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◇◆◇
国王との謁見が終わり、邸に帰る馬車の中。
ラシェルは呆然としていた。
未だに、あの場で起きた事が自分でも信じられないのだ。
「──レオ」
「何ですか、ラシェルお嬢様」
ラシェルはぽつり、とレオの名前を呼ぶ。
向かい側の座席に座っていたレオが、ラシェルの声に反応して返事をする。
レオの様子も、どこか嬉しそうに見えた。機嫌が良い様子だ。鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌なレオは珍しく、ラシェルは首を傾げた。
「レオ、どうしたの……?」
「え、何がですか?」
きょとん、と不思議そうに目を瞬くレオに、ラシェルは問いを続けた。
「何って、凄い嬉しそうだから。こんなに機嫌が良いレオ、随分久しぶりじゃない?」
「……確かに、そうですね。ラシェルお嬢様が殿下と婚約されてから数年。こんなに気分が晴れやかなのは久々です」
にこにこ、と「嬉しい」と言う感情を全く隠す事なく曝け出しているレオに、ラシェルは益々不思議そうに首を傾げる。
そんなラシェルに、レオは笑い声を上げると答える。
「どうして俺が上機嫌なのか、分からないって顔ですね?」
「え、ええ、そうね……」
「本当に分かりませんか? それとも、ラシェルお嬢様は気づかない振りをしている、とか? いや、そんな事出来ない、か……。ラシェルお嬢様は感情を制御する術はあるが、鈍い訳では無い。……今までその可能性を無意識に排除していた……?」
レオは自分の顎に手を当て、ぶつぶつと呟く。
そして、自分一人で納得すると顔を上げてラシェルと目を合わせた。
「レ、レオ?」
「……ラシェルお嬢様が、国王陛下に願い出た内容。その願いの内容が、凄く嬉しいんです」
「え? そ、そうなの? だけど、こうなるのは当然の結果じゃない?」
「ええ、今までの殿下の行動や言動。それらを鑑みればこの結果は予想出来ました。……ですが、ラシェルお嬢様が自ら、ご自分の口で……陛下に願い出た事が俺は嬉しいんです」
「──そんなに?」
「ええ、そうですよ。殿下のあの行動で、何度ラシェルお嬢様に考え直した方が、と言いたかったか……」
心の底からそう思っていた、と言うのがラシェルにも伝わる。
嬉しそうにしているレオを見ていると、何だかラシェルも段々嬉しくなってきてしまう。
ラシェルは「ふふっ」と笑い声を漏らすと口を開いた。
「私が、陛下に殿下との婚約の解消を申し出た事がそんなに嬉しいなんて。レオったら私の事が大好きなのね」
ラシェルの言葉を聞いたレオは、キョトンと目を瞬くと当然だと言うように答えた。
「大好きに決まっているじゃないですか。何を当然の事を? いや、大好きどころじゃないですよ。俺はラシェルお嬢様を愛おしく思っていますから」
「──っ!?」
家族愛や、親愛の情──。
レオが自分に抱いているのは、そのような情だと思っていた。
いや、ラシェルはそう思い込もうとしていたのだ。
自分には、婚約者が居る。
しかも、この国の王族──未来の国王になる人と、婚約を結んでいたのだ。
だからこそ、レオからの気持ちは「そう言う物じゃない」とラシェルは自分自身に言い聞かせていた節もある。
気付いたら、自覚したら。自分が苦しい事になるから、だ。
「──ぁ、う……」
レオの真っ直ぐな言葉を受けたラシェルは、真っ赤になり、言葉にならない声を上げる。
そんな可愛らしいラシェルの表情を見たレオは嬉しそうに笑った。
「──これからは、無理に自分の気持ちを抑え込む事はしないでいいんですから、そりゃあ嬉しいですよ」
「わ、私は……」
「ああもう、真っ赤になってしまって……可愛い」
「──ひぃっ!」
とろり、と甘いチョコレートのようにレオの視線も、声も甘い。
くつくつと笑うレオが、ラシェルに手を伸ばして来たのを見て、ラシェルは思わずレオの手を払ってしまう。
感情の制御が出来ていなかったラシェルの手が当たった瞬間、レオの体は目にも止まらぬ速さで馬車の扉をぶち破り、外に吹き飛んで行った。
◇◆◇
ラシェル達が王城を去った後──。
王城のとある区画。使用人などが普段利用しない区画に、ひっそりと運び込まれた学園の女子生徒が一人。
その学園生は、猿轡をされた状態で騎士によって運ばれて来た。
「──ん〜っ、んん〜っ!!」
もごもご、もぞもぞと暴れる学園生に、担いでいた騎士は眉を顰めた。
だが、悪態をつく訳にはいかない。何故なら、騎士のすぐ近くには暴れる学園生を心配そうに見つめ、着いて来ているこの国の王太子──アンドリューが居るからだ。
「シエナ……、シエナ大丈夫か? 可哀想に、どうしてシエナをこんな風に拘束するんだ……っ」
アンドリューはシエナに触れようとしたが、それを学園の教師が阻む。
「殿下、あまり近付くのは危険です。一定の距離を取ってください」
「──〜っ、危険などない! お前達は魔力封じの枷を着けただろう! こんなか弱い女性に何たる仕打ちだ!」
「仕方がないのです。彼女は聖魔法を悪用し、何の抵抗も出来ない人に対して……何の罪もない人に対して……人体を破壊するような魔法を放ったのです。……こうして拘束するのは当然の措置でございます」
「うるさい……! 早くシエナの拘束を解け! 魔力封じの枷もだ!」
学園の教師に向かって、アンドリューは命令をする。
だが、アンドリューの言葉を受けても教師は拘束も、枷も外す気配が一切無い。
アンドリューの命令を無視する。そんな事が出来るのは、王太子であるアンドリューより権力の持つ人間に命令されているのだろう。
通常であれば、その事にすぐ気がつくはずだ。
だが、アンドリューはシエナが拘束されている姿を哀れみ、同情し、混乱してしまっている。
そんな状態で、まともに思考など出来るはずがなかった。
アンドリューの言葉を受けても、動こうとしない教師に痺れを切らし、本人がシエナに近付き手を伸ばした。
「ならば、もういい! 私が直接シエナの拘束を──」
「それはならん」
アンドリューの言葉を遮り、重低音が室内に響く。
その声を聞いた瞬間、アンドリューは肩を跳ねさせ、声が聞こえて来た方向──背後に振り返った。
シエナを担いでいた騎士は既にシエナを下に下ろし、最敬礼をしている。
学園の教師もまた、胸に手を当て深く頭を下げていた。
部屋の入口から入ってきたのは──。
「ち、父上……」
アンドリューが情けない声で国王を呼ぶ。
国王の後ろには、この国の宰相と、その隣にはスタシータ公爵が控えていた。
「もう一度言う。アンドリュー、その女子学園生の拘束を解くのは許さん」
「──な、何故ですかっ、シエナはただの学園生です……っ、ただ、今日は少し騒ぎを起こしてしまいましたが……、ふ、普段は……」
「少し……? 少し騒ぎを起こしたどころの話ではない。その女子学園生は、公爵家の令嬢を亡き者にしようとしたのだぞ。何の罪もない、ただの学園生を、殺そうとしたのだ。この程度の拘束で済ませてやっているのは温情であろう。本来ならば、即刻処刑されてもおかしくはない」
「しょ、処刑、など……!」
国王の「処刑」と言う言葉に、アンドリューが声を上げる。
床に座らされていたシエナは、怯えるように体を跳ねさせた。
そんな姿が哀れに思ったのだろう。アンドリューはシエナに駆け寄り、その細く華奢な体を抱き寄せた。
アンドリューの行動を冷たい目で見下ろしていた国王は、言葉を続ける。
「当然であろう。公爵令嬢、ラシェル・スタシータは魔素の浄化には聖魔法しか手立てがない、と長年言われていた常識を覆してくれた功労者だ。聖魔法以外でも、魔素を消し去る事が出来ると知れた事は、我が国に取って何よりも重要な事。他国に移る事なく、今後も我が国に尽くしてくれると約束してくれた彼女を、害そうとしたのだ。……その女子学園生は、極刑にも値するほどの過ちを犯したのだ」
「ち、違います……っ、シエナは、ただ……っ」
違う、違うと首を振り、必死に弁明するアンドリューを見て、国王は溜息を零す。
「これ程毒されているとは、な……。まあ良い。そんなに一緒に居たければ一緒に居れば良い。ただ、この女子学園生には今後自由に魔法を放てぬよう、魔力封じの枷を着けたまま過ごしてもらう。国の要請以外で、聖魔法を使う事は許さん」
「そ、そんな……! そんな罰は重すぎます、陛下……!」
「黙れ、この愚か者が! 良いか、これは決定事項だ。この女子学園生をここに連れて来たのは特別な魔力封じの枷を装着するため。その術式をここで行う。アンドリュー、その女から離れよ。でなければ、お前の魔力も封じるぞ」
冷たく、重い国王の言葉。
今まで向けられた事がないほど冷たい視線に耐えかねたアンドリューは、シエナを抱きしめていた腕をそっと離し、戸惑いつつシエナから離れた。
「──ん〜っ! んんん〜っ!!」
アンドリューが離れた事で、シエナの顔が絶望の色に染まる。
拘束された体でバタバタと暴れるが、大した抵抗にもならない。
いつの間に入室したのか、魔法士が数人シエナに近付き、魔道具の枷を取り出して詠唱を始めたのだった。




