最終話
「──えっ、なんで……なんでぇ……どうして何も言ってくれない、んですか……ユージス卿……」
シエナは縋るようにユージスに顔を向ける。だが、ユージスは顔を逸らしたまま、シエナを一切見る事はない。
次にシエナは助けを求めるようにアンドリューに視線を向けた。
だが、当の本人アンドリューは、シエナが起こした魔力暴走によって怪我を負い、他の騎士に体を抱えられている。
シエナの視線を受けたアンドリューは迷ったように目を揺らし、シエナに向かって口を開いた。
だが、アンドリューが何かを言葉を発する前に国王が遮る。
「早く連れて行け」
「──はっ! かしこまりました……!」
結局、アンドリューとシエナが言葉を交わす事は無かった。
その場にぽつりと残されたシエナは、絶望した顔でキョロキョロと周囲を見回す。
だが、それまで自分やアンドリューの傍に侍っていた学園生達は皆、シエナから視線を向けられるとさっと顔を逸らし、誰もが口を噤む。
誰もが「関わりたくない」と言ったような態度で、シエナはようやく自分の立場を理解した。
今まで自分達の周りにいた学園生達は、誰も助けようとしてくれない。
唯一、自分の味方をしてくれるアンドリューは、騎士に引き摺られ、ホールから連れ出された。
「──あ、あぁ……っ」
先程、国王は何と言っていた。
「処刑」「極刑」と言う言葉が、シエナの頭の中をぐるぐる巡る。
シエナが絶望した眼差しで国王を見やると、国王は玉座からゆっくりと立ち上がり、酷くゆったりとした動作で口を開いた。
「──シエナ・ハーパルを王城の地下牢へ。……尋問のち、処刑する」
いやだ、いやだ、どうして。
私は何も悪い事なんてしていないのに。
アンドリュー様と、幸せになりたかっただけなのに──。
「い、いやっ、嫌よ……!」
「──暴れるな! おい、誰か魔法士を連れてこい! 眠らせろ……!」
「いっ、いやあああああ!!」
学園のホール内に、シエナの絶叫が木霊した。
◇◆◇
シエナ・ハーパル。
ハーパル子爵家の娘は、禁止薬物の使用及び元王太子アンドリューの婚約者であり国家の重要人物であるラシェル・スタシータの殺害未遂。王族への不敬罪によって、処刑が決まった。
ハーパル子爵家は取り潰し、領地は王家が没収となった。
シエナの両親は禁止薬物への関わりが無かったと認められ、その身を平民に落とし、鉱山に送られた。
ユージス・イルランド。
イルランド伯爵家の嫡子である彼は、シエナに禁止薬物を渡した罪を問われ、廃嫡のち国外追放。
イルランド伯爵家は禁止薬物を国内に蔓延させようとした罪で取り潰し、両親は処刑された。
国外追放された息子、ユージスは追放先に馬車での移動中、山賊の強盗に遭い生死は不明だ。
そして、この国の王太子──元王太子であるアンドリュー・ミオ・エデュンサ。
彼は上記の様々な罪により、王太子としての資格無しと判断され、廃太子になった。
彼の弟である第二王子が新たな王太子に任命された。
王族で、かつては王太子だった彼の所業は、国民に伝える事は出来ない。王族への不信感を国民に抱かせないため、アンドリューは重病により王太子の地位を降り、療養のため王城の端にある塔にて生涯療養に生きる事が決まった。
この先、アンドリューが監禁されている塔から出る事は二度と無いだろう。
そして、最後に学園の生徒たち。
アンドリューやシエナに侍っていた学園生達は皆、学園の卒業まで肩身の狭い思いをした。
卒業後、国の要職に就く事も出来ず、良家に嫁ぐ事も出来ず、何とも寂しく侘しい人生に幕を下ろすだろう。
◇◆◇
「──そんなことろ、だな」
スタシータ公爵家、書斎。
卒業パーティーが終わった後、数日が過ぎた。
その数日間で王家は今回起きた事の調べと、調査を終えた。
その報告を、ラシェルはスタシータ公爵である自分の父親から受けた。
書斎にはラシェル以外にも、シュタルとレオがいる。
シュタルは今回の件の調査を行い、ラシェルとレオにも学園の様子の報告を指示していた。
ラシェルとレオが報告したユージスの家が禁止薬物の売買に手を染めていたと言うのが分かったのも、ラシェル達がシュタルに報告したからだ。
「……シエナ・ハーパルの魔力増幅の理由が分からなかったんだ。ラシェルとレオがユージスの事を報告してくれたお陰で、行き詰まっていた調査が進んだ。第三騎士隊の隊長としても、二人には礼を述べたい。ありがとう、二人とも」
「と、とんでもございませんお兄様……! お役に立てて、本当に良かったですわ」
「これから罪を犯した者達の手続きやら何やらで忙しくなるんだが、その前に一旦家に戻って来る事が出来て良かったよ。二人にもお礼を伝えられたしな」
その言葉の通り、シュタルも、父親も卒業パーティー以降、ずっと忙しそうにしていた。
話を聞いてみれば、二人はまだまだやる事が多く、ここ暫くは王城に詰める事になるそうだ。
「私もシュタルも、暫く王城で寝泊まりする事になる。その間、まあ……大丈夫だとは思うが……一応、マルクルに家に来てもらうように連絡している」
父親の言葉に、ラシェルは勢い良く振り返り、目を輝かせた。
「マルクル叔父様が!? 本当ですか、お父様!」
嬉しそうに声を上げるラシェルに、面白くなさそうに眉を寄せるレオ。
父親は苦笑いをしつつ、頷いた。
◇◆◇
「マルクル叔父様!」
「おお、ラシェル!」
ある日の昼下がり。
公爵家の門に、一台の馬車が停まった。
馬車の扉を開けて、姿を現したのはラシェルの叔父であり、憧れの人──マルクルだ。
筋肉隆々で、騎士服が自慢の筋肉ではち切れそうなほど、パツパツになっている。
そんなマルクルに、ラシェルは駆け寄った。
両手を広げ、笑顔で待っているマルクルに向かい、ラシェルは自身に身体強化の魔法を掛ける。
そして、掛ける速度そのままに体重を乗せた拳をマルクルに叩き込んだ。
「はっは! 元気だ! 元気なのは良い事だ!」
ラシェルの渾身の一撃をあっさり受け止めたマルクルは「よいせー!」と声を上げ、ラシェルごと放り投げる。
ぶわり、と後方に吹き飛ばされたラシェルの体を、追い付いて来ていたレオが受け止めた。
「──うわっ!」
「ひゃあああっ!」
だが、マルクルが放り投げた力が強く、受け止めたレオごと、ラシェルともみくちゃになりながらごろごろと転がった。
昔、公爵家では、こんな事が日常茶飯事だった。
そのため、庭師が丹精込めてふかふかの芝を敷いている。
柔らかい芝生のお陰で、ラシェルもレオも怪我一つ無い。
レオの上に乗っかってしまったラシェルはがばりと自分の体を起こし、キラキラと目を輝かせたまま再びマルクルに突進した。
そして、笑顔のマルクルに再び投げ飛ばされ、レオが受け止めて──。
そんな事を、何度か繰り返した頃、ようやく二人の挨拶が終わり、落ち着きを取り戻した。
その頃にはラシェルの髪の毛も、レオの髪の毛も服も全てがボサボサだ。
ラシェルの服装や、乱れた髪の毛をレオが直しているとマルクルが二人の近くまでやって来た。
「ラシェル、大分魔力制御が上達したな。これなら、今後は攻撃魔法も放つ余裕が出てきそうだ」
嬉しげに話すマルクルに、ラシェルは嬉しそうに瞳を輝かせる。
「ほ、本当ですかマルクル叔父様! その時も、私に稽古を付けてくださいますか!?」
「はははっ、わしに攻撃魔法の稽古を? それは無理だ! 繊細な魔力調整が必要な上位攻撃魔法などわしに教えられる訳がない!」
「また、叔父様と一緒に居る時間が増えると思ったのに……」
不服そうに頬を膨らませるラシェルに、マルクルは姪を愛おしむように目を細め、頭を撫でる。
「──繊細な魔力調整は、帝国の出であるレオ……レオナルド殿こそ、相応しい。今後はレオ殿に教えを乞いなさい。良いですかな? 殿下」
マルクルから視線を受け、頭を下げられたレオも、不服そうに目を細めた。
「やめてください、マルクル様。私は、ただのレオです。ラシェルお嬢様のただの侍従、レオです。ですがまあ……繊細な魔力調整は得意な方ですから、ラシェルお嬢様に手とり足とり教えて差し上げるのも、やぶかさではないですね」
ふふん、と鼻を鳴らして答えるレオ。
微かに胸を張っている彼に、マルクルは「ふはっ!」と笑い声を上げた。
「──はははっ! そうだ、そうだったな……! お前はただのレオだ。ラシェルの侍従で……今後は、ラシェルの夫候補かな?」
マルクルの言葉に、ラシェルが顔を真っ赤に染める。
「マ、マルクル叔父様! そんなっ、まだレオとはっ、婚約も結んでないのですっ! それなのに夫候補、なんて……っ!」
「──まだ? まだ、と仰ったのですかラシェルお嬢様!」
「──〜っ!」
自分の失言に気が付いたラシェルは、真っ赤な顔のまま、自分の口を両手で塞ぐ。
「ちがっ、言葉の綾よ……! 私より強い男性じゃなきゃ、婚約しないわ!」
「しょ、精進します! 必ずラシェルお嬢様を超えてみせます!」
「ちょ、ちょっとこっちに来ないで、レオ!」
「俺がラシェルお嬢様より強くなったら、俺と婚約してくれるんですよね!? そうですよね!」
「あ、あっちに行って!!」
恥ずかしさに耐えきれず、その場から逃げ出すラシェルを追いかけるレオ。
二人が遠ざかって行く背中を見つめながら、マルクルは空を仰いだ。
「──ふははっ! これは近い内に喜ばしい知らせが来るかもな!」
二人は、まだ学園を卒業する前の子供だ。
難しい話や、残酷な話は二人の耳に入れる必要はない。
学園を卒業したら、大人として扱われる。
それまでは、どうか心穏やかに健やかに……残酷な話など聞かず、過ごしてくれればいいと、マルクルはそう思った。
今、まさにどこかで命を落としている人の事になど心を痛める事なく、健やかに。
マルクルは、嬉しそうにラシェルを追うレオと、恥ずかしそうにレオに張り手を繰り出すラシェルを優しく見守った。
─終─
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