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「──ちょっと待て、喜ぶのはまだ先だ。魔素は消滅したとしても……スタシータ嬢の体に魔素が蝕まれていないか、聖魔法で確認しなくては」
凄い凄い! と声を大きくして喜ぶキャサリンを、イールソンが冷静に諌める。
イールソンにそう言われたキャサリンはハッとして口元を覆うと「そうだったわ、ごめんなさい……!」と言う。
イールソンはレオに抱きとめられているラシェルに近付き、口を開いた。
「──そう言う事で、スタシータ嬢の体に魔素の影響が無いか確認してもよろしいですか?」
「勿論です。よろしくお願いします」
不安そうに見つめてくるレオに満面の笑顔を向けたラシェルは、レオの腕からするりと抜け出す。
イールソンに「手を」と言われた通りラシェルが両手を前に差し出すと、ラシェルの手を取ったイールソンが聖魔法を発動し、目を閉じた。
時間にして、数秒。
じっと黙って目を瞑っていたイールソンが目を開けるなり信じられない様子で呟いた。
「……嘘だろ。魔素の被害も全く無い……。完全に魔素を消滅させている……」
「──っ!」
イールソンの言葉に、ラシェルを始めその場にいた面々は検証の成功にパッと表情を明るくした。
◇
「──ラシェルお嬢様、少し休んだ方が……!」
「大丈夫! 何度か繰り返して、コツを掴んできたの!」
「ですが……! 万が一魔素が侵食したら……!」
「そうならないようにイールソン卿とキャサリン嬢が一緒に居てくれるじゃない! レオったら心配し過ぎよ」
「心配にもなりますよ……! あれからずっと魔素を……!」
「平気よ、以前より魔力制御にも慣れたし、こうして実践して慣れていかないと!」
次々に魔素を消滅──最早、消し飛ばして行くラシェルに、レオが慌てて着いて行く。
そんな二人の少し後ろから、困ったように笑いながら続くイールソンとキャサリンの姿を、少し離れた場所からシュタルとアネットが眺めていた。
アネットは隣に立つシュタルに話しかける。
「──始め、そんな事が可能なの? と思ったけど……本当に魔素を消滅させちゃうなんて……。ラシェル嬢は本当規格外ね」
「……ああ、本当に。俄には信じ難い光景だろうな」
「この事が報告されたら……スタシータ公爵家、大変な事になるんじゃない?」
アネットの言葉に、シュタルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
額を手で押さえ、ため息を零した。
「……確実にな。王家がラシェルを手放したくなくなるだろう」
政治的に利用される事が目に見えている。
聖魔法の使い手以外にも、こうして魔素を消滅させる事が出来る事が分かれば。
王家はラシェルとの婚約を白紙にはしないだろう。
「……父上が動いてはいるが、どうなるかだな。妹の人生だ。妹が不幸になるような目には遭って欲しくない」
シュタルの声には、切実にそう願う気持ちが籠っていた。
◇
カンドラの森で、魔素を消滅出来るかの検証を行ってから、数日。
ラシェルはスタシータ公爵家で至って平和に過ごしていた。
検証の結果は、国王へ報告されているはずだが、ラシェルの周囲は至って今まで通りだ。
「……明日から、学園に復帰ですね」
サロンでラシェルのお茶を用意していたレオが呟く。
ラシェルの目の前に淹れたての紅茶のカップを静かに置いたレオは、心配そうにラシェルを見つめた。
だが、当の本人ラシェルは普段と全く変わらない様子でカップを持ち上げると香りを楽しんだ。
「ええ、そうね」
「……アンドリュー殿下の事、気にならないのですか?」
国王に報告が上がっていると言うのに、婚約者のアンドリューからは全くの無反応。そこが少し不気味で、レオは落ち着かなかった。
だがラシェルはあっさりと答える。
「いいえ、別に気にならないわ。それよりレオ、この紅茶とっても美味しいわ! 産地はどこ?」
キラキラとした目で楽しそうに問いかけてくるラシェルに、レオは苦笑いを浮かべる。
「こちらは、隣国ハーベストから取り寄せた紅茶です。ラシェルお嬢様がお好きなフルーティーな香りと、味わいが強いでしょう?」
「ええ! 凄く気に入ったわ! 明日の昼食もこれを用意して」
「かしこまりました。明日の昼食は学園のどちらで摂られますか?」
「そうねえ……人があまり居ない場所の方が落ち着けるわよね。図書館裏の庭園はどうかしら?」
「かしこまりました。準備をしておきます」
「ええ、お願いね」
それからは、婚約者の話に戻る事はなく、明日の学園での話を二人は続けた。
翌日。
ラシェルが学園に着くと、今までとは少し違った。
「スタシータ嬢、おはようございます」
「ラシェル様、先日はありがとうございました」
ラシェルとレオが教室に向かっていると、学園生に話しかけられる。
今まで、ラシェルに話しかける人など殆どいなかったのだ。
ラシェルが驚いて人物を確認すると、そこには先日の討伐同行の際、助けた学園生がいた。
「おはようございます、お怪我は大丈夫でしたか?」
驚きつつ、ラシェルが答えると話しかけてきた学園生は嬉しそうに表情を綻ばせた。
「はい! スタシータ嬢のお陰です」
「ラシェル様がいらっしゃらなければ、こうして当たり前に学園に通う事が出来なかったかもしれません。本当にありがとうございます!」
魔力暴走を起こしてはいけないから。表情を変える事は出来ない。
だがラシェルは込み上げる嬉しさを上手く押し留める事は出来なかった。
ふわり、と微笑むと学園生に言葉を返す。
「そんな事ございません。皆さんの強力があったこそです」
ラシェルと、ラシェルに話しかけた学園生。
ここはまだ教室へと向かう廊下だ。
そのため、多くの学園生がその場面を目撃していた。
そこかしこから「笑った……」「美人だ……」などと話す声が聞こえてくる。
レオは周囲を牽制しつつ、ラシェルにそっと話しかけた。
「ラシェルお嬢様、そろそろ時間が……」
「──! そうね、そうだわ。事業に遅れる訳にはいかないものね」
「あっ、引き止めてしまい申し訳ございません!」
「また、改めてお礼を申し上げに参ります!」
学園生は慌ててラシェルにそう言うと、頭を下げて去って行く。
「……まさか、お礼を言いに来てくれるなんて」
去って行く学園生の背中を見送りながら、ラシェルはぽつりと呟く。
その表情はどこか嬉しそうで。
そんなラシェルの表情を見たレオもまた、嬉しそうに微笑んだ。
──そんな光景を、遠目で見ていた女が一人。
その女──シエナは、まるで呪詛でも吐きそうなほど凶悪な表情で低く「はあ……?」と呟いた。
ラシェルに笑顔でお礼を告げる学園生を見たシエナは、その学園生達を睨み、次いでラシェルに鋭い視線を向けた。
「……どうしてあの女がお礼を言われているの? 無愛想で、公爵家のくせに大した魔法も使えない女じゃない……! 私の方が……私の聖魔法の方が、国に貢献しているわ……! だからこそアンドリュー様はあの女より、私を選んでくれたのに……!」
シエナがふ、と視線を逸らした先──。
そこには、アンドリューが居た。
「──あっ、アンドリュー様」
シエナの表情が、ぱっと明るい物に変わる。
いつものように自分に気が付き、近付いてくると思っていた。
いつもはシエナがどれだけ遠くにいたとしても、アンドリューは気付いてくれる。
だからシエナは笑顔でアンドリューに手を振ろうとした。
だが──。
「ラシェル・スタシータ……」
アンドリューの低く、良く通る声がシエナではなく、ラシェルの名前を呼ぶ。
「──は……?」
あろう事か、アンドリューは少し離れた場所にいるシエナに気が付く事なく、ラシェルに話しかけた。
聞きたくなくとも、シエナの耳にはアンドリューの声が聞こえてくる。
「……先日の討伐同行授業の件、だが……」
「……殿下?」
どこか気まずそうにラシェルから視線を逸らしつつ、アンドリューが言葉を紡ぐ。
ラシェルは不思議そうにアンドリューの言葉を待っているのがシエナから見えた。
ラシェルと、アンドリュー。
二人が並んでいる姿はとても絵になっていて。
この国の、王太子と──公爵令嬢。そして、二人は婚約者同士だ。
まるで、その関係性を見せつけるような光景に、シエナは悔しげに唇を噛み、拳を握った。
「ラシェル・スタシータ。陛下から言伝がある……私に着いて来てもらいたい」
「国王陛下から、ですか……?」
「ああ。場所を変えるぞ」
「……分かりました」
皆が見つめる中、ラシェルとアンドリューが移動を始める。
ラシェルの侍従であるレオも二人から距離を取っているが、しっかりと後を着いて行っているのが見える。
シエナは、ラシェルとアンドリューが姿を消した方向をただただじっと見つめた。
「……どうして。どうしてアンドリュー様は私に気付いてくれないの……? 私は、聖魔法の使い手なのに……。この国で、聖女と言う称号に一番近いのに……。まだ、足りないの……?」
ぶつぶつと呟くシエナの声は、誰にも聞こえる事はない。
ふらり、と歩き出したシエナは教室に向かった。
「足りないなら、また……そうよ。足せばいいのよ。私の聖魔法の力を上げればいいのよ……」
廊下を早足で歩き、自分の教室に入ったシエナは真っ直ぐ自分の机に向かった。
学園用の鞄を手に取り、そのまま教室を出る。
「……薬、薬を飲めば……。私は大聖女にだってなれるんだから……! 大聖女になってやるんだから……! そうすれば、アンドリュー様をあの女なんかに取られない……! アンドリュー様は私のものよ!」
シエナの目には、ギラギラとした例えようのない感情が浮かんでいた──。




