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◇
ぐすっ、ぐすっ。と、静かな部屋にシエナの泣き声が響く。
「どうして……どうして国王陛下は、私にこんな酷い仕打ちをなさるのですか……っ」
「シエナ……、頼む泣き止んでくれ……」
室内には既にアンドリューとシエナ2人だけが残っており、先程まで居た国王も、シエナを運んで来た騎士も。そして、学園の教師達も全て退出している。
室内には完全に二人だけで、アンドリューは泣いているシエナを抱き寄せ、必死に慰めていた。
シエナの首には、チョーカーのような物が嵌っている。
一見して見れば、洒落たチョーカーだが、そのチョーカーの裏にはこの国の王家の印が刻まれている。
シエナの魔力を、限定的に制御する魔道具だ。
国王の許可がなければ、シエナは聖魔法を使う事が出来ない。
「──くそっ、この魔道具のチョーカー、私でも外す事が出来ない……っ」
アンドリューがシエナの首にあるチョーカーを外そうとあの手この手を試してみるが、ただの装飾品のように見えるチョーカーを外す事は出来なかった。
「酷いっ、どうして私ばかりがこんな目に……っ」
「シエナ……」
アンドリューは咽び泣くシエナを憐憫の目で見つめる。
「そうだな……ただ、少し考えが暴走してしまっただけ、そうだろう、シエナ? 本気でラシェル・スタシータを害そうとは思っていなかった。そうだな?」
「う……っ、うぅっ」
優しく問いかけるアンドリューに、シエナはこくこくと何度も頷く。
「うっ、うう……っ、アンドリュー、アンドリュー様っ、アンドリュー様が、ラシェル嬢と、一緒に居て……っ、それを見ちゃって……嫉妬したん、です……っ」
「──! 私とラシェル・スタシータが一緒に居る所を見たのか?」
シエナの言葉を聞いたアンドリューは、自分のせいでシエナがこんな暴挙に出てしまったのか、と自分の行動を悔いる。
ラシェルと一緒に居る自分を見て、嫉妬して暴走してしまった。
そして、少しラシェルに対して攻撃的になってしまった──。
「それだけの、事で……。こんなの、可愛い嫉妬ではないか……。それなのに、シエナに対する父上の罰は重すぎる。待っていろ、シエナ。私がどうにか父上を説得する。その魔道具の枷を外してもらおう。だから泣き止め、シエナ」
「う、うう〜っ」
悔しい、悔しい、悲しい、辛い、どうして私が。
様々な感情が、シエナの胸に渦巻く。
アンドリューに強く抱き寄せられ、シエナはひしっと縋るように抱きついた。
◇◆◇
翌日。
ラシェルはいつも通りの時間に起きると、学園の制服に着替えていた。
着替え終わった頃、コンコン、と扉がノックされる音にラシェルは過敏に反応してしまう。
「ラシェルお嬢様、おはようございます。朝食に参りましょう」
扉の向こうからは、いつも通りレオの声が聞こえた。
「──あ、うう……」
ラシェルは昨日の事を思い出し、一気に顔を真っ赤に染める。
声にならない声を上げていると、不審に思ったレオが慌てて扉を開けてしまった。
「──失礼します! 何か異変がございましたか!?」
襲撃か、虫か、それとも──。
様々な事を想定して部屋に駆け込んで来たレオの頬には、昨日ラシェルが吹き飛ばしてしまった時の怪我がくっきりと残っている。
ラシェルが顔を赤くしておろおろとしていると、室内に何の異常も無い、と判断したレオがふ、と顔を上げてラシェルと視線が合う。
既に学園の制服に着替えていたラシェルは慌ててレオに「何でもない!」と叫ぶと、レオの隣を駆け抜け、外に出てしまう。
部屋に一人残されたレオは、今までと全く違う反応を見せるラシェルをぽかんと見つめていた。
もしかしたら、ラシェルは自分を意識してくれているのでは──。
その考えに至った瞬間、レオは歓喜に打ち震え、自分の口元を手のひらで覆った。
(──いや、待て待て……! 早合点してはいけない……!)
ぶんぶん、と首を横に振りラシェルのあの態度の理由を考える。
(もしかしたらラシェルお嬢様のお着替えが終わる前に、俺が扉を開けてしまった……?)
だが、そうしたら躊躇なくラシェルの平手が飛んでくるはずだ。これは違う、とレオは首を振る。
(なら、もしかしたら寝坊されて、急いで支度をしたからそれが恥ずかしかった……?)
だが、寝坊したのならラシェルは素直に「寝坊してしまった」と言ってくれるはず。これも、違うと首を振る。
その他にもああでもない、こうでもない、とラシェルが赤面した理由を考えてみるが、レオには何も思い浮かばなかった。
「やっぱり、俺の昨日の言葉で……?」
レオの瞳に、僅かに希望が宿る。
もしかしたら──ラシェルは自分の事を「異性」として初めて意識してくれたのかもしれない。
ラシェルの態度から、最早それしか理由はないのでは? と、レオは前向きに考える。
こうしてはいられない。
先に行ってしまったラシェルを早く追いかけないと、とレオは自分の頬にも熱が集まってくるのを感じながら走り出した。
◇
ガタガタ、と馬車が揺れる。
室内は、どこか気恥ずかしいような、気まずいような、例えようのない空気だった。
「──ラシェルお嬢様」
「──なっ、なに!?」
向かいに座るラシェルにレオが声をかけると、ラシェルはびくっと肩を跳ねさせて返事をする。
だが、じわじわとラシェルの耳は赤く染まって行き、ラシェルの瞳はどこか忙しなく動き、レオと視線が合わない。
これほどまで、ラシェルと視線が合わないのは珍しい──。
朝は自分を意識してくれたのでは、と少し浮き足立ってしまったレオだったが、こうもラシェルと目が合わないと切なくなってくる。
「……いえ、何でもありません」
「そ、そう……」
しゅん、と肩を落として悲しげに告げるレオ。ラシェルは悲しそうにしているレオを見て口を開いたが、何と声をかければ良いのか分からず、結局学園に到着するまでの間、馬車内の空気は気まずいままだった。
学園の馬車停めに到着し、ガタンと揺れる。
いつも通り先に馬車を降りたレオが、ラシェルに手を差し出してくれる。
ラシェルはレオの手に触れるのが気恥ずかしかったが、何とか表情には出さず、レオの手に自分の手を重ね、馬車から降りた。
ここは、もう学園だ。
感情を制御しないと、建物を破壊してしまうかもしれない。
ラシェルは必死に心の中で「平常心」と繰り返していた。
そして、ラシェルがレオから手を離した時。
「ラシェル様、おはようございます」
「侍従の方もおはようございます」
今までは朝の挨拶など皆無だった二人に、明るい声がかけられた。
ラシェルとレオに朝の挨拶をしたのは、討伐同行の時に助けた学園生達だった。
ラシェルも、レオも驚きの表情を浮かべたが、すぐに微笑み、挨拶を返す。
「──おはようございます、皆さん」
「おはようございます」
ラシェルとレオ、そして学園生三人は一緒に歩き出す。
「ラシェル様、先日は大丈夫でしたか?」
「先日……?」
「ええ、その……。シエナ嬢に、聖魔法を……」
気まずそうに声を潜め、体は大丈夫か、と心配してくれる学園生にラシェルは「ああ……!」と小さく声を上げると、頷いた。
「ええ、何も問題ございません。ご心配いただき、ありがとうございます」
ラシェルが微笑みつつ答えた様子を見て、学園生はほっと安堵の表情を浮かべた。
「良かったです。……聖魔法を、あんな風に悪用するなんて……」
「それに、シエナ嬢の魔力……何だか以前より増えておりましたよね……? 今まではあんなに長時間、あんな威力の高い治癒魔法なんて……」
そんな事を話しながら歩いていると、あっという間に教室に辿り着いた。
ラシェル達が教室に姿を現すと、室内にいた学園生達から一斉に注目を浴びた。
「──な、なに……?」
今までの視線とは、どこか違う。
ラシェルは戸惑った。
ただただ注目される事に不慣れなラシェルが戸惑っていると、当たり前のようにレオが一歩前に出て、沢山の視線を遮りラシェルを守る。
「……気持ち悪い注目のされ方、ですね。……それに、まだ教室内に殿下も……シエナ・ハーパル嬢もいない……」
「え、本当?」
レオの言葉に、ラシェルは改めて教室内を見回す。
今までだったら、既にアンドリューとシエナは学園に登園している時間だ。
そして、いつも二人は仲睦まじい様子で寄り添い、二人を沢山の学園生が囲んでいた。
それなのに、今は二人の姿はなく、いつもアンドリューとシエナの周囲に居た学園生達が戸惑っているようだった。
既に教室内に居た、学園生の一人が一歩前に出て、ラシェルとレオに近付いてくる。
「──ラシェル・スタシータ嬢。……お聞きしたい事が。……殿下とシエナ嬢は、どうして登園されていないのですか?」
何故、自分に聞いてくるのだろうか。
ラシェルは首を傾げた。そして、知らない、と返答しようとしたがラシェルが口を開くより先にレオが答えた。
「私とラシェルお嬢様も、今初めて知りました。殿下とシエナ嬢がいらっしゃらない事は、分かりません。教師に確認をなさればよろしいのでは?」
「──っ、分からないなんて……そんなはずは……! で、ラシェル・スタシータ嬢は殿下の婚約者でしょう……!」
焦ったように言葉を紡ぐ学園生に、レオは鼻で笑った。
「──はっ。ラシェルお嬢様が殿下の婚約者だと知りながら、蔑ろにしていた癖に……。こんな時だけ情報が欲しいとラシェルお嬢様に話しかけるなんて……公爵家を侮辱しているのか」
ぼそり、と呟かれたレオの声は恐ろしく低く、重い。
レオの言葉に、学園生はぐっと言葉を詰まらせた。だが、侍従、の立場のレオに言われた事が気に食わなかったのか。眦を吊り上げながら口を開いた。
「──たかが侍従のくせに、その態度は」
「皆さん、席に着いてください。今日は大事なお知らせがございます」
学園生が言い切る前に、教師が言葉を遮った。




