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◇
翌日。
討伐同行授業先のカンドラの森へ向かってラシェル達は王都を経った。
シュタルの報告により、魔素の消滅検証の許可が下りたのだ。
たが、魔素は人体に触れると悪影響を及ぼす。
ラシェルは拳に魔力を纏い、直接魔素に触れる事はないが、危険な事には変わりない。
だが、聖魔法の使い手以外が本当に魔素を消滅させる事が出来るのであれば。
それは今までの常識を覆す事となる。
そのため、ラシェルの身には万が一の事も起こさせてはならない。そう、国王が判断し力の強い聖魔法の使い手を数人、ラシェルに派遣してくれた。
魔素に体が接触してしまっても、聖魔法が速やかに体内の魔素を浄化してくれれば問題は無い。
そして、ラシェルの身を守るためにレオの同行も認められた。
そのため、二人は王都からカンドラの森までの馬車に乗っていた。
カンドラの森までは、馬車で約一日。
討伐同行の時のようにゆっくりとは向かわないため、今回は前回より大分早く着く予定だ。
ラシェルの向かいに座るレオは、長剣の手入れをしながら話しかけた。
「ラシェルお嬢様、旦那様から聞きましたか?」
「──お父様から?」
「ええ、そうです。……我々が国王陛下と謁見した後、旦那様はその後も陛下と話をされていたじゃないですか」
「ああ、その時の話しね……?」
レオの言葉に、ラシェルは溜息を零す。
「……お父様は殿下との婚約を白紙に戻して欲しい、と陛下に直談判されたそうね」
「旦那様が陛下にそう願い出るのは当然です」
「だけど……陛下は首を縦には振ってくれなかった、と仰っていたわ」
どうしたものかしらね、とラシェルが告げると、ムスッとしつつレオが答えた。
「旦那様とシュタル様から報告が行っているはずなのに、国王陛下は判断が甘すぎます。王族が、守るべき国民を見捨てたんですよ? そんな愚かな判断をしたら、すぐに廃太子にされてもおかしくないですよ」
「──レオ、言葉は謹んで? 誰が聞いているか分からないんだから」
「……すみません。納得がいかなくて」
「私も納得いかないのは同じ気持ちだけど、不敬罪に問われてもおかしくないわ。外で迂闊な発言はしないようにして?」
「……承知しました、ラシェルお嬢様」
そう答えるレオだが、表情は納得がいっていない。
むすっとしつつ、長剣の手入れに戻るレオにラシェルは苦笑いを浮かべた。
ふ、と馬車の窓に顔を向けたラシェルは、流れる景色を眺めつつ胸中で呟く。
(──もし、万が一私でも魔素を消滅させる事が出来たなら……。その功績は多大な物になるわ。それは陛下だって重々承知のはず。……他の国でも魔素を浄化できるのは聖魔法の使い手だけ。だけど、私が消滅させられたらその常識が覆る。我がスタシータ公爵家には、他国からの接触が増えるかもしれないわ。……スタシータ公爵家が、この国に残り続けるかわりに、陛下には私の提示した条件を呑んで頂く……それが上手くいったら……)
そうしたら。
自分は自由になれるのでは、とラシェルは考えた。
途中、休憩を挟みながら馬車は順調に進み、予定通りカンドラの森に到着した。
「ラシェルお嬢様、手を」
「ありがとうレオ」
先に馬車から降りたレオが、ラシェルに手を差し出してくれる。
ラシェルは迷う事なくレオの手に自分の手を重ねると、ステップを降りた。
「──野営の準備をしているのね」
馬車から降りたラシェルは、周囲を確認しつつ呟く。
レオはラシェルをエスコートしながら、野営地の一つ、一際豪華な天幕に向かって歩き出した。
「ええ。先発隊が既にこのカンドラの森の調査を始めていますからね。……私たちは一先ず調査隊の隊長を務めるシュタル様に到着の報告をいたしましょう」
「ええ、そうしましょうか」
一際豪華な天幕の外には、隊員二名が見張りとして立っていた。
見張りはラシェルとレオが歩いて来るのに気が付くとハッとして一人がすぐに中にいるであろうシュタルへ報告をしに行く。
「スタシータ公爵令嬢、お待ちしておりました。少々お待ちください」
「分かりました」
ラシェルがそう答えてから数秒。
中からすぐにシュタルが顔を出し、ラシェルとレオの顔を見ると安心したように表情を綻ばせた。
「──二人とも、無事に着いたか」
「はい、お兄様」
「昨日ぶりでございます」
「さあ、入ってくれ。ラシェルにやってもらいたい事を説明する」
シュタルに促され、二人が天幕の中に入るとそこにはシュタルのみならず、聖魔法の使い手数名と、副隊長のアネットが同席していた。
「紹介しよう。今回の検証に強力してくれる聖魔法士のイールソンとキャサリンだ」
「イールソンと申します」
「キャサリンです、よろしくお願いいたします」
シュタルに紹介された二人は、自分の胸に手を当て頭を下げた。
ラシェルも挨拶を返す。
「ラシェル・スタシータと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「さあ、今回の検証について話をしようか」
シュタルの言葉に促され、それぞれ長テーブルの周りに集まった。
◇
検証のやり方は、至ってシンプルだ。
ラシェルが訓練場でやってのけた事を、このカンドラの森でも同じように実行する。
ただ、今回は木ではなく魔素が相手のため、ラシェルの傍には魔素を浄化出来る聖魔法士が控え、ラシェルが魔力を使い果たしてしまった際に受け止めるレオも傍に控える。
「──このような形で検証にあたりたいと思っている。……ラシェル、大丈夫そうか?」
シュタルからそう言われたラシェルは頷いた。
「ええ、大丈夫ですわお兄様。すぐにでも取り掛かれます」
「……分かった。何か異変を感じたら、すぐに検証を中止するんだ、いいな? レオも、ラシェルを頼む」
「はい、お任せください」
それぞれ、覚悟を決めたような真剣な表情で頷き合い、早速検証場所に移動するため天幕を後にした。
天幕を出てシュタルの案内のもと、魔素が残っている場所に向かう。
歩きながらシュタルは現状の説明をしてくれた。
「聖魔法士達のお陰で、何とか魔素溜まりの発生は食い止められている状態だ。魔素が濃い場所を優先的に浄化していってもらっていて……」
シュタルが「ここだ」と言って足を止める。
ラシェル達の目の前には、少し開けた場所になっていて、そこはラシェルとレオも見覚えがあった。
先陣を切って魔獣を討伐していた時。
目の前の開けた場所でレッドベア複数体に囲まれた場所だ。
「……確かここで、複数のレッドベアを倒しましたね、ラシェルお嬢様」
「ええ、そうね。しっかり覚えているわ。レッドベアとブルーラビットも沢山いて……」
「一番激しく戦った場所ですね」
話しつつ、だからか、と二人は納得する。
沢山の魔獣を倒した場所だからこそ、点々と魔素が発生しているのが見える。
広場には魔素の黒い靄が点在しており、視界にはもぞもぞと気味悪く動く靄ばかりが見える。
ラシェルとレオの会話に、シュタルが入る。
「そうか、だからこれほど魔素が点在しているんだな。ここは辛うじて魔素溜まりにはなっていないから、浄化を後に回したんだ。魔素も薄い……だからラシェルの検証にも適した場所だと思うのだが……」
そこで言葉を切ったシュタルは心配そうな表情でラシェルを覗き込んだ。
「──やれそうか? もし、難しそうなら無理をしなくても」
「いいえ、お兄様。大丈夫です。やれます」
ラシェルは笑顔でシュタルにそう答える。
そして表情を引き締め、蠢く魔素に強い視線を定めて歩き出す。
「ラシェル……! 何か違和感や、危険を感じたらすぐに検証を中止するんだ! 魔素に直接触れないように……!」
シュタルが心配してくれているのが、ひしひしと伝わる。
ラシェルは笑顔で振り向き「分かりました!」と返答した。
ラシェルのすぐ傍には二人の聖魔法士、イールソンとキャサリンが控え、ラシェルの後方にはレオが控えている。
その場には四人だけが立っている。
ラシェルは、その場に流れる緊迫した空気に自分まで呑まれてしまいそうになったが、ぎゅっと拳を握り気持ちを強く持つ。
「──行きます」
落ち着き、静かなラシェルの声がその場に落ちる。
聖魔法士二人は、いつでも魔素の浄化に対応できるように構え、レオは何が起きても素早く反応出来るように目の前のラシェルに集中する。
ラシェルが拳を握り、自分自身に身体強化魔法をかける。
そして、その膨大な魔力が拳に集中するのを肌を持って感じる。
まるで静電気のような微弱な電気がピリピリと肌を打つような感覚。目の前にいる人間の、恐ろしいほどの膨大な魔力が恐怖を覚えさせる。
聖魔法士がラシェルの膨大な魔力に恐れ、じり、と一歩後退するのがレオの視界の端に映った。
「──はっ!」
次の瞬間、ラシェルが小さく声を発し目の前の魔素に向かって拳を叩き込んだ。
ラシェルの拳が魔素に触れる寸前──。
うごうごと気味悪く蠢いていた黒い魔素は、ラシェルの拳が当たる、と思った瞬間に音も立てずに弾け飛んだように見えた。
「──っ!?」
弾け飛んだ魔素が再び元の形に戻らないか。
魔素が、ラシェルの拳を──腕を包まないか。
レオはその危険からラシェルを逃すため、腕を掴んで自分の方へ引き寄せた。
どさっ、とラシェルの背中が自分の胸元に当たり、レオは急いでラシェルの拳を確認する。
どうやら、魔素がラシェルの拳を覆っている、と言う事は無さそうだ。
他にラシェルの体が魔素に蝕まれていないか。
それを確認したレオは、ほっとしてラシェルの体を抱きしめた。
「──嘘でしょう……っ」
ふ、と聖魔法士の一人──キャサリンが唖然と呟く。
「……魔素が、消滅している。私たちの浄化と同じように消え失せているわ……!」




