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67話
「──は!」
胸に手を当て、頭を下げつつラシェルが声を上げる。
しん、と静まり返ったホール内は、ラシェルの落ち着いた冷静な声が凛と響く。
国王の下に向かって行くラシェルの姿を、そのホール内にいる学園生達のほとんどが唖然と見つめていた。
もちろん、この男も──。
「──嘘、だ」
この国の王太子、アンドリューは唖然としたまま、ラシェルを見つめる。
「あの女、が……そんな大それた事……そんな、偉業を成すなど、有り得ない……嘘だ……絶対に嘘だ……」
呆然と呟くアンドリューの隣にいるシエナも、ラシェルを信じられないとばかりに目を見開き、見つめていた。
魔力が豊富なだけ。公爵家の令嬢だからってだけ。それだけで、王太子の婚約者になったラシェル。
自分のように聖魔法の使い手でもない。人を癒し、国に貢献出来る人間なんかじゃない。
ただ、生まれが高位貴族ってだけで、魔力が豊富なだけのラシェルが、アンドリューの婚約者になった。
アンドリューをずっと好きだったのは、自分だったのに。
ただ高位貴族に生まれたってだけの女が、シエナがずっと欲しかったアンドリューの「婚約者」と言う場所を奪って行った。
だからシエナは、自分に価値があるのだと証明し、正しく評価され、アンドリューの隣に立っているのだ。
ラシェルのようにただ与えられたのではなく、自らが価値を示し、アンドリューに「選ばれた」
それなのに──。
魔素を、消滅?
「そんな、そんな事……、出来る訳ないじゃない……。魔素の浄化は……私たち聖魔法の使い手だけしか……それを、あんな女が消滅させる事なんて……っ」
頭の中が混乱していて、シエナの足元がぐらぐらと揺れている。
その間にも、国王に呼ばれたラシェルは彼の下に歩み寄り、何か言葉を交わしているが、二人の会話など今のシエナの耳には入って来ない。
どうして、どうしたら──。
そんな言葉で頭の中がいっぱいになっていると、不意に国王の低い声がその場に響いた。
「ラシェル・スタシータに褒美を遣わす。何でも申してみよ」
「──有り難き幸せでございます、陛下。……願わくば──」
シエナは小さく「あっ」と声を上げる。
「だ、だめ……このままじゃ、あの女が……っ、ラシェルがっ、アンドリュー様との婚姻を強請ってしまう……っ、そんなのだめっ」
アンドリューは自分の物だ。
ラシェルなんかに絶対渡してやるものか。
シエナが叫ぼうとした時。
それより早く、ラシェルが言葉を発した。
「王太子・アンドリュー殿下との婚約破棄をお認めください。……有責は殿下にあり、と国民に周知をお願いいたします」
胸に手を当て、背筋を伸ばしたラシェルは、はっきりと告げる。
その視線は真っ直ぐ国王に注がれており、国王はラシェルの言葉に頷いた。
「──あいわかった。その願い、わしが叶えよう。エデュンサ国、国王であるわしが認める。ここに、ラシェル・スタシータと我が息子……アンドリュー・ミオ・エデュンサの婚約破棄を認めよう! 有責は我が愚息、アンドリューにある。アンドリューは近日中に賠償金を私財から払うように」
「──は?」
国王の言葉に、周囲がざわめく。
当の本人アンドリューは、自分が何を言われたのか分かっておらず、ぼうっと呆けていた。
だが、じわじわと何を言われたのか実感したのだろう。
あからさまに慌て始めた。
「──まっ、お待ちください陛下……! な、何故私が……っ、私有責!? それに、ラシェルが婚約破棄を望んでいる、など! 何かの間違いですっ!」
「アンドリュー様!?」
まるでラシェルとの婚約破棄が信じられないと言うように慌てふためくアンドリューに、シエナは声を震わせた。
どうして、婚約破棄を言い渡されてショックを受けているのか。
アンドリューの隣には、自分が居るというのに。
何故、ラシェルの事を惜しむように見ているのか──。
シエナは、自分の目の前に映る全てが信じられなくて、戸惑い慌てふためいた。
アンドリューと、シエナ。
二人の周りには、いつもは沢山の学園生達が居た。
このパーティー会場に入って来た時は、二人の周りに学園生の多くがいたのだ。
それなのに、今はどうだ。
学園生達は、二人から離れ始めているではないか。
まるで、アンドリューとシエナ。二人と自分は無関係なのだ、と言うように、関わりたくない、と言うように距離を取られている。
「なっ、なんでっ、どうして皆離れているのっ」
シエナが混乱しきった声を上げる。
だが、誰もシエナに言葉を返す事は無い。
そうしていると、国王はまだ話は終わっていない、とばかりに口を開き、言葉を続けた。
「──そして、王太子アンドリューは愚かにも、我が国に多大な貢献をしてくれたラシェル・スタシータを害そうとした女を庇い、国で禁止されている禁止薬物を摂取する女と懇意になっておる……! この者に、我が国の王太子は務まらん」
「──は」
アンドリューは真っ青な顔で、言葉を紡ぐ国王を見つめる。
「禁止、薬物……? そんな……父上……、何を言おうと……」
「王太子アンドリューにその器は無い。よって、アンドリューを廃太子とする! 今日、この時を持って第二王子リオネル・ミオ・エデュンサを新たな王太子に任命する。王太子の任命式は、後日改めて通達する!」
「は、廃、太子……? 嘘だ……、私が……、そんな……、どうして……っ」
国王の言葉に、アンドリューは自分の膝から力が抜け、その場にカクン、と膝を着いた。
国王の話は、まだ終わらない。
国王は床に膝を着くアンドリューと、そしてその隣に立っているシエナを鋭い視線で射抜き、言葉を続けた。
「──そこの女、シエナ・ハーパルは魔素を消滅させる事が出来る我が国の希望であるラシェル・スタシータを殺めようとした……! また、禁止薬物を摂取し、違法な手段で魔力を増幅させた……! この二つの罪は万死に値する!」
「──なっ! じょ、冗談じゃないわ!」
シエナは堪らず声を上げる。
助けを求めるようにアンドリューを見たが、当人はラシェルからの婚約破棄に余程ショックを受けているのか。それとも、廃太子となった事にショックを受けているのか。その、どちらもか──。
真っ青になって床に膝を着いてぶつぶつと呟いているだけだ。
シエナの事など、ちっとも目に入っておらず、シエナは舌打ちをした。
(万死に値する、ですって……!? 私が、私がラシェル如きをちょっと攻撃しただけで……!? ふざけないで! 誰も私を罰せないわ!)
シエナは魔力を両手に集中させ始める。
(ここで、ここであの女を攻撃して……っ、逃げてやるっ! そしてこの国は大聖女たる私に逃げられた間抜けな国だと周辺諸国に広めてやる!!)
シエナの首元にある魔力封じのチョーカーが熱を持ち始める。
それを見た国王が口を開き、叫んだ。
「──その女を……! シエナ・ハーパルを捕らえよ! 魔力封じの枷をすぐに嵌めよ!」
国王の言葉に反応した近衛兵が一斉にシエナに駆け寄ってくる。
だが、近衛兵がシエナを拘束するより、シエナの魔力が暴発する方が早かった。
「私に触らないで!!」
シエナが絶叫する。
その瞬間、シエナを中心に魔力が収束した。
キンッ、と耳を劈く音がホールに満ちた、と思った次の瞬間。
パンッ、と破裂音がした。
シエナを捕らえようとしていた近衛兵が弾かれ、吹き飛ばされる。
「──シ、シエナ……?」
アンドリューが怯むように声を震わせ、シエナを見上げると。
今まで見た事が無いほど醜悪に歪んだ顔をしたシエナがそこに居た。
「絶対、絶対に捕まるもんですか……! 私は大聖女にだってなれるのよ!」
「──いかん! 魔法士達よ、防げ!!」
シエナが叫び声を上げるのと同時、国王が声を上げる。
国王の命令に、ホール内で待機していた魔法士達が魔法障壁を発動した。
虫の羽音のような音を奏で、障壁が現れ、シエナの暴走した魔力を弾いた。
だが、シエナの魔力は禁止薬物で無理矢理増幅されたものだ。
その威力は凄まじく、弾かれた魔力がうねり、まるで巨大な龍が上空をのたうち回るように荒ぶっている。
魔法士達はシエナの魔力暴走を辛うじて防いだが、大きく弾かれ、近衛兵と同様壁に吹き飛ばされた。
「──ラシェルお嬢様!」
「レオっ」
国王の近くに居たラシェルを守るため、レオが駆け寄り、両腕を前方に突き出した。
レオの傍には、この国の国王がいる。ラシェルを守るため、レオが発動した魔法は「ついで」に国王の身も守った。
「──かたじけないな、レオ殿」
「いえ……陛下がラシェルお嬢様の近くに居られて良かったです」
ついでに守れて良かったです、などとは言えない。
レオは口元を引き攣らせ、苦笑いを浮かべる。
シエナは、自身の渾身の魔力暴走をあっさりレオに防がれて唖然としている。
「──なんで、え……どうして……魔法士だって、防ぎきれなかったのに……なんで、どうして……」
なんで、と呟き続けるシエナの足元には、魔力暴走に巻き込まれたアンドリューが傷を追い、床に蹲っている。
体中傷だらけになっており、ボロボロだ。
国王から少し離れた場所に居た第二王子──王太子に任命されたリオネルと、その婚約者は第三騎士隊に守られ、既にこのホールを後にしている。
そのため、この場に残っているのは学園生や、その他の貴族。
この国の宰相やスタシータ公爵のみ。
この国の重鎮と呼ばれる面々も、この卒業パーティーには参列しているのだ。
そんな中で、シエナは魔力暴走を故意に引き起こし、国王の命を危険に晒した。
最早、極刑は免れぬだろう。
この場に居る誰もが、そう思った。
「なんでぇっ、どうして……!」
シエナは尚も叫び続ける。
レオに守られていたラシェルは、国王に顔を向け、一言問うた。
「陛下、魔力封じの枷はございますか?」
「──あ、ああ。予備が……。おい! 誰か、持ってこい!」
「ありがとう存じます」
近くに居た近衛兵が、急いで枷を持ってくる。
ラシェルは素早くそれを受け取ると、レオの後ろから身を翻し駆け出した──。




