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「──はい?」
レオは、ラシェルの言っている言葉が一瞬理解出来なかった。すると、ラシェルが先程と全く同じ笑顔で、もう一度言葉を繰り返す。
「だからね、、レオ! 拳に魔力を集中して木の幹を殴ったら、拳が当たった周辺が跡形もなく消滅したのよ、消し飛んだ? って言う方が正しいかしら?」
首を傾げつつ、可愛らしい笑顔で恐ろしい言葉を発するラシェル。
レオは一旦宙を見上げた。
そしてラシェルに視線を戻すと、答える。
「……消し、飛んだ?」
「ええ、そうよ! もしかしたら相当量の魔力を拳に一点集中して纏ったからかしら? 今は魔力を使い果たしちゃったけど、回復したらもう一度確認してみましょう。木材と魔素だと材質も違うし、魔素を木材と同じように消し飛ばす事は出来ないかもしれないけど……検証してみる価値はあるわ!」
「消滅……」
笑顔で簡単に告げるラシェルに、レオは頭を抱えたくなった。
いくら身体強化の魔法で強化しようとも、物質を消滅──消し飛ばす事など、常人には到底不可能だ。
そもそも、拳に一点集中で魔力を纏わせる、なんて。こちらも簡単に言っているが常人には真似出来ない、かなり高度な芸当だ。
「と、取り敢えず……旦那様に報告……いえ、今は王城か……シュタル様に報告いたしましょう? 成功して嬉しいのは分かりますが、可愛らしい笑顔を制御出来ていませんよ。学園でその笑顔を見せたら不味いでしょう?」
「──っ、か、可愛らしいなんて……っ、やめてよレオっ」
「──ぅぐっ」
ラシェルは恥ずかしさに頬を染め、自分の手を握っていたレオの肩を軽く小突いた。
相当暴れていたからか、魔力は枯渇一歩手前と言うのに、元々の魔力総量が豊富だからか、ラシェルの拳にはまだ僅かに身体強化の魔法が残っていた。
普段より威力は弱いが、それでも完全に油断していたレオは後方に吹き飛び、強かに背中を地面に打ち付けたのだった。
◇
「ご、ごめんねレオ……。背中大丈夫かしら?」
「大丈夫です。寧ろ、俺が油断していたのが悪いのですから、ラシェルお嬢様が謝る必要はございませんよ」
あれから。
ラシェルに吹き飛ばされたレオは、意識を失った。
ラシェルは大慌てで公爵家の聖魔法の使い手を呼びに行き、レオの治癒をお願いした。
ついでに自分の拳の怪我も治してもらったラシェルは、レオと一緒にサロンに居た。
またやってしまった、と言わんばかりにしゅんと肩を落とすラシェルに、レオは微笑んで答える。
その時、ふとラシェルの手に視線が止まった。
公爵家の聖魔法の使い手に治癒してもらい、拳の怪我はもう完治しているはずだったが、未だラシェルの拳にはレオが巻いた包帯が残っている。
「ラシェルお嬢様、お怪我はもう治っているのですよね? 包帯を解いた方が……」
「──っ、これはいいの。せっかくレオが巻いてくれたのに、すぐに外さないわ。……それに、これから検証をするんでしょう? これを巻いたままでいれば、さっきみたいに擦り切れないかもしれないじゃない?」
ラシェルは、包帯の巻かれた自分の手を庇うように胸の前に移動する。
レオが不思議そうに首を傾げた所で、サロンに入ってくる足音が聞こえた。
「すまない、待たせたなラシェルにレオ」
やって来たのは、ラシェルの兄シュタルだった。
サロンにやって来たシュタルは、ソファに座るとラシェル、レオと順々に顔を向けた。
「──それで、何かあったのか? 報告したい事って、何だ?」
不思議そうにしているシュタルに、ラシェルは先程まで訓練場で自分がやっていた訓練内容を告げた。
魔力を集中すれば、魔素を消し飛ばす事が出来るかもしれない。
その報告を受けたシュタルは、レオと同様ポカンとする。
ラシェルが簡単に言ってのけた事。それは常人には到底成し遂げる事など出来ないほど、高度な魔法制御が必要で、物質を消し飛ばすほどの強力な攻撃力が必要なのだ。
「……いや、原理は分かった……うん……、だが、なぁ……」
シュタルは自分の眉間の間を親指で揉み込むようにしながら言葉を紡ぐ。
「ラシェルが編み出した方法は……我々には実現不可能だ……」
「──えっ」
「私はもちろん、恐らくレオにだって不可能だぞ……?」
兄の言葉に、嘘でしょ!? とばかりにラシェルから勢い良く視線を向けられる。
レオはシュタルの言葉を肯定するように頷いた。
「──ええ、シュタル様の仰る通りです。ラシェルお嬢様ほどの高度な魔力制御は私には不可能です」
「えっ、でもレオはいつも私の攻撃を受け止めてくれるじゃない? 私の相手が出来るのは、マルクル叔父様とレオだけよ?」
レオだってそれだけ強いのに、とラシェルが眉を下げるが、レオは首を横に振るだけだ。
「例え魔力制御が出来たとしても、私にはラシェルお嬢様ほどの攻撃力を有していません」
「そ、そんな……」
レオの言葉に、ラシェルは愕然とする。
もし、この方法で本当に魔素を消滅させる事が出来たら。
そうしたら、この方法を多くの人に広めて沢山の人が魔素を消滅させる事が出来るようになると思っていた。
聖魔法の使い手どうこう、ではなく。誰もが魔素を消滅出来るようになれば。聖魔法の使い手への負担が大きい現状を、打開出来ると思っていたのだ。
「……そう、なのね」
意気消沈してしまったラシェル。だが、ラシェルを励ますようにシュタルは敢えて明るく告げた。
「だが、もし本当にラシェルの攻撃で魔素を消滅させる事が出来るようになれば、現状を打開する一歩になる。ラシェルの言った方法で本当に大木の幹を消滅させる事が出来るかどうか、検証は必要だな」
「──っ! ぜひ、ぜひ検証させてください、お兄様!」
ぱぁ、と表情を明るくするラシェルにシュタルは笑う。
そしてソファから立ち上がり、目の前に座っていたラシェルへ近付いた。
「ああ、もちろんだ。ラシェルの魔力が回復次第、訓練場で実証してもらおう」
◇
あれから、三時間ほどが経った頃だろうか。
魔力がある程度回復した、と言ったラシェルと共に三人は訓練場にやって来ていた。
「それじゃあ……ラシェルには早速さきほど言っていた事を再現してもらおうと思うのだが……魔力は大丈夫そうか?」
シュタルが心配そうにラシェルの顔を覗き込む。
ラシェルは勝気な笑みを浮かべると「大丈夫」だと言うように拳を掲げて見せた。
「そうか、それじゃあ……やってみてくれ」
「ええ、分かりましたお兄様」
シュタルが一歩後ろに下がり、ラシェルが一歩前に進み出る。
レオは心配そうにラシェルを見守っていた。
ラシェルの「目標」は数歩先にある一際大きな木だろう。
不思議な事に、訓練場の中は先程ラシェルが暴れたと言うのに既に元に戻っていた。
公爵家が使う魔道具のお陰で、こうしていくらでも本物の森のような場所で訓練が出来るのだ。
ラシェルは息を吐き出しつつ、自分の目を閉じる。
そして軸足とは逆の足を肩幅ほど後ろに下げ、拳を軽く握った右手を腰の辺りで構える。
意識を右手──拳に集中し、体内の魔力を拳に集め、膜で拳全体を覆うように魔力を組み上げる。
魔力を組み上げると同時に、身体強化魔法をかけ、それを拳に集中させる。
時間にして、数秒から十秒程。
ラシェルはぱちり、と目を開けると小さく声を漏らしながら地を蹴った。
目にも止まらぬ速度で大木に接近したラシェルは、魔力を全集中させた拳をそのまま前方に突き出した。
拳が木の幹に触れた、と思った瞬間──。
空気を切り裂くような破裂音が訓練場に響き、大木の幹が消滅した。
「──なっ!?」
シュタルが驚愕の声を上げるのと、レオが動くのは同時だった。
渾身の一撃を放ち終えたばかりのラシェルは魔力を急激に失い、動きが鈍い。
そのため、先程と同様、幹の中ほどが消滅した事により支えを失った大木がバランスを崩し、ラシェルの立つ方へ倒れてきたのだ。
「ラシェルお嬢様、掴まってください」
「──ありがとう、レオ」
レオは一足飛びでラシェルに近付くと、そのままラシェルを抱えてその場を離れる。
先程よりも余裕を持ってその場から離れたラシェルとレオの後を追うように、大木は大きな音と振動を伝え地面に倒れたのだった。
◇
「──検証は成功、だな」
倒れた大木のすぐ側に膝を着いたシュタルが、幹に手を触れつつそう告げる。
レオに抱き抱えられていたラシェルは嬉しそうに頬を綻ばせた。
「本当ですか、お兄様!」
「ああ。見事、としか言いようが無い。確かに幹が消滅──消し飛んだ」
「ならば……っ! もしかしたら、魔素も……!」
期待に満ちたラシェルの言葉に、シュタルは立ち上がり頷いた。
「──ああ。早速明日、魔素に対して検証してみよう。……ただし、陛下の許可が下りたら、だがな」




