28
シエナを医務室に預けたアンドリューは苛立ちを顕に廊下を歩いていた。
「一体どうすればあのチョーカーを外せるのか……。父上だって分かっているはずだ。シエナの魔力はどんどん上がっている。……我が国に取っても聖魔法の使い手は貴重な癒し手だ、彼女の魔力を封じるのは悪手だと分かっているはずなのに……」
それなのに、どうして魔力封じのチョーカーを、とアンドリューは自分の父親の考えが読めなかった。
「シエナは、このまま行けば我が国の聖女の称号だって得られるほどの使い手だ。王城の聖魔法士など足元にも及ばないほどの力を得る人物だ。それなのに……」
アンドリューの脳裏には、悲しそうに泣くシエナの姿ばかりが残っていた。
◇
アンドリューが医務室から去った後。
ベッドの上でシエナが膝を抱えて丸くなっていると、医務室の扉をノックし、開く音が聞こえた。
「──シエナ嬢、居ますか?」
「……ユージス、卿?」
「ああ、いらっしゃった。大丈夫ですか?」
カーテンの隙間からひょこり、と顔を覗かせたユージス。
ユージスは心配するように眉を下げ、シエナに励ましの言葉をかける。
「ああ、目が腫れてしまっています。殿下が心配してしまいますよ」
「……でも、これじゃあ……。せっかく魔力が増幅したのに、魔道具のせいで意味がないの……」
泣き言を漏らすシエナの肩をぽん、と叩くユージス。
ユージスはシエナの耳元に顔を寄せ、ぼそりと呟いた。
「大丈夫ですよ。今後も増幅させていけばきっとそれも外せるはずです」
「──っ!」
「はい、こちらをどうぞ。いつものが入っています」
ユージスはにこり、と笑みを浮かべシエナの手に紅茶が入ったポットを握らせる。
魔道具のポットは、保温効果が効いていて、シエナの手にじんわりと紅茶の温かさが伝わってきた。
◇◆◇
ラシェルとレオが帰宅すると、使用人達がパタパタと忙しなく動いていた。
「……みんな忙しそうね? どうしたのかしら?」
ぽつり、とラシェルが呟く。
隣に居たレオには心当たりがあったのだろう。「あっ、もしかして」と小さく声を上げた。
「レオ、知ってるの?」
「ええ、多分──」
レオがそう呟いた瞬間、使用人の一人がパタパタと駆け寄って来た。
「お帰りなさいませ、お嬢様。お部屋に運んでおりますので、ご確認ください!」
「装飾品も一緒に運び入れております」
「ああ、レオさん。ちょうど良かった。これが最後に届いた装飾品です、どうぞ」
「ありがとうございます」
使用人から長方形の小箱を渡されたレオは、笑顔でお礼を告げる。
未だに首を捻っているラシェルに、レオは笑顔のまま背中を押して部屋に行くよう促した。
部屋に入るなり、ラシェルは驚きに目を見開いた。
視界に広がる煌びやかなドレスに、装飾品。
ドレスはラシェルの瞳の色と同じ、明る過ぎないパープル。ラシェルの凛としたイメージに似合うドレス。
普段、ラシェルの事を良く見ているレオだからこそ選べる大人っぽいドレスだった。
ラシェルは驚いたような表情のまま、ドレスに近付いて行く。
触れようとした所で、ハッとしてすぐに手を引っ込める。せっかくこんなに綺麗なドレスをレオが用意してくれたのだ。力加減を誤れば、破ってしまいそうで。
ラシェルは後ろにいるレオにちらりと視線を向けた。
「こ、こんな大人っぽいドレス……私に似合うかしら?」
「ラシェルお嬢様に似合わないドレスなどありませんよ。卒業パーティー当日は、ぜひこちらを纏ってください」
嬉しそうに笑うレオに、ラシェルも嬉しくなってきて口元が綻んだ。
「ありがとう、レオ。当日、着させてもらうわ」
ラシェルはドレスの美しさに目を奪われていたが、先程レオから渡された長方形の箱に目を向けた。
どこからどうみても、高級な化粧箱だ。
恐らく──いや、絶対にドレスに合わせた装飾品だ。
ラシェルは小箱に向けていた目をレオに向けた。当の本人、レオはラシェルからの視線に不思議そうに首を傾げ、まるで「開けて中を見ないの?」とでも言いそうな表情で見つめ返してくる。
その期待するようなレオの視線に負け、ラシェルはソファに座り、小箱をテーブルの上に置いてリボンに手を伸ばした。
ラシェルが開けるのを、レオがじっと見ている。
背中に刺さる視線を感じつつ、ラシェルは慎重にリボンを解き、箱の蓋を開けた。
「──わっ」
中に収まっていた物を目にした瞬間、ラシェルは感嘆の声を漏らす。
中に収まっていたのは、ネックレス。
派手すぎない、繊細なデザインのネックレスは、レオのセンスの良さを感じられた。
小ぶりな宝石が付いており、宝石はローズピンク。
宝石を引き立てるような薔薇の飾りに嵌められており、その宝石の色は──。
「こ、これ……レオの瞳の……」
堪らず、ラシェルが真っ赤な顔でレオを見遣れば。レオは何か問題でもありましたかとでも言うように堂々としている。
卒業パーティーの時は、まだアンドリューの婚約者と言う立場だ。その時、国王陛下への願いを口にするつもりではあるが、入場時はまだアンドリューの婚約者。
そんな立場でありながら、他の男性の瞳の色を身に付けてもいいものだろうか、とラシェルは悩んだ。
だが、そんなラシェルの悩みなど想定内だったのだろう。
レオはすっとラシェルに近付くと、箱の中からネックレスを取り出し、ラシェルの首元に当てて見せた。
「これくらいでしたら、近付いて良く見ないと分かりません。それより、ラシェルお嬢様のドレス姿に見惚れる者の方が多いでしょう」
首元に当てられたネックレス。
それは、確かにレオの言う通り宝石の色が然程目立たない。
そもそも、ラシェルに近付くのは今仲良くしているララやナイン、ハロルドの三人程度だろう。
「そ、そう……かしら?」
「ええ、そうですよ。大丈夫です」
何だかレオに上手く言いくるめられている気がする。
ラシェルがそう思った時。
部屋の扉がノックされ、扉向こうから声を掛けられた。
「──ラシェル、少し良いか?」
聞こえて来たのは、兄・シュタルの声だ。
ラシェルとレオは顔を見合わせてからシュタルに返事をした。
「は、はいお兄様。どうぞ」
「──ああ、失礼する」
扉を開け、中に入ってきたシュタルはラシェルの部屋に飾られているドレスと、ラシェルが手に持っているネックレスを見てある程度を察し、レオを見て苦笑を浮かべる。
まるで「邪魔をして悪いな」と言うような表情だったが、すぐに真剣な表情に切り替わった。
そして、シュタルはラシェルに問う。
「ラシェル。学園内のシエナ・ハーパルについて聞きたいのだが、いいか?」
「シエナ嬢ですか?」
「ああ、そうだ。彼女は普段学園ではどんな様子だ?」
なぜ、そんな事を聞くのか──。
ラシェルが不審げに眉を顰めると、シュタルは苦笑しつつ続けた。
「どんな交友関係があるのか、知りたくてな……。殿下以外で、彼女と良く一緒に居たり、行動を共にしている人物に心当たりは無いか?」
「いえ……、私には特に心当たりは……。レオはどう?」
「私も分かりませんね……」
二人が答えると、シュタルは「そうか」と呟く。
「──もし、今後。学園内でシエナ・ハーパルと親しい学園生がいたら、注視してくれないか? 親しい学園生の家門を教えてもらえれば、助かる」
「それだけ、でいいのですか? それくらいなら、全然大丈夫です」
「本当か? それなら、助かる。家門を調べてくれるだけで良い。それ以上は大人達の仕事だ」
シュタルはそう言うと、ラシェルとレオにお礼を告げてから部屋を出て行った。
シュタルの服は、騎士隊の服のままだ。
もしかしたら、仕事の途中に一旦家に戻って来たのかもしれない、と考えるとそれほど重要な事なのだと察する事が出来る。
「……お兄様は今、シエナ嬢の事を調べていらっしゃるのね」
ラシェルの言葉に、レオも頷く。
「ええ、そのようですね。彼女と親しくしている学園生の中で、特定の人物はいましたか?」
レオの言葉に、ラシェルは記憶を思い出すように虚空を見上げた。
だが、すぐに首を横に振って答えた。
「……普段、シエナ嬢を意識していないから分からないわね。……殿下とシエナ嬢ですもの。あの二人の周囲にはいつも誰かしらいるものね」
「俺も同じです。興味がなくてしっかり確認した事が無かったです。シュタル様の依頼ですし、今後はシエナ嬢の周囲を注視しましょう」
「ええ、そうしましょうか。親しくしている家門が居たら、お兄様に報告しましょう?」
シュタルが口にした、大人の仕事──。
それが、どんな仕事なのかラシェルやレオにははっきりとは分からない。
だが、彼女に対して、国の騎士隊が動いている。騎士隊に命令をしたのは恐らく国王だろう。
「……シエナ嬢、随分元気が無さそうだったけど。……何か、辛い事があったのでしょうね」
「辛い目に遭うのは当然です。彼女はラシェルお嬢様に危害を加えたのですから。きっと、その件についてシュタル様も、国王陛下も何かお調べになっているのでしょうね」
同情しては駄目ですよ、とレオに告げられたラシェルはこくりと頷いてから手に持っていたネックレスに視線を落とした。
ネックレスは、部屋の照明に照らされキラキラと美しく輝いていた。




