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「──ラシェルお嬢様!」
背後からラシェルの名を呼ぶ、レオの悲鳴のような声が上がる。
だが、ラシェルはそのまま駆け続けた。
(──身体強化を限界まで、かける……っ!)
流れる景色が、全てスローモーションのようだ。
周囲にいた学園生の驚くような顔。
床に崩れ落ちているアンドリューの驚愕の表情。
醜悪に歪んだ、憎しみに満ちた、シエナの表情。
ラシェルはつま先で、軽く床をトン、と突く。
軽やかに一足飛びで一気にシエナとの距離を縮めたラシェルは、枷を持っていた手とは逆の手で、シエナの顔面を掴み、床に叩き付けた。
ドゴン!!
と物凄い音を立ててシエナの体が床に叩き付けられる。
「──ぁがっ」
「シエナ・ハーパル。大人しくなさい」
脳震盪を起こしたのだろう。
シエナの目の焦点は合っておらず、言葉も発せない。
抵抗する暇もなく、シエナはラシェルに床に叩き付けられた後、呆気なく魔力封じの枷をチョーカーの上からガチン、と嵌められた。
「──あっ、ぅぐっ」
「……騎士の方々、お早く拘束を!」
「ラシェルお嬢様、その女から早く離れてください!」
ラシェルが声を上げるのと同時、レオが物凄い速度でラシェルに駆け寄り、ひょいと抱き上げてシエナから距離を取った。
「レ、レオ……! 大丈夫よ、彼女に枷を装着したからもう……!」
「苦し紛れで何を仕出かすか分からないでしょう? 殴りかかってくるかもしれません。あの女がラシェルお嬢様を殴れるとは思えませんが、万が一もあります。あなたには傷一つ付けたくない」
だから、とレオは続ける。
「このまま俺と一緒に離れましょう」
ラシェルを抱き上げたまま、その場をスタスタと離れて行くレオ。
シエナは既に近衛兵に取り押さえられていて、アンドリューは血まみれの状態で放心している。
アンドリューの側にも既に騎士が控えていて、例え彼が暴れようともすぐに取り押さえられるだろう。
学園のホールは、シエナが魔力暴走を起こしたせいで至る所が破壊され、見るも無惨な状況だ。
学園生達もシエナやアンドリューから距離を取り、悍ましいものを見るような目で二人──特にシエナを見ていた。
この状況から、シエナが再び騒ぎを起こす事は難しいだろう。
後は国王が近衛や騎士に命令をし、シエナとアンドリューをこの場から連れ出すのみ。
そう判断したラシェルが、レオに「戻ろう」と声をかけようとした時。
「──どうして? どうして、そこの侍従は……私の魔力を防いだの……そんな事、出来ないって……私の魔力が増大したら、誰にも止める事は出来ないって……! ユージス卿がそう言ってくれたのに!!」
シエナは半狂乱になって叫ぶ。
どうして、どうして、と幼な子のように繰り返すシエナ。
だが、シエナが口にした第三者の名前に、ラシェルは反応した。
「──レオっ!」
「ええ。我々がシュタル様に報告した人物ですね。……確か、ユージス・イルランド。イルランド伯爵家の嫡子で……シエナ・ハーパルと学園内で定期的に接触していた。……ユージスと会った後のシエナ・ハーパルはいつも魔道具ポットを持っていた……。そうか、ポットの中身が禁止薬物か……」
「──そのようだな」
ラシェルとレオ、二人が会話をしていると背後から誰かが近付いてくる足音が聞こえ、レオの言葉に返事をした。
その声は、ラシェルとレオ二人が耳馴染みのある声だ。
ラシェルはぱっと表情を明るくして振り返る。
「──お兄様!」
「シュタル様」
「二人とも、怪我はないか?」
ラシェルとレオの背後から近付いて来た人物は、シュタルその人だった。
シュタルは怪我のなさそうな二人にホッとしたように表情を和らげ、部下に向かって「──連れてこい」と声をかけた。
第三騎士隊、副隊長のアネットと、もう一人の騎士に脇を固められこちらにやってくる人物がいた。
その男性学園生は、今の今まで話に出ていた人物──。
「ユージス・イルランド……」
ユージスの両手首には既に魔力封じの枷が嵌められている。
ラシェルとレオが学園内でシエナに加担している学園生を調べている時。浮上したのが、このユージスと言う男だった。
そのため、ラシェルはすぐにシュタルに報告したのだ。
そしてシュタルはユージスの家、イルランド伯爵家を調査し、伯爵家が禁止薬物の売買に関わっている事を突き止めた。
「ラシェルに、レオ。二人とも報告をしてくれて助かった。この男の家は王国で禁止されている禁止薬物を売買していた。その証拠も我が騎士隊が入手した」
「そう、だったのですね……本当に禁止薬物を」
ラシェルとシュタルの話を聞いていたのだろう。シエナは近衛兵に引きづられながらも、叫んだ。
「薬を使って、何が悪いの!? 薬を飲むだけで魔力が増えるのよ! 喜ばしい事じゃない! それなのに、禁止するなんて……っ、国の方がおかしいわ!」
泣き喚くシエナに、シュタルは冷たい目を向け、答えた。
「──そんな都合の良い薬があると思うな。……無理矢理魔力を増幅しているんだ。副作用があるに決まっているだろう」
「──えっ」
シュタルが口にした「副作用」と言う言葉に、シエナは顔を真っ青にした。
そして、真っ青な顔を恐る恐るユージスに向ける。
「──嘘、嘘よ……。だって、そんな事、一言も……。副作用、なんて……。嘘よ……、ね、嘘よね、ユージス卿……?」
絶望した表情で、シエナがユージスに話しかける。
ユージスはシエナからサッと顔を逸らした。
その態度を見て、シエナの体から力が抜けた──。




