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おろおろとした、か弱そうな態度。
瞳に涙をいっぱいに溜め、恐怖に体を震わせ、ラシェルに対峙するシエナ──。
その姿は、どこからどう見てもか弱く、健気な令嬢が困難に立ち向かうように見え、誰もが応援したくなるだろう。
と、ラシェルはどこか他人事のように思った。
「──あっ、あの、ラシェル嬢……!」
ラシェルがそんな事を考えている時。
意を決したように、シエナが声を上げる。
その声は、震え、悲壮感に満ちている。
シエナの友人、だろうか。数人の令嬢達がシエナを励ますように、元気付けるように傍にいる。
シエナの友人達は、シエナの肩に手を置き励ますように声をかけている。
友人たちに励まされたのだろうか。
シエナはぐっと拳を握り、ラシェルをキッと睨み付けた。
「──殿下を、殿下を解放してあげてください……っ!」
シエナの必死な表情と、言葉。
その言葉を聞いたラシェルの頭の中には「は?」と言う言葉だけが浮かんだ。
そして、実際留める事が出来ず、ラシェルは唖然としつつ反射的に声を発してしまう。
「──は?」
もちろん、表情は微塵も変わっておらず、相変わらずの無表情である。
だが、無表情のラシェルに恐れを抱いたのだろう。
シエナは「ひっ」と小さく悲鳴を上げ、体の震えが更に増した。
怯えつつ、それでもシエナは必死に言葉を紡ぐ。
「で……っ、殿下は……っ、望まぬ婚約に……っ、辟易しております……っ、殿下のお心を、思うのであれば……っ、王家を思う臣下であるならっ、ら、ラシェル嬢が──っ」
「……身を引け、と仰るのですか?」
声を震わせ、今にも泣き出しそうになりつつシエナが告げる。
途中で言葉に詰まったシエナの言いたい事を補完するようにラシェルが呟けば、シエナはとうとう耐えきれずに涙を零した。
身を引け、とは。
一体、この令嬢はどの立場からそんな事を言うのだろうか、とラシェルは心底不思議に思った。
王太子・アンドリューから言われるならまだしも。
アンドリューとただ、懇意にしているシエナが。
そんな事を口にする。
この婚約は、相手が嫌になったからと言ってそれじゃあ止めましょう、と白紙に出来るようなものではない。
だからこそ、アンドリューも婚約については口を噤んでいるのだ。
自分達の感情云々で、婚約を結んだり破棄したり。そんな事が出来るはずも無い。
これは、政略的な婚約だ。
ラシェルとアンドリューが婚約し、結婚するのが政治上適している、と判断されたからこそ結ばれたもの。
それも分からず、ただ相手が可哀想だから婚約を破棄して、と言い出すシエナにラシェルは溜息を吐き出したくなった。
だが、どんなに呆れ果てていようと、ラシェルはその感情を表に出す事は出来ない。
令嬢達と少しでも接触してしまえば。
いや、接触しなかったとしても。
魔力暴走が起きたら大変な事になるのだ。
(今は、レオが傍にいないから……尚更、感情をブレさせては駄目……)
だが、表情一つ変えないラシェルは、元の整った顔立ちの影響もあり、無表情の彼女は傍から見れば冷たく、恐ろしく見える。
対峙しているシエナやシエナの友人達は、ラシェルの態度を「怒っている」と捉えたのだろう。
小さく悲鳴を上げ、ラシェルから距離を取ろうと後退りし始める。
「ら、ラシェル嬢……ご、ごめんなさい……っ、そんなに怒らないでください……っ」
ぼろぼろと涙を零し、シエナが悲痛な声で叫ぶ。
ラシェルは、別に怒っていない。
それを伝えようと声を発した所で──。
「私は別に怒ってなど──」
「この騒ぎは何事だ!? シエナ、そこにいるのはシエナか!?」
ここで聞こえるはずのない、王太子アンドリューの声が廊下に響き、周囲は騒然とした。
苛立ちが顕になった足音を響かせ、アンドリューがやってくる。
アンドリューはラシェルからシエナを守るように立ちはだかると、ラシェルに向かって鋭い視線を向けた。
「──貴様、シエナに何をした」
「……何もしておりません」
「嘘をつくな。何もしていないのなら、どうしてシエナがこんなに怯え、泣いている!? どうせ貴様が何かをしたんだろう!?」
ラシェルの言い分も聞かず、最初から決めてかかってくるアンドリューにラシェルは小さく嘆息した。
そんなラシェルの態度が癪に触ったのだろう。
アンドリューは目を吊り上げ、足を一歩踏み出した。
彼としては、少しラシェルを脅かしてやろう。それくらいの気持ちだった。
少し強く肩を押して、少しばかり怖がらせてやろうと思っただけ。
だが、シエナを怖がらせたラシェルに対して、少々感情が昂っていたアンドリューの踏み出した一歩は大きく、ぐっとラシェルとの距離が近づいた。
目前に迫ったラシェルとの距離の近さに驚いたアンドリューの力加減が、少しばかり乱れる。
「──しまっ」
腕を前に突き出した際、ラシェルとの距離はそこまで離れていなかった。
それに力も強く込められており、想定していた力より押してしまった──。
アンドリューがハッとし、しまったと顔を青ざめさせたとて、もう遅い。
女性に対して流石にやり過ぎなほどの強さ。
「──ッ」
ラシェルは、まさかここまでの強さで押されるとは思っておらず、驚きに目を見開いた。
王太子であるアンドリューが、そんなに強い力で自分を押すとは思わなかったラシェルは、完全に油断していた。
強く押された衝撃で、ラシェルの体が大きく後方に弾かれる。
すぐに自分に向かって手を伸ばしてくるアンドリューが見えたが、アンドリューの手は空振り、ラシェルはそのまま後方に倒れ込みそうになった。
そんな時──。
「ラシェルお嬢様……っ!」
聞きなれたレオの声に、次いで背中に伝わる衝撃──。
アンドリューに突き飛ばされたラシェルの体は、駆け付けたレオに間一髪の所で抱き留められた。
「大丈夫ですか、ラシェルお嬢様……! お怪我は……!?」
心配し、顔を覗き込んでくるレオに、ラシェルはぱちくりと目を瞬かせた。
だが、自分を助けてくれたのがレオだと分かると、安堵したような表情に変わった。
「ありがとう、レオ。怪我はないわ、大丈夫」
「それは良かった……。立てますか?」
「ええ、問題ないわ」
アンドリューとシエナを視界に入れず、ラシェルの事だけを気にしているレオ。
まるで二人の世界となっているラシェルとレオを見て、アンドリューはぽつりと呟いた。
「……ラシェルが、表情を綻ばせた……?」
「──っ」
唖然と呟くアンドリューの声を聞いたシエナは、驚いたようにアンドリュー、そしてアンドリューの視線の先にいるラシェルを見て悔しそうに唇を噛み締めた。




