第17話 やばい、頭の中が結婚に毒されてしまっている
「よく考えたら『雪崩』って読みおかしくない?」
いやわかるよ、雪が崩れるから「なだれ」って読むっていうのは。
でもさ、「なだれ」の「な」ってどこから来たの?
「ちょっと調べてみるか」
所説あるものの崩れ落ちるという古語が「なだる」らしく、そこから当て字で「雪崩」になったらしい。
「よく見たら『崩』って漢字かっこいいな……」
要塞みたいに見えてきた。
ただ意味が崩れる→to collapseというのがちょっと惜しい。
崩れるが守るみたいな意味だったらよかったのに。
「そろそろ散歩行こうかな」
窓を開けて外の様子を見てみた。
昨日のことが嘘のように、穏やかな気候だった。
「あの雪って幻だったわけないよね……」
アルバムを開いて昨日撮影した写真を見返す。
やっぱり、雪が完全に静止している。
あれは夢ではない。
「私って天気も操れる系なのかな」
時間はほとんど間違いなく操作できる。
目覚まし時計をセットして寝るだけの簡単な方法だ。
そして今回、天気も自在に操れる可能性が浮上してきた。
つまり私は晴れ女であり雨女、そして雪女でもあるということ。
ここで問題になるのが、天気と時間が独立して操作できるのか、それとも何かしら関係性があるのかだ。
まず一つ目の仮説について。
天気と時間が独立しているとすれば、私は二つの能力を持っていると考えることができる。よく言えばユーティリティープレーヤー、悪く言えば器用貧乏。
次に二つ目の仮説について。
天気と時間が関係性を持つ場合、時間が大きな枠でその中に天気という小さな枠があるというイメージ。
当たり前だけど、雪が降るという天気と言えば冬。その冬まで時間が進んだ結果、7月なのに雪が降るという異常現象が生じたという可能性だ。つまり、天気という対象の時間を操作して雪を降らせたということ。いつもの目覚まし時計のセットがきっかけになったのかもしれない。
「うーん……」
唸りながら考えるものの、どちらが正しいかわからない。
とりあえず散歩の準備を済ませて外に出ることにした。
乾いた空気の夏空だった。
雪の存在は完全になくなっている。
「今日はどこ行こうかな」
繁華街は昨日行ったから別の場所に行きたい。
今度行ったときに元の位置に戻しておかないと。
「自転車に乗る気も起きないしな……」
前回乗ったときに筋肉痛になったので、もう少し鍛えてからチャレンジしたいと思っている。少なくとも、今日は乗る気がない。
「たまには適当に歩いてみるか」
特に目的地も決めずぶらぶら歩いてみることに。
散歩というよりは散策といった方がいいかもしれない。
スマホをポケットに入れて歩き始めた。
「ちゃんと外の景色を見るのってなかなかないよなー」
特に時間が止まる前はいつもスマホを見ながら歩いていた。
歩きスマホが危険っていうのはわかってるけど周りもしてるし、と正当化していた。
スマホも見ずワイヤレスイヤフォンもしないで歩くというのは、社会人としてタイムロスだったり非効率だと感じる。どうせだったらもっと有意義に、なんて思ってマルチタスクをする結果、全部中途半端になるみたいな。
歩きながらポケットに入れたスマホが揺れる。
「へぇ、こんな大きな一軒家とかあったんだ」
目についたのは三階建ての大きな一軒家。
この地域は都市部だから地代とか相当高いはず。
「一軒家いいなー」
私も住むんだったら一軒家がいい。
実家が一軒家だったから、というのもある。
老後は実家みたいな自然のある落ち着いた場所に住みたい。
以前、中古でいいのないかなと思って調べてみたことがある。
しかし目玉が飛び出るほど高かったので、仕事をもっと頑張ろうと決意した。
以前、その話を同僚の子にしたことがある。
散歩を続けながらその時のことを振り返る。
昼休憩のとき。
「私、老後は田舎の一軒家に住みたいんだよね」
「一軒家ですか?」
高いじゃないですか、と同僚の子は応えた。
「でもさ、一軒家って憧れない?」
「なくはないですけど……」
でも私、一軒家に住んだことないんでよくわからないです、と彼女。
「環さんってどこ出身でしたっけ?」
「あっち」
私は指をさす。
「抽象的でわからないです」
「方角はあっちだって」
むしろ具体的だと思うんだけど。
「環さんってたまに抜けてますよねー」
「そう?」
普通は東北とか関西とか答えるじゃないですか、と同僚。
「君はずっとこの周辺なんだっけ?」
「まあそうですね」
「大学は?」
「環さんと同じところですよ」
初めて知った。
学部も同じだったらしい。
「黙ってた?」
「言ったことありますよ?」
「いつ?」
「前にご飯食べに行ったじゃないですか」
その時に行ったんですけど、と付け加えた。
本当に言ってたかな?
「ていうか、なんですけど」
「うん」
「老後のこと考える前にもっと近い将来のこと考えた方がよくないですか?」
「というと?」
結婚ですよ結婚、と頭の痛いことを言ってきた。
「別に独身でよくない?」
「でた、開き直りタイプ」
よくいますよねーと同僚の子は笑った。
よくいるタイプらしい。
私以外の人で見たことはないけど。
「別に結婚ってゴールじゃないじゃん」
「そうですけど、周りで結婚してる人とか見てもなんとも思わないんですか?」
「末永くお幸せにって」
ちょっと僻み入ってるじゃないですか、と私の背中を軽くたたいた。
距離感がいつもちょっと近い同僚だったので、そこは2歳年上の大人な女性として流す。
「君はどうなの?」
「私ですかー?」
少しいたずらっぽい顔でこちらを見る。
「ぱっと見どうです?」
結婚しそうに見えます? と尋ねる。
「うーん……」
そこで一度、彼女の姿をよく観察してみることにした。
彼女の年にしては顔立ちはかなり幼い。
そして私と話すときは距離感が近い。
好きな人はかなり好きになるタイプだろう。
「いつの間にか婚期を逃すタイプって感じかな」
「クリティカルですねー」
ひどいこと言うじゃないですか、と笑って流された。
「でもちゃんと意識してれば逃さないってことですもんね?」
「まあ」
「なら大丈夫ですよ!」
彼女はもう一度私の背中に触れて立ち上がった。
「意識するだけで逃がさないんだったら、何とかなってるって……」
意識に加えて行動をすることが重要なのだ。
私は行動することの第一歩が踏み出せていない。
結婚の話はいったん脇に置いておこう。
今来た道をゆっくり戻ることにした。
「さっきのヤツ考えないと」
三階建ての一軒家を通りすぎて思い出した。
今日は一応、謎の現象について深い考察を行うために外に出たのだ。
自分の人生に悲観することではない。
「いつも通り仮説を立てて、それを検証するための方法を考えないとな……」
これが私のルーティーン。
デイリールーティーンとして紹介すればインテリとして箔が付きそうだな。
動画とかでモーニングルーティーンを紹介するヤツとか前流行ってたじゃん。
あれみたいな流れでやればかなり面白いことになるだろう。
「あ、また別のこと考えてた」
頭をコツコツ叩く。
どうしても思考が逸れてしまう。
立ち止まって考えてみることにした。
「まず仮説は、『天気と時間は独立している』ってことにしよう」
そこで問題になってくるのが、何をもって『独立』と定義するか。
「うーん……」
独立というと独りで立つことだよな……
独り……?
独身?
「違うちがう」
そうじゃなくって。
「やばい、頭の中が結婚に毒されてしまっている……」
全部さっきの一軒家を見たせいだ。
このルートは今後たちよらないようにしよう。
範囲ダメージを食らっているような気分だ。
「まあ独立ってことは、立つ土台っていうのが必要だよね」
その土台っていうのがいわゆる切り口。
その切り口をどうするかっていうのが問題なわけだ。
「まあ時間の進み方ってところかな?」
以前のストップウォッチの実験で相対時間の変化は睡眠時間と同じということが分かっている。
言うならば、睡眠時間が8時間だとしても、天気の時間の進み方が数千時間進んだ結果、次の日に雪が降ったということだ。
「とりあえず『時間の進み方が天気と相対時間で独立している』という仮説を置くことにしよう」
そこで生まれる問題は何か、そしてそれをどうやって確かめるのか、というのが重要なのだ。
ようやくスイッチが入ったので、歩きながら考えることにした。
「生まれる問題はなにかを考えてみよう」
歩きながら何かをするといえば二宮金次郎。
しかし私は考える人の手のポーズをとりながら歩き続けた。
「ぱっと思いつくのはどういう理由で時間の進むスピードに違いが生じたのか、かな」
いわゆるwhy系の疑問。
「多分だけど、この天気になってほしいって思ったからその天気になったってことだよね」
雨が降ってほしいと思った日の翌日に雨が降ったし、雪が降ってほしいと思った日の翌日に雪が降った。
思考が世界に影響を与えている?
「あれ?」
そんな話、前どこかで見なかったっけ?
スマホを取り出して閲覧履歴を開き、二重スリット実験の動画のシークバーを右にスライドする。
「あ、これだこれ」
Dean Radinというアメリカの教授の見解だった。
思考が何かしらの影響を与えて実験結果が変わっているのでは? という内容。
現在ではかなり批判的にみられているが、エンタメとしては面白かったので、その内容だけは覚えていたのだ。
他の真面目な話なんて一つも覚えていない。
「これと似たようなことが起きてるってことにしよう」
思考が世界に影響を与えている。
これが謎の時間操作の能力と密接な関係を持つ、ということにする。
「ということは、だよ?」
一気に様々な疑問が浮上してきた。
思考が世界に影響を与えているならば、その対象はどこまでなのか、どれだけ時間を操作できるのか。
疑問はまるで雪崩のように頭の中で暴れ始めた。
「あーめんどくさ……」
ちょっと考えすぎて頭が痛くなってきたかも。
ポケットの中に入れていたワイヤレスイヤフォンを耳に着けて好きな音楽を流しつつ、何も考えないように意識して家まで歩いた。




