21
一方、ラシェルとレオはアンドリューに話しかけられ、場所を移動していた。
学園の人気の無い区画に向かっている事が分かり、ラシェルはちらりとレオを振り返った。
ラシェルの視線を受け、レオは「大丈夫」と言うように頷く。
二人が視線だけでやり取りをしていると、ある教室の前で立ち止まったアンドリューが振り向いた。
「……ラシェル・スタシータと二人だけで話したい事がある。侍従は外せ」
「……レオは私の大切な侍従です。いくら今現在殿下と私が婚約者であろうとも、私は男性と二人きりの空間に入りたくはありません」
「──なっ」
まさかラシェルに断られるとは思わなかったのだろう。アンドリューはむっとした表情を浮かべるが、ラシェルは拒否するようにアンドリューからふい、と顔を逸らす。
「このような人気の無い場所に来るほど、重要なお話なのでしたら、尚更侍従を同席させてください」
「──っ」
頑なな態度のラシェルに、アンドリューは溜息を吐き出すと「分かった」と答え教室の扉を開けた。
「……そこの侍従も同席を許可する、入れ」
アンドリューはそう言うとラシェルとレオの返事を待つことなく教室に入った。
「それで、殿下……何用でしょうか? もうすぐ授業が始まってしまいます。なるべく早く教室に戻りたいのですが……」
アンドリューの後に続き、教室内に入ったラシェルとレオ。
ラシェルは室内に入るなり即座に問う。
アンドリューは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、忌々しげに答えた。
「──討伐同行授業の件だ」
「そちらが、何か?」
「……お前たちスタシータ公爵家は事実とは異なる内容を国王陛下に報告しただろう。即刻取り下げろ。そして、ラシェル・スタシータ。お前が再びカンドラの森に赴き、行った件を全て取り消せ」
「……は」
アンドリューの言葉に、ラシェルはぽかんとしてしまう。
再三アンドリューには驚かされてきたが、ここまで唖然とするような内容を告げて来たのは初めてだ。
感情の制御どころではなくなってしまい、ラシェルの表情が崩れる。
だが、アンドリューはそんなラシェルの表情に気が付く事なく、淡々と続ける。
「討伐同行での私の行動は、何の問題も無かった。国王陛下にその旨を伝え直せ。数日前にお前が行った検証についても、だ」
「な、何故ですか? 討伐同行の報告は、第三騎士隊隊長が細部まで纏め、既に報告済みです。報告をお聞きになったのであれば、殿下もお分かりのはずです。……あの場で、殿下が起こした事柄は、当然看過出来るものではないと──」
落ち着いた様子で淡々と話すラシェルに、アンドリューは苛立ちがつのる。
「──だからっ、それを分かった上でこの話をしているのだ! たかが公爵家が王家に盾突くつもりか!? あの討伐同行では、何の問題も無かった……! そして、その後の検証についての手柄を全てシエナに譲るんだ!」
まさか、こんな勝手な事を言われるとは思わなかったラシェルは、強い口調で話し続けるアンドリューに呆れた表情を浮かべた。
「殿下、そんな事がまかり通ると……本当に思っていらっしゃるんですか? そもそも、討伐同行での一件は、多くの目撃者がいます。第三騎士隊の報告を握り潰したとて、学園生やその他の騎士の口を塞ぐとこなど、不可能だと思います」
「──〜っ、だからこそ! お前が自ら発表しろ……! そして、学園を自ら去れ……!」
「──は……」
学園を去る、とは──。
そもそも、何故自分がそんな事をしないといけないのか。
アンドリューの言っている事はめちゃくちゃだ。
必死な様子のアンドリューをただ黙って見ていたレオは、ふと不意にある考えが頭に浮かびぽつりと呟いた。
「──もしや殿下……陛下にラシェルお嬢様との婚姻を急ぐように言われたのでは……?」
レオの言葉に、ラシェルは驚いたようにレオを振り向く。
アンドリューはぎくりと肩を跳ねさせた。
アンドリューの態度を見て、レオは「やっぱり」と低い声で呟く。
「やはりそうなのですね。だからラシェルお嬢様の功績をシエナ嬢に譲れ、と。……シエナ嬢の功績を、ラシェルお嬢様が奪った事にすれば、ラシェルお嬢様との婚約──結婚を無かった事に出来る、と思いそのような事を宣うのですね」
レオの淡々とした口調には、僅かに怒りが滲んでいる。
こんなふざけた事がまかり通っていいものか。
自分が結婚したくないからと言って、功績を他人に譲れなど、どの口が言うのか。
しかも、自分の失態も無かった事にしろ、と宣うアンドリューに、レオは元から低かったアンドリューへの敬意がゼロに等しくなった。
ラシェルも驚いたようにアンドリューを見つめ、言葉を紡ぐ。
「……殿下、殿下はそんな事のために? 私と結婚したくない、それだけの理由でこんな不正を……? ならば……! ならばそのご自分のお気持ちを陛下にお伝えすれば良いではないですか! シエナ嬢と一緒になりたい、と! そう陛下に告げ、説得なさればよろしいじゃないですか! それなのに……っ、私たちは確かに臣下ではございます……、ですがいくら臣下とは言え、全てのご命令にただはいと頷く事はできません!」
「なっ、ならばどうしろと……! お前がっ、お前が全ていけないのだぞ! お前が目立ちたいがためにあのような事を仕出かしたのではないか!」
「そもそも、あの時に殿下が──!」
ラシェルとアンドリュー、二人の声がどんどん大きくなる。
声の大きさに比例して、ラシェルの感情は大きくぶれる。
レオは咄嗟にラシェルの手を引いた。だが、レオの力に全く動じないラシェル。ラシェルの魔力が暴走しているのを悟り、このままだと不味い事になると判断したレオは無理やりラシェルを引き寄せようとした。
だが、その瞬間──。
ラシェル達の教室がある棟の方向から、何かが爆発する大きな音と、学園生達の悲鳴が聞こえた。
断続的に鳴り響く爆発音と、学園生達の悲鳴。
「な、何だ……!? 敵国から襲撃でもされたのか!?」
「──っ」
慌てふためくアンドリューの言葉に、ハッとしたラシェルはすぐ近くにある窓に駆け寄った。
「ラシェルお嬢様! 本当に襲撃なのだとしたら、窓際は危険です!」
早く離れてください! と切羽詰まった表情のレオに、ラシェルは抱き寄せられる。
窓から見える景色は、普段と何ら変わりのない平和な青空。外からの襲撃では無さそうだ、とラシェルはレオの腕の中からアンドリューに向かって言葉を発する。
「殿下、落ち着いてください。外に人の気配はありません。もしかしたら、学園生の魔力暴走かも──」
「私の身こそが最も尊ばれる……! 早く逃げ出さねば……っ!」
だが、ラシェルの言葉などアンドリューの耳には届いていないようだ。
討伐同行の時のように、自分の身だけを守るため、この学園内からいち早く逃げ出そうと走り出した。
「あっ、殿下……!」
素早く教室から出て、駆け出すアンドリューに手を伸ばすラシェル。
だが、ラシェルの手は当然アンドリューには届かず、彼はそのまま廊下を走り去ってしまった。
あっという間にアンドリューの姿が見えなくなり、ラシェルとレオはその場で溜息を零す。
「……ありがとう、レオ。一先ず私たちも騒ぎの元へ向かいましょう?」
「分かりました。ラシェルお嬢様は俺の傍から離れないでくださいね」
「ええ、分かったわ」
レオがラシェルを庇うように数歩前を歩き出す。
廊下を進み、普段利用している棟に近付くにつれ、学園生の気配が濃くなり、騒ぐ声も大きく聞こえてくる。
「……やはり、学園生の誰かが魔力暴走か何かを起こしたようで間違いなさそうですね」
「ええ、そのようね。その学園生は無事かしら?」
学園生達の声が多く聞こえてきて、その話し声に耳を傾けたレオが判断を下す。
ラシェルの耳に届いてくる内容も同じで、二人は同じ決断を下した。
魔力暴走を起こした学園生の身は、無事なのだろうか。
ラシェルがそんな心配をするのは当然。
体内の魔力を制御し切れず、体外に放出する現象を言うのだが、高濃度のエネルギーが一気に放出されるので本人は魔力を枯渇しやすい。
魔力が尽きれば、命に関わる。
また、魔力暴走を起こした際、周囲に人が居れば被害を被る。
魔力暴走は、高濃度のエネルギーの暴発だ。
そのため、本人周辺を巻き込んだ爆発が起きるのだ。
「怪我人は居ないのかしら……?」
レオの後ろからひょこり、と顔を出したラシェルが心配そうに呟くと、ラシェルとレオの姿に気が付いた学園生達が駆け寄って来た。
「スタシータ嬢に、侍従殿!」
「ラシェル様、すぐにこの場を離れてください!」
焦った様子で叫びながら駆け寄ってくる二人に、ラシェルもレオも怪訝そうな顔をする。
今は爆発も何も起きていない。
魔力暴走は収まり、危険な状態は脱したのでは? その疑問が、ラシェルのレオ二人の表情にありありと出ている。
「とっ、とにかく……っ! あの人に見つかる前にっ」
「侍従様はお早くラシェル様をお邸に……!」
早く、早く! と急かす学園生達。
状況が全く飲み込めないラシェルとレオが言葉を返そうとした所で──。
「──見つけたわ、ラシェル嬢」
ゾッとするほど恨みの籠った声音が、ラシェルの耳に届いた。




