4
◇◆◇
公爵令嬢、ラシェル・スタシータは膨大な魔力をその身に宿して生まれた。
感情の昂りによって魔力制御が乱れ、魔力暴走を起こしやすい。
成長と共に魔力の総量も増え、膨大な魔力、そして公爵家の令嬢との事もあり、王家との縁組が相成った。
幼少期からの弛まぬ鍛錬のお陰で、魔力暴走を起こし大事に至る事はなかったが、完全な魔力制御には至っていない。
感情によって魔法の暴発が発生するため、ラシェルは自分の魔力を全て身体強化に回していた。
そうすれば、危険な攻撃魔法を制御不能になったりする事はない。
身体強化に回しておけば、例え感情が昂ってしまっても、破壊されてしまうのは壁や自分の私物くらいだ。
元々、高位貴族には膨大な魔力が宿りやすい。
そのため、ラシェルの公爵家の面々も魔力が豊富であったが、ラシェルは規格外だったのだ。
このままでは、歳を重ねるごとにラシェルの魔力が膨れ上がり、大変な事になると危惧したラシェルの両親が、国の軍部に所属している叔父──マルクルに鍛錬の依頼をしたのだ。
マルクルは武人だ。
感情を律し、精神統一する事に長けている彼は、ラシェルの師として適任だった。
そして、その考えは的中する。
マルクルに師事し、感情の制御を学んだラシェルは、魔力制御に成功し始めた。
長年の弛まぬ努力の甲斐があり、ラシェルは自分の膨大な魔力を、全て身体強化に回す事が出来るようになったのだ。
ラシェルの暴れる魔力を、怪我をしながら何度も制し、根気よくラシェルを指導してくれた叔父・マルクル。
そんな彼に、ラシェルが懐くのは当然で。
そして、そんな彼に憧れと尊敬を抱くのも当然。
感情を制御するため、にこりとも笑わなくても「ラシェルは可愛い」と姪っ子を猫可愛がりするマルクルを大好きになったラシェル。
ラシェルの理想の男性は、いつしか叔父のマルクルになっていた──。
◇◆◇
翌日、朝。
ラシェルとレオはいつも通り学園に向かった。
馬車から降りた二人の目の前で、同じように王家の馬車から降り立った二人が居た。
「──ちっ」
「ぁ……っ」
王家の馬車から降り立った男──ラシェルの婚約者、アンドリュー王太子は、ラシェルの顔を見るなり不快感を顕に顔を歪めた。
アンドリューに腰を抱かれ、隣にいたシエナは申し訳なさそうに、困ったように眉を下げてラシェルを見る。
周囲に居た学園生達は、ラシェル達四人を遠巻きに、だけどどこか面白そうに眺めていた。
「──おはようございます、殿下」
婚約者に会ったのだから、とラシェルは挨拶を口にする。
礼儀正しく頭を下げ、挨拶をするラシェル。
だが、そんなラシェルをアンドリューはわざとらしく堂々と無視をした。
頭を下げ、言葉が返ってくるのを待っているラシェルの前を、アンドリューはさっさと通り過ぎる。
ラシェルの一歩後ろで同じように頭を下げているレオにちらりと視線を向けたアンドリューは、不機嫌を現すように鼻を鳴らした。
だが、アンドリューはラシェルに目もくれず、言葉を返す事なく、自分の隣にいるシエナに笑顔で話しかける。
「シエナは今日も可愛いな。無表情で薄気味悪いどこぞの女とは違い、一番可愛い」
「まっ、まあ殿下……そのような戯れを……」
「はははっ、照れているのか? 随分可愛い反応をしてくれる。いつも言っているだろう?」
「そんな……っ、その……、殿下の婚約者であるラシェル嬢がいらっしゃいます……、おやめください……」
せめて挨拶を返してあげてください、と告げるシエナにアンドリューは柔らかく微笑む。
「俺の目にはシエナ、お前しか映っていない。シエナ以外の女に興味は無い。私が声をかける必要などないだろう」
婚約者であるラシェルの前で、堂々と他の女性に甘い言葉を紡ぐ。
愛を囁くのは婚約者のラシェルではなく、他の女性──。
こんな屈辱、まかり通っていいものか。
ラシェルと同じく頭を下げていたレオは、怒りに目の前が真っ赤に染まった。
思わずアンドリューに言い返してしまおうか、と足を一歩踏み出した所で、一歩前にいたラシェルから手で制されてしまう。
レオは悔しげに唇を噛み締めた。
ラシェルは傷付いてやいないだろうか。
そう心配したレオがそっとラシェルを窺うと、ラシェルの顔色は一切変わっていない。
ラシェルの感情には、漣一つ立っていないようで、ほっと安堵した。
何も言い返さず、表情一つ動かさないラシェルに、アンドリューは低い声で吐き捨てた。
「つまらん女だ……早く私の目の前から消えろ」
シエナを伴い、そのまま校内に入っていくアンドリューを、ラシェルはただ黙って見送った。
◇
女性と、男性と別れて受ける授業がある。
この学園では、魔法に関する授業だけを行う訳ではない。
貴族令嬢には、マナーやダンス、教養の授業などが行われ、貴族子息には剣技や体術、教養の授業が行われる時がある。
高位貴族として生まれた令嬢達は最低限のマナーやダンス、教養は受けているが、この学園には教師を雇って学べない下位貴族もいる。
そんな下位貴族達が学園でそれらを学べる。
そんな授業が、月に数回ほど行われている。
今日は、そんな月に数回あるダンスの授業。
貴族令嬢達は、クラス毎に別れてホールに移動していた。
ラシェルも、例に漏れずホールに移動するため、廊下を歩いていた。
(この時は、レオも居ないから、いつも以上に感情には気をつけて……心を揺さぶられては、駄目……心を無にしないと……)
ラシェルはそんな事を自分に言い聞かせつつ、廊下を歩いていた。
公爵令嬢であるラシェルが一人で歩いていても誰も近付いて来ない。
他の貴族令嬢達はみな、遠巻きにしていた。
ラシェルがまだアンドリューの婚約者として周囲から認められていた頃。
その頃はまだ、ラシェルの周囲に貴族令嬢達はいた。
誰もが未来の王妃、公爵令嬢のラシェルとの縁を、と話しかけてきていた。
だが、魔力暴走を抑えなければならないラシェルは、にこりともしないし表情を変えない。
一生懸命ラシェルに話しかけていた令嬢達は、時間が経つにつれて少なくなり、シエナがアンドリューと親しくし始めてからは誰も寄り付かなくなった。
だが、それに関してはラシェルもほっと安堵していた。
レオほどの実力がある人物であればいいのだが、大抵はラシェルより弱い人達だ。
ラシェルが少し感情を乱してしまえば、簡単に怪我をさせてしまう。
(そうなるより、ましだけれど……だけど……これは望んでいないわね……)
ラシェルはこっそりと溜息を吐き出した。
何故なら、今。
自分の目の前には。
瞳を潤ませ、微かに震えるシエナ・ハーパルがいたからだ。




