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◇
「ラシェルお嬢様が卒業パーティーで着られるドレス、俺が贈っても構いませんか?」
ララ達を交えての昼食後。
ララとナイン、ハロルドは食堂に食器を戻しに行き、ラシェルとレオは一足先に教室に戻っていた。
その道中、レオが突然そんな事を言ってきたため、ラシェルは驚き自分の足に躓いてしまった。
「──っ!?」
「……っと、危ないです、ラシェルお嬢様」
躓き、バランスを崩したラシェルをレオが背後から抱き留め支える。
ラシェルは、自分の腹にぐるりと回るレオの太い腕の感触にぶわり、と頬を染めた。
(い、今までは気にならなかった、のに……!)
今では、レオの行動一つ一つに過剰なほど反応して、意識してしまう。
自分とは違う、がっしりとした腕。
簡単に自分を支えてしまえるほどの力強さ。
引き寄せられた時に背中に感じるレオの胸板の厚さ。
それら全てが、レオが「男性」なのだと妙に意識してしまい、ラシェルの顔が更に真っ赤に染まっていく。
「ラシェルお嬢様? 大丈夫ですか?」
レオの低い声が耳元で聞こえ、ラシェルは大袈裟に肩を跳ねさせる。
レオが自分の顔を覗き込もうとしているのが気配で分かり、ラシェルは慌ててレオの腕を叩いた。
「あ、ありがとう……! もう大丈夫よ」
ぺしぺし、と何度か腕を叩かれたレオは不思議そうにしつつラシェルから腕を離し、離れる。
そして、レオは先程の話に戻した。
「──それで、ドレスを贈ってもいいですか? 贈ったら……着てくれますか?」
「……えっ、あ! え、ええ……そうね。うん……」
レオの言葉にラシェルが勢い良く顔を上げ、振り返る。
ラシェルの顔は真っ赤に染まったままで、レオはその表情を見てどこか胸に熱いものが込み上げた。
嫌がられて、いない──。
レオはラシェルに一歩近づき、距離を詰めると腰を曲げ、ラシェルの瞳を覗き込むようにして続ける。
「本当なら、ラシェルお嬢様にローズピンクのドレスと宝石を贈りたいのですけど……それはまだ、我慢します」
「──っ」
「あ、でも小ぶりなローズピンクの宝石が着いた装飾品なら贈っても大丈夫ですか? それと、俺の服装とラシェルお嬢様のドレスのデザインをお揃いにしたいです」
「そ、それは……」
「駄目ですか?」
まるで捨てられた子犬のように悲しそうに眉を下げ、じっと見つめてくるレオにラシェルは「駄目」とは言えなかった。
辛うじて「分かった、好きにして……」と答えると、レオは心から嬉しそうに笑う。
「分かりました。卒業パーティーでのお召し物は俺が用意しますね」
「ええ……ありが、とう」
決してラシェルと目は合わないが。
だが、それでも嫌がっていないのは分かる。
その証拠に、ラシェルの頬は先程と同じように赤く染まっているから。
それに、長年傍にいるレオだからこそ分かる。
ラシェルが嬉しい時、感情を表に出さないように必死に我慢している顔。
そんな顔を、さっきからラシェルはずっとしているからだ。
そんな二人の様子を、食器を戻し終わったララ達三人は、廊下の角からこっそり見ていた。
「……え、え。あのお二人って……」
ララがひゃああ、と興奮したような顔で呟く。
ララの後ろにいたナインも、ハロルドも。驚きはしたものの、三人で顔を見合わせて「お似合いのお二人だね」と笑った。
◇◆◇
それから、学園での生活は驚くほど平和に進んだ。
数日間、アンドリューもシエナも学園に姿を現す事はなく、日に日にラシェルとレオの周りには人が増えて行く。
ララ達の三人を始め、教室の移動や昼食を一緒にとっているのを見て、学園生がラシェルに話しかける事が増えた。
ラシェルに話しかける人物は皆、あの討伐同行の時に助けられた者達だった。
軽くお礼を言うだけに留める者。
ララ達のように昼食に誘う者。
行動を共にしたい、と願い出る者達が日に日に増えた。
ララやナイン、ハロルド達三人はラシェルに正式に謝罪をしてくれた。
公爵令嬢に対して、過去の無礼を家を通して正式に謝罪してきたのだ。
そして、彼女達三人は心から反省しているのがラシェルにも、そしてレオにも分かった。
だからこそラシェルはララ達三人の謝罪を受け入れ、一緒に過ごす事が増えた。
だが、他の学園生は。
討伐同行でのお礼をしたはいいものの、どう話しかければいいのか分からず諦めてしまう者や、ラシェルの無表情に肩を落とし、離れて行く者もいる。
ラシェルは話しかけられれば、答える。だが、自ら話を広げる事はしない。
公爵家と、ラシェル本人と良い関係を築きたいのであれば、筋を通す必要がある。
いくら学生とは言え、今までの事を笑って流す事は出来ないのだ。そうしてしまえば、公爵家が侮られてしまう。
それは、ラシェルとしてもどうしても避けたかった。
それに、討伐同行の際に助けた学園生達の人数など、たかが知れている。
彼らが話しかけるのを諦めれば、その他の学園生達の殆どは、アンドリューやシエナを擁護していた側だ。
今さら、ラシェルに擦り寄る事など到底できやしないのだ。
「ラシェル様、今日は中庭で昼食をいただきませんか?」
「ララ嬢。ええ、そうしましょうか」
ララ達と距離が縮まって、どれくらい経った頃だろうか。
昼食を一緒に取る事が当たり前になった。
ララに誘われたラシェルの表情は、柔らかい。
今までのような無表情ではなく、少しばかり口元が綻んでいて、柔らかく微笑むラシェルの美しさが、最近は学園内で噂になっている。
「ラシェルお嬢様、段差がございます。お足元気をつけてください」
「ええ、ありがとうレオ」
ラシェルとレオが寄り添い、歩く姿は最早恋人同士のような雰囲気だ。
五人で談笑しながら中庭に着き、レオとナイン、そしてハロルドが昼食のためテーブルを移動している時、ラシェルとララの後ろから人がやって来る気配がした。
「──随分と楽しそうだな」
ここ最近、聞く事が無かった声。
弾かれたようにラシェルが振り向いた先には、アンドリューと、アンドリューの腕に自分の腕を絡ませているシエナ。
そして、数人の学園生達が居た。
「──殿下、学園に来られたのですね」
ラシェルが冷静に問いかけると、アンドリューは不機嫌な態度を隠す事なく答えた。
「ああ。今日から復帰だ。……学園生から聞いたが、私やシエナが居ない間、お前が随分我が物顔で過ごしていた、と聞いていたぞ」
「……我が物顔、ですか」
「ああ。とぼけても無駄だ。色々と聞いている。どうやら、私たちが居ない間に他の生徒に媚びを売り、味方を増やそうとしていたらしいが……そんな汚い手を使って……仲間になったのはたった三人か」
ララやナイン、ハロルドを見た後、アンドリューは鼻で笑う。
アンドリューが話している間、ラシェルは顔色、表情一つ変えずにただ淡々と聞いていた。
全く動じる事なく、話を聞いているラシェルに興が削がれたのだろう。
アンドリューはつまらなさそうに嘆息すると、その場を離れようとした。
だが、そんなアンドリューにラシェルは話しかける。
「殿下。シエナ嬢についての罰は……もう終わったのですか?」
「──罰、だと!?」
先程から気になっていたのだ。
シエナの首には、今まで見た事が無いチョーカーがあった。
チョーカーから、僅かに魔力を感じる事が出来た。もしかしたら、シエナに何らかの制限を付加した魔道具なのではないか──。
そう考えたラシェルがアンドリューに問いかけたのだが、アンドリューは忌々しげに口を歪ませラシェルを睨みつける。
「……シエナが罰など受ける筈がないだろう!」
大声で告げたアンドリューは、それ以上用は無い、とばかりに背を向け去って行く。
いつもだったら、勝ち誇ったような表情をしているはずのシエナが、今日は一度もラシェルと目が合わない。
それどころか、ラシェルがシエナのチョーカーを指摘した際に僅かに顔色が悪くなった気がする。
結局、アンドリュー達はそのまま中庭を出て行き、ラシェル達は彼らの目的が分からず、首を傾げた。
「……殿下は、何のご用だったのでしょう?」
ララが不思議そうに呟くのを聞いたラシェルは、淡々と答える。
「気にせず昼食を摂りましょう」
◇◆◇
「──何で、何で何で……。魔法が発動しない……っ」
空き教室。
そこで、シエナのか細い声が響いていた。
「アンドリュー様ぁ! どうして私がこんな目に遭わないといけないんですか……っ、どうして私が魔法を封じられなくちゃならないんですか……!」
はらはらと涙を流すシエナをアンドリューは抱き寄せる。
「──心配するな、シエナ。シエナに対する父上の罰はやり過ぎだ。私がこのチョーカーをどうにかしてやるから……」
「うっ、うぅ……っ、悔しい……、悲しいですアンドリュー様っ、これじゃあ、アンドリュー様が万が一お怪我をされた際に、助ける事が出来ない……っ」
悲しそうに自分の両手を見下ろし、ボタボタと涙を落とすシエナ。
そんな悲痛な姿のシエナを、アンドリューは堪らず強く抱きしめた。




