そうなってくると隕石邪魔だな」
空気を読まない隕石が地球を滅亡させようとしている。
私とハリネズミのニードルくん(名前)の仲を引き裂こうとする真似は許さない。
桜の浮かぶ幻想的な公園。
その場に合わない物騒な言葉を私は口にした。
「隕石壊すか」
仕方がないので、地球を救うことに決めた。
「まあそれをするのは、今の生活を十分楽しんでからにしよう」
ハリネズミはどこにも行かないし、したいことだってある。
とりあえずしたいことを全部してから、地球を救うことに決めた。
「もうやることないし帰ろ」
家に帰って、もっとハリネズミの動画が見たい。
ゴミ袋の中にお菓子の袋と野菜ジュースを入れて、手を洗ってから帰路についた。




