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「アンドリュー、様……?」
シエナは、アンドリューの視線を追った。
そして視線の先にラシェルの姿を見つけた時、不安そうに瞳を潤ませアンドリューの袖をつん、と引く。
するとアンドリューはハッとし、すぐにシエナに顔を向けた。
「どうしたシエナ? 討伐同行が不安か? 不安がる事は無い。シエナは私の傍に居れば安全だ」
「ありがとうございます。もしアンドリュー様がお怪我をされた際は、私の聖魔法で治癒いたしますね」
拳を握り、気合いを入れるようなポーズを取るシエナにアンドリューは頬を緩ませた。
「ははは。そうならないようにしなくてはな」
笑い合うアンドリューとシエナ。
二人の様子は仲睦まじく、どこからどう見ても恋人同士に見える。
教室内にいる学園生達も皆、二人の関係に好意的だ。
「……ラシェルお嬢様。外に出ましょう」
「ええ、そうね」
ラシェルを気遣い、レオが提案する。
レオの言葉にラシェルは有難く頷いた。
昼休憩の時間帯の今、ラシェルとレオは学園の別棟にある小庭園にやって来ていた。
そこで持参した昼食をレオが用意している。
周囲に人はおらず、小庭園は二人の貸切状態。
ラシェルは他に人がいないのを確認すると、砕けた口調で話し始めた。
「──それにしても、殿下が仰っていた婚約者ごっこ……。それにお付き合いするつもりだったけど……あの方の目にはシエナ嬢しか映っていないわね」
これじゃあそのごっこ遊びに私がお付き合い出来ないわ、とラシェルは不服そうに呟く。
「これじゃあ、マルクル叔父様に顔向け出来ないわ」
どうしましょう、と溜息を吐くラシェルにレオは苦笑いを浮かべた。
「殿下がごっこ遊びに興じて下さらないのですから、ラシェルお嬢様に非はございませんよ。マルクル様の期待を裏切る事にはならないのでは?」
レオの言葉に、ラシェルはキラキラと瞳を輝かせる。
「──そう、そうね……! レオの言う通りだわ」
「それより……ラシェルお嬢様はいつまでごっこ遊びにお付き合いなさるつもりで?」
昼食の準備を終えたレオにカトラリーを差し出される。
ラシェルはそれを受け取り、美しく笑った。
「無論、学園を卒業するまではお付き合いするわ」
「卒業まで、ですか?」
「ええ」
「……その後は?」
「無論、こちらから殿下に婚約の破棄を。……それまでに、破棄ができるくらいの手札は欲しいわね。……婚約者である私を蔑ろにした程度では弱いわ。殿下が公爵家を取り潰す──そう仰った事を、多くの人に知っていただかなければならないわ」
「──俺が、証人になれますよ?」
「嫌よ。そうしたら、レオはまた命を狙われるような事になるかもしれないでしょう? せっかくこの国に逃げ延びたのだから、安心して暮らして欲しいわ」
「……自分の身を守れるくらいの力はありますよ?」
「それは分かっているわ。レオはとても強いから。だけど駄目よ」
つん、とそっぽを向いてしまうラシェルにレオは困ったように眉を下げ笑う。
「……あなたのためなら、それくらい出来るのにな」
ぼそり、と呟いたレオの言葉はラシェルの耳には届かず小庭園に消えた。
◇◆◇
学園内、食堂。
そこにはアンドリューとシエナがいた。
二人は楽しげに会話をしつつ、昼食を食べていた。
シェフが作った食事を平らげたアンドリューは、目の前にいるシエナを愛おしげに見つめていた。
一生懸命口を動かし、アンドリューを待たせまいと食事を進めるシエナに目を細める。
最後の一切れを口に運んで嚥下したシエナが、持参した魔法ポットを手に取った。
「──シエナ、いつもそれを飲んでいるな? 美味いのか?」
「──え?」
「それ、だ。中身は紅茶か? 私にも一杯くれないか?」
アンドリューの言葉に、ポットからカップに注いでいたシエナの手がぴくりと跳ね、止まる。
「……すみません、アンドリュー様。食後の紅茶は私の分しか用意しておりません……。今度からアンドリュー様の分も用意しますね」
そう答えるシエナの笑顔は、どこか硬かった──。
◇
時間が経つのは早く、討伐同行授業の日は二日後に迫っていた。
学園がない、休日の今日。
ラシェルのもとに一人の男性がやって来た。
「──ラシェル、ラシェル居るか?」
ラシェルの私室がノックされ、声をかけられる。
部屋でレオとのお茶を楽しんでいたラシェルはソファから立ち上がり、急いで扉を開けた。
「シュタルお兄様? どうされたのですか?」
扉を開けたラシェルは驚いたように目を丸くしていた。
シュタルはひょい、と体をずらしラシェルの部屋の中を覗く。
そして、立ち上がりこちらにやって来ているレオの姿を見て頷いた。
「レオもここに居たか、ちょうど良い。ラシェル、明後日は学園の討伐同行だろう?」
「え、ええ、そうです」
こくり、と頷くラシェルにシュタルは告げた。
「その討伐同行、私も同行する事になった。騎士団として学園生達を援護・保護のために同行する事になったからよろしく頼む」
「──嬉しいです! お兄様が参加されると言う事は……!」
「ああ。婚約者のアネットも私と一緒に同行する予定だ」
パァッと表情を輝かせたラシェルに、シュタルはひくりと顔を引き攣らせる。
そして慌ててレオに視線を向け、レオを手招いた。
「……ラシェル、討伐同行について事前に話しておきたい。この件は父上にも了承を取ってある。……部屋に入るぞ?」
「ええ、どうぞ!」
にこにこ、と嬉しそうに笑うラシェルのすぐ傍にレオが控える。
ラシェルが嬉しさのあまり、力加減を誤ってもレオがすぐに対応できる距離だ。
シュタルはほっと胸を撫で下ろし、ラシェルに促されるまま足を進めた。
ラシェルの隣にレオ、二人の真向かいのソファにシュタルが座る。
レオが用意し直した紅茶を一口飲んだ後、シュタルは懐からある物を取り出した。
それは、大きな紙をたたんだような物だった。
「──これが、今回の討伐同行授業で行く予定の森だ。地形を頭に叩き込んでおけ。それと、出現する主だった魔獣のリストがこれだ」
シュタルはスラスラと説明し、魔獣のリストを続けてテーブルに出す。
ラシェルとレオは広げられた森の地図と魔獣のリストに視線を落とした。
「……王都の外れにあるカンドラの森ですね」
「ああ。あの場所は騎士団若手の訓練地になっているくらい危険度の低い森だ。王都からも馬車で一日程の場所だからそこまで離れていない」
不足の事態が起きても、王都から増援をすぐに送ってもらえる、とシュタルが続ける。
だが、王都から近いと言う事は。
万が一不足の事態──スタンピードが起きた際に王都がかなり近い、と言う事。
ラシェルはちらり、とシュタルに視線を向ける。
だが、シュタルは表情を変えておらず淡々としている。
(……お兄様もいるし、婚約者のアネット嬢もいる……それに、私やレオもいるから……。万が一、なんて起こりえないわね)
ラシェルはつい、と視線を外し、もう一枚の紙──魔獣のリストを視界に入れた。
それまで魔獣のリストを見ていたレオが口を開く。
「カンドラの森には、魔獣だけしか棲息していないのですか? 魔物は……?」
「ここ数年の訓練では魔獣のみだな。魔物が棲息している、など聞いた事がない。騎士団訓練のために森深くまで確認しているから確実だろう」
「……それなら、良いのですが」
レオの表情は、未だ不安が残る。
そんなレオを見て、ラシェルは敢えて明るい声を出した。
「安心して、レオ。お兄様も、アネット嬢も。そしてレオも。私が守るわ」
胸を張り、張り切ったようにトン、と拳を当てるラシェルにレオは苦笑いを浮かべたのだった。




