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65話
ラシェル達がホールに姿を現すと、周囲にいた学園生達が一斉にざわめく。
「ふふん、ラシェル様の美しさに男性達がざわめいてますよ……!」
なぜかララが得意気にラシェルに告げる姿に、ラシェルは苦笑いを浮かべる。
「そうかしら……? そんな事ないと思うけど……」
「いいえ、絶対そうですよ。その証拠に、ラシェル様に話しかけたそうに近付いてこようとしている学園生が多いです!」
ララの言葉に、ラシェルはちらりと周囲を確認する。
確かに、ララの言う通り近付いて来ようとしている人がいるが、その人達はどこか──ラシェルの背後を見て体を硬直させ、すごすごと戻って行くのが見えた。
結局、ラシェル達の周りには誰もやって来る事が出来ず、時間だけが経過する。
普段、アンドリューとシエナの周囲に侍っている学園生達は、ラシェル達から離れた場所に固まり、こそこそと話しているのが見える。
彼らの近くにアンドリューとシエナの姿は見えない。
学園生とは言え、王太子であるアンドリューは卒業生が入場した後、最後にホールに入場する。
そして、その後に他の王族、その他の貴族が入場するのだが今の今までシエナの姿が無いと言う事は、アンドリューと一緒にやってくるのだろう。
「──ラシェルお嬢様、来ましたよ」
レオがラシェルに囁く。
レオの言葉に釣られ、ホールの入口に顔を向けたラシェルは、そこにアンドリューの姿と、彼の腕に自分の腕を絡ませて自信満々に笑うシエナの姿を目にした。
「……そうね、こんなに堂々とやって来るなんて」
「ええ。卒業パーティーには国王陛下もご臨席されると言うのに……凄い自信ですね」
「殿下がそれをお許しになっているのだから、外野がとやかく言う事はできないわね」
入場して、シエナと一緒にパーティーを楽しんで終わり、と言う訳にはいかないだろう。
きっと、アンドリューはアンドリューでこのパーティー中に何かを発表しようと目論んでいるはずだ。
(けれど……殿下もまさか私に先を越されるとは思わないでしょうね)
ラシェルは自分の扇子で、顔半分を隠しアンドリュー達がホールに入ってくる姿を眺めた。
◇◆◇
「──おい、殿下の隣にいらっしゃるのは……」
「公爵令嬢じゃなく、シエナ嬢じゃないか」
「殿下は、公爵令嬢ではなくシエナ嬢を婚約者にお選びになったのか?」
そこかしこから、噂話をしている声が聞こえる。
その噂話が耳に入り、シエナはにんまりと笑った。
自分の隣に居るアンドリューを見上げると、シエナの視線を感じたアンドリューが優しく目を細めて「どうした?」と聞いてくれる。
シエナは「何でもない」と答え、絡めていた腕に更に力を込め、ぎゆっと抱きつく。
嬉しそうにはにかむアンドリューの表情は、どこからどう見てもシエナに夢中だ。
このパーティーで、王太子アンドリューが自分の隣に選んだのは、シエナ。
国王陛下も臨席する場で、この行動を起こしたと言う事は、国内の貴族に向けてアンドリューは自分の婚約者は「シエナ・ハーパルだ」と宣言したに等しい。
シエナは自分達を驚いた表情で見る周囲の学園生達の視線を浴びながら、満足そうに笑った。
そして、自分の腕を見下ろす。
(……魔力が、どんどん増幅されているわ。あの紅茶のお陰。あれを飲み続けていれば、私の魔力はどこまでも上がる)
魔力封じのチョーカーがあれど、シエナは自分の指先に魔力が集まるのを感じる。
自分の意思に従い、魔力が正しく移動しているのが分かる。
(アンドリュー様は、このパーティーの終盤にラシェルとの婚約破棄を宣言すると仰ってくださった。ラシェルが泣いて拒んだら、私がこの聖魔法でラシェルを攻撃してやる。嫌がって、抵抗して、アンドリュー様に縋るラシェルを、私がお守りするのよ。その姿を見た陛下も、学園生も、貴族達も……! 皆が私こそがアンドリュー様に相応しい、と認めてくれるわ……!)
シエナは得意気な表情で、ラシェルが居るであろう場所に顔を向ける。
惨めったらしい表情で、こちらを見ている?
それとも悔しそうにこちらを見ている?
シエナがわくわくとした気持ちでラシェルを見ると──。
ラシェルは、アンドリューにも、シエナにも興味無さそうに、侍従のレオや他の学園生と楽しげに会話をし、テーブルに用意されている色とりどりの美味しそうな食事に視線を向けていた。
「──はぁ?」
「シ、シエナ?」
思わずシエナが低い声で呟いた。アンドリューが驚いたようにシエナの名前を呼んだが、次の瞬間。
「国王陛下のご入場です……!」
ホールの入口から、大きな声が響いた。
国王が姿を現すと、それまで騒がしかったホール内が一瞬にして静寂に包まれる。
国王陛下に、王妃──そして。
「……ラシェルお嬢様」
「──ええ」
ラシェルの隣で、頭を同じように頭を下げていたレオがぽつり、と小声で話しかけてくる。
レオの言いたい事を悟ったラシェルは、背中に伝う汗に気付かない振りをして、小さく頷いた。
「……まさか、第二王子殿下もいらっしゃるとは思わなかったわ。……それに、その婚約者様も」
国王の後ろに続くのは、この国の第二王子──リオネル・ミオ・エデュンサ。
正真正銘、この国の第二王子だ。
アンドリューとは三歳年が離れており、リオネルは確か今年十四になった。
そして、リオネルの斜め後ろにはリオネルの婚約者、侯爵令嬢のマーガレット嬢が控えている。
まさか、学園の卒業パーティーに第二王子と、その婚約者まで参加するなんて──。
参加者の殆どが、そう思い驚いているのが手に取るようにラシェルにも、レオにも分かった。
それもそのはず。
リオネルは十四。婚約者のマーガレットは十三。
学園に入学するのは来年だ。
と、すれば──。
「……お披露目、の意味があるのでしょう」
ラシェルの言葉に、レオもこくりと深く頷いた。
ちらり、とアンドリューを見てみれば、彼にも何の知らせも無かったのだろう。
突然、自分の弟とその婚約者がこの場に現れ、驚いたような顔をしている。
皆が唖然としている中、いつの間にか近衛兵が国王の周囲を囲んでいる。
素早くホールに入って来た騎士の中に、見知った顔を見つけて、ラシェルは目を見開いた。
第三騎士隊の姿もあるのだ。すなわち、隊長であるラシェルの兄・シュタルもいる。
国王の周りには他の貴族──この国の宰相や、ラシェルの父、オルディオの姿もあった。
ただの卒業パーティーにしては、些か仰々しすぎる顔ぶれに、自然と体に力が入った。
「──良い、顔を上げよ」
用意された玉座に座った国王が声を上げると、ホール内にいた面々が一斉に顔を上げる。
「本日、学園を卒業する君たちに祝福を。これから先は、君たちも一貴族だ。大人として、後継を導きなさい」
国王が言葉を紡ぎ、今日卒業する学園生達に祝辞を述べる。
そして、その後。国王はゆるり、と視線を巡らせてある場所──ラシェルとレオの姿がある所で視線を止めると、すっと目を細めた。
国王のその表情に、ラシェルは嫌な予感を覚える。
(陛下、まさかもう──!? まだ、卒業パーティー開始のお言葉を述べただけ、でしょう!? こんな注目されている場で……っ)
始めたりしないだろう。
そう思っていたのだが──。
ラシェルのそんな思いは国王が次に発した言葉によって砕かれた。
「では、次に。長年、魔素に苦しんでいた我々に、一筋の光を得た。聖魔法でしか魔素の浄化は出来ない。そんな常識を覆してくれた者が居るのだ」
突然始まった、国王の言葉。
始めは、何を言っているのか──。周囲の者達は理解が追いつかなかった。
だが、国王の言葉を理解した面々は、次第に興奮し、賞賛の言葉を、喜びを、興奮を口にし始める。
「──後日、改めて国中に発表をする予定だが、今日、この場でそなたらの前で告げたのは……。聖魔法以外で魔素を消滅させる事が出来た者が、この場に、学園の中に居るからだ……!」
国王が声を張り上げ、そう告げた。
一瞬ホール内が静まり返り、次の瞬間にはわっと歓声が上がる。
魔素を、聖魔法以外でも消滅させる事が出来た。
それはとてつもない偉業なのだ。
ホール内が、物凄い熱気に包まれる。
そこかしこからざわざわと興奮した噂話が聞こえてくる。
ホール内は騒がしい。だが、そんな中でも国王の低く、重厚感のある声は良く耳に届いた。
「その人物に、褒美を遣わす! 魔素を消滅させる事に成功した、ラシェル・スタシータよ、こちらへ!」
国王が口にした名前に、ざわめいていた声がぴたり、と止んだ。




