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それから──。
ラシェルはシュタルに言われた通り、学園でのシエナの動向に注視した。
普段、一緒に居る人物。
アンドリューが居ない時に、シエナと接触する人物を注意深く観察した。
そんな中で、ふと違和感に気がつく。
「……ねえ、レオ」
「何ですか、ラシェルお嬢様?」
授業中。
ラシェルはここ最近の事を頭の中で整理している時にふと隣に座るレオに小声で話しかけた。
すぐにレオが反応し、ぐっと身を寄せてくる。
ふわり、とレオの爽やかな香水の香りが鼻腔を擽り、ラシェルが握っていた万年筆がボキリ、と嫌な音を立てる。
授業中に話しかけてしまったのだ。
だからこそ、小声でやり取りをするのは当然の事。
レオとこうやって身を寄せ合い、話す事など今までだって数え切れない程あった。
それなのに、最近はレオが近付く度にラシェルの感情は乱れ、上手く魔力の制御が出来ない。
そのため、こうやって私物を破壊してしまうのは何度目か、ラシェルはもう数える事をやめた。
「──〜っ、近い、わよ。少し離れてちょうだい」
「ですが、まだ授業中ですから。声を潜めて話さないと……」
「……あなた、分かっていてわざとやっているでしょう?」
ラシェルがじとり、とした目でレオを睨み付ける。
レオはそんな視線を受けてもどこ吹く風で。むしろ、どこか嬉しそうなほどである。
ひょい、と肩を竦めたレオにこっそり溜息を吐いたラシェルは、気持ちを切り替えて話を戻した。
「……シエナ嬢の事だけど。彼女の周りには、殿下が常に居るわね? 殿下がいる手前、女性の学園生に比べれば男性の学園生の方が少ないのだけど……。ここ最近見ていて気付いたの」
「──ああ、ラシェルお嬢様もお気づきで?」
「ええ。レオも気付いた?」
こくり、と頷くレオにラシェルは苦笑いを浮かべる。
「いやね。お兄様に言われて、観察しなければずっと気が付かなかったわ。……シエナ嬢と殿下の周囲には、ある程度決まった顔ぶれが居るわ」
「ええ、ですが……」
「時折、殿下と別行動を取っている彼女が戻ってくると、何かを手にしているわね」
「恐らくあれは魔道具のポットですね」
「そうよね。……あのポット、彼女が用意したいたものじゃないみたい。誰かから、貰っているみたい」
「……シュタル様にご報告いたしましょう」
「ええ。早急にね。それと……シエナ嬢と殿下の周囲にいるのは決まった顔ぶれだけど、時折お昼をご一緒している人たちがいるわ。……いつも決まった顔ぶれにならないよう、順番で変わっているみたいだけど、変則的な交代だわ。だけど、その中で──」
ラシェルはそこで言葉を切ると、レオを見る。
レオもラシェルと視線を合わせてこくりと頷いた。
「変則的に見えますが、見せかけているだけで一種の規則性を感じます。彼の家を調べてもらいましょう」
「ええ、巧妙に隠しているけど、その完璧さが浮いてしまって違和感に通じた……。でもお兄様に言われないと気がつけない程度の違和感だわ。……報告して、後は大人の方々に委ねましょう」
「かしこまりました」
◇◆◇
それから、卒業パーティーまでは、あっという間に時間が流れた。
卒業パーティー、当日。
その日は朝から忙しかった。
卒業パーティーの主役は、ラシェル達ではなく、一学年上の学園生達が主役である。
だが、今回のパーティーは王家が主催し、国王陛下が参加する。
それが通達された時の学園内の騒ぎは、凄い物だった。
アンドリューが顔色を悪くしていたのを見る限り、事前に彼に知らされていなかったのだろう。
今日、このパーティー中に何が起きるのか。アンドリュー自身、自分の身に起きる事が。
(国王陛下は……本気で切り捨てた、と言う事よね)
ラシェルは、胸中で溜息を零す。
その時、ラシェルの身支度を行っていた侍女が明るい声を上げた。
「──お嬢様、準備が終わりました!」
「……ええ、ありがとう」
声をかけられ、ラシェルはパッと目の前の鏡台に視線を向ける。
鏡に映った自分の姿を見て、息を呑んだ。
紫色の、ドレス。自分にはまだこんなに大人っぽいドレスは似合わないのでは、と思っていた。
だが、実際身に纏ってみればそれはラシェル自身に誂えたかのように似合っていた。
首元を飾るネックレスは、レオの瞳の色であるローズピンクの宝石が使用された、繊細なネックレス。
ラシェルの編み込んだ髪の毛にはピンクゴールドの髪飾り。薔薇の花を模したその髪飾りは、凛としたラシェルにとても良く似合っていた。
耳元で揺れるイヤリングもピンクゴールドの金細工に、ラシェルの瞳の色とお揃いのアレキサンドライトが使われている。
「……」
ラシェルは、自分の姿を改めて見てレオのセンスの良さに舌を巻いた。
さり気なくレオの色が使われてはいるが、そこまで主張していない。
ラシェルの品の良さをさり気なく際立たせている。
「……流石、としか言えないわね」
「お嬢様、どうなさいました?」
「いえ、何でも無いわ」
ラシェルが呟いた声が聞こえなかったのだろう。侍女は不思議そうに問いかけたが、ラシェルは首を振って立ち上がった。
レオとは、玄関ホールで待ち合わせをしている。
それから二人で馬車に乗り込み、学園に向かうのだ。
今日は、卒業パーティーだけが行われる。
本来であれば、婚約者であるアンドリューがラシェルを迎えに来るはずなのだが、当然そんな約束も取り交わしていない。
エスコートも、アンドリューはしないつもりなのだろう。
きっと、この卒業パーティー中、アンドリューはシエナの隣に居るだろう。
まるで、シエナの隣こそが自分が居る場所だと。
自分の隣は、シエナだけの物だと周囲に知らしめるつもりだ。
だが、そうなってくれて良かった、とラシェルは素直にそう思う。
今はまだアンドリューの婚約者と言う身だが、この卒業パーティーが終わる頃にはその肩書きはなくなる。
「レオを待たせてしまっているわね。行きましょうか」
「はい、お嬢様」
自室を出て、玄関ホールに向かう。
廊下を歩いていると、玄関ホールに降りる階段が目に入った。
階段下には、既にパーティー用の服装に身を包んだレオが待っているのが見えた。
その姿を見た瞬間、ラシェルは息を呑む。
レオが着ているフロックコートは、ラシェルが着ているドレスと揃いの色で合わせられていた。
そして、デザインもラシェルのドレスと対になるような物。
どこからどう見ても、ラシェルとレオがパートナーだと言うのがひと目で分かる。
「──ああ、もうっ」
気恥しいけれど、ちっとも嫌じゃない。それどころか、ラシェルの胸には嬉しい、と言う感情が込み上げてきた。
ラシェルの声が聞こえたのだろう。
レオがパッと振り向くのが見えた。
ラシェルの姿を目にしたレオは目を見開き、そしてうっとりと見惚れるような甘さを含んだ瞳が細められる。
「──ラシェルお嬢様」
甘く、低いレオの声がラシェルの名前を呼ぶ。
レオが階段下まで歩いてくるのが見えたラシェルは、階段を降りるために一歩足を踏み出したのだった。
レオが階段下に移動するのを見つつ、ラシェルは手摺に手を添え、一段一段しっかり踏み締め階段を降りて行く。
ラシェルが殆どの階段を降り切るその時、レオが「ラシェルお嬢様」と声を掛け、自分の腕を差し出した。
顔を上げたラシェルは、レオが自分に向かって腕を差し出しているのを見て、自然な動作で自分の手のひらをレオに重ねた。
「凄くお綺麗です、ラシェルお嬢様」
「ありがとう、レオ。レオもとっても素敵よ」
「ふふっ、ありがとうございます。美しいラシェルお嬢様の隣に立つのです、気合いを入れてみました。……似合っていますか?」
レオが不安そうに眉を下げ、上目遣いでラシェルを見上げてくる。
ぐっ、と息を詰まらせたラシェルは、レオから顔を逸らしつつ「格好良いわよ」と告げた。
ラシェルにそう言われたレオは、上機嫌でエスコートをすると、玄関扉に歩いて行く。
「では、参りましょうかラシェルお嬢様」
「そうね」
レオが扉を開け、公爵家の使用人に見送られて二人は外に足を踏み出した。
◇
ガタガタ、と馬車が揺れる。
馬車が街中を進むにつれ、今日の卒業パーティーに参加する学園生達の馬車が多くなってきた。
皆、婚約者や婚約者が居ない者は家族とパーティーに参加する。
今日のパーティーのために拵えた服装で参加するため、学園の前に馬車が到着する頃には煌びやかな衣服に身を包んだ学園生達の姿が多く見られた。
ラシェル達の乗る馬車も学園に到着した。
馬車に刻まれている家紋で、この馬車はスタシータ公爵家の馬車だと周囲には知られている。そのため、多くの視線が集中していた。
レオが先に馬車から降り、ラシェルに手を差し伸べる。
馬車から降りて来たラシェルを目にした途端、注目していた人々は息を呑む。
煌びやかなドレスに身を包んだラシェルの美しさに、誰もが言葉を失う。
そして、ラシェルをエスコートするレオ。
二人は揃いの衣装で歩き出した。
揃いの衣装を着ているラシェルとレオの姿は、とてもしっくりしていて。
この二人が元からパートナーだと言われても、誰も異を唱える事が出来ないくらい、二人の息は合っていた。
普通だったら、婚約者アンドリューからエスコートされず、放っておかれるラシェルを嘲笑うような声が聞こえてもいいはずだ。
ただの侍従であるレオと揃いの衣装を身に纏っているラシェルを貶めるような声が聞こえてきてもいいはずなのに、二人を見つめる誰もが声を発していなかった。
だが、そんな中で──。
「──あっ! ラシェル様、それにレオさんも! おはようございます!」
ラシェルとレオの姿を見て、笑顔でやって来る三人が居た。
ここ最近仲良くなったララとナイン、そしてハロルドだ。
「ララ嬢にナイン卿、ハロルド卿。おはよう」
「御三方、おはようございます」
ラシェルも、レオもにこやかに挨拶を返す。
ラシェル達五人は合流し、会話しつつ卒業パーティー会場である学園のメインホールに向かって歩き出した。
「ラシェル様のドレス、凄いですね」
ララがラシェルの姿を目に映し、感嘆の声を上げる。
ラシェルは苦笑しつつ彼女に答えた。
「ええ、ありがとう。大人っぽくて、私には似合わないかしら、と思っていたけど……そうでもなさそうで良かったわ」
「も、もちろんとてもお似合いなのは当然なのですが……! その、凄い、と言ったのは……」
ドレスの事を褒められた、と思ったラシェルが言葉を返すと、ララは慌てて両手を胸の前で振る。
そして、ちらりとレオを見ると背伸びをしてこそりとラシェルに耳打ちした。
「──レオさん、の独占欲が凄いって意味です……!」
「……っ!?」
ララの言葉を聞いた瞬間、ラシェルの顔がぶわりと赤く染まる。
ララの言葉は、レオにも聞こえているはずなのだが、レオは澄ました顔でラシェルをエスコートしているだけ。
ララがひと目見ただけで分かってしまうなんて。
ラシェルはレオを横目でじとりと見やった後、エスコートされているレオの腕をこっそりつねった。
目の前には、メインホールの扉が見えてくる。
主役である卒業生より先に、ラシェル達がホールに入り、卒業生や王族を出迎えるのだ。
ホールの扉が開かれていて、ラシェル達五人はそのままホールに入った。




