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「──さま、ラシェルお嬢様……!」
「──っ!」
背後からレオに呼び止められ、ラシェルはハッとして足を止めた。
「ラシェルお嬢様、庭園は過ぎてしまっています。戻りましょう」
「……そうね。うっかりしていたわ」
気遣うような視線を向けてくるレオ。
ラシェルは無表情のままこくりと頷き、レオが庭園まで促してくれるのを見てそのまま大人しく従った。
ラシェルとレオが庭園に出ると、そこには学園内の生徒が同じように昼食のため、そこかしこに居た。
公爵家のラシェルが姿を現すと、皆少し気まずそうに顔を逸らしたり、あからさまにヒソヒソと噂話をしたりしている。
その光景を見たレオは、こめかみに青筋を立て、あからさまにラシェルを侮辱するような話をしている学園生の所へ行こうとしたが、ラシェルがそれを止める。
「──ラシェルお嬢様」
どうして止めるのだ、と言わんばかりのレオに、ラシェルは首を横に振って近くのベンチに腰を下ろした。
「いいと言ったでしょう? 時間がなくなってしまうわ。昼食を摂りましょう」
「──〜っ、分かりました」
ラシェルがベンチに腰を下ろすと、レオがいそいそと昼食の支度を始める。
その様子を何となしに眺めていたラシェルは、ふと空を仰いだ。
雲一つない、見事な青空が広がっている。
晴れやかな青空とは違い、ラシェルの気分はもやもやとして、晴れない。
(でも、感情をぶれさせては駄目──……)
なるべく、無感情に。冷静に。
そうしないと──。
「ラシェルお嬢様、お待たせしました。食べましょう」
「──っ! ありがとう、レオ。それじゃあいただきましょう」
レオから準備が出来た、と話しかけられるのと同時、目の前に一口大のサンドイッチが差し出される。
ラシェルはそれを両手で受け取り、サンドイッチをぱくり、と食べた。
スタシータ公爵家、公爵令嬢であるラシェル・スタシータは表情が乏しく、無感情、冷徹、無表情で怖い、と国内で囁かれている。
公爵令嬢であるラシェルを真っ向から非難するような学園生は殆どいないが、婚約者であるアンドリュー王太子から無視をされるようなラシェルを、周囲も侮った。
公爵家特有の白銀の髪の毛に、紫色の瞳。
白銀の髪は、無感情・無表情なラシェルの容姿は、彼女を更に冷たいイメージに変えた。
婚約者であるアンドリュー王太子が婚約者以外と仲睦まじい様子であっても表情一つ、眉一つ動かさない。
その無感情は、まるで人形のように気味が悪い、と噂されていた。
今もまた、庭園でもくもくと静かに食事を進めるラシェルを遠巻きに見て、ヒソヒソと口さがない噂話をしている貴族令嬢や子息がいる。
そんな彼らを、ラシェルの侍従レオはギッ、と鋭い視線で睨みつけた。
「──レオ」
「すみません、ラシェルお嬢様」
ラシェルに咎められ、レオはすぐにしゅんと肩を落とす。
口では謝罪をしているものの、不服そうに顔を顰めている。
「分かっては、いるのですが……」
「仕方ないわ。これも全て私が未熟だからよ。だから仕方ない事なの」
「ラシェルお嬢様が未熟など……っ!」
「でも、そうでしょう?」
つい、とラシェルから視線を向けられたレオは、ラシェルの瞳に一瞬過ぎった熱にギクリ、と体を強ばらせた。
「いえ……、失礼しました」
無表情だが、どこか満足そうに頷くラシェルにレオは悔し気に、不服そうに眉を寄せた。
だが、それ以上は何も言わずにラシェルに倣い、もくもくと食事を進めた。
◇
「ラシェル嬢。ねぇ、そこの侍従、私達に少しお貸しくださらない?」
クスクス、と令嬢達の甲高い声が廊下に響く。
昼食を終え、庭園から教室に戻る途中。
人気の無い薄暗い廊下をレオと二人で歩いている時、令嬢達から話しかけられた。
「──レオを?」
「ええ、そこの侍従を……」
クスリ、とどこか欲を孕んだ表情で笑う令嬢達に、ラシェルは微かに眉を寄せた。
「その侍従、お顔だけはよろしいでしょう? だから、私達が少しばかり遊んで差し上げようかと思って……」
「ねえ、ラシェル嬢。だから少しばかりお貸しくださいな」
クスクス、と笑う令嬢達の目的は明らさまに下卑たものだ。
ラシェルの侍従、レオはとても容姿に優れている。
艶やかなダークパープルの髪色に、ローズピンクの瞳はどこか蠱惑めいており、レオに見つめられた令嬢達は頬を染める。
公爵家侍従である事から、品もあり振る舞いも優雅。
右目の泣きぼくろがどこか色っぽい、と密かに令嬢達の間で噂になっているのは、ラシェルも耳にした事がある。
だが、いくら侍従とは言え、彼は公爵令嬢であるラシェルのものだ。
いくらラシェルがアンドリューからこけにされ、学園生達から侮られようとも公爵令嬢の侍従を勝手に連れて行くなど、そんな事はできない。
ラシェルは自分の隣に立つレオをちらり、と見上げた。
態度には出していないが、レオは心底嫌そうな雰囲気である。
笑みを浮かべてはいるが、これ以上令嬢達が何かを言えば、レオが激高するかもしれない。
侍従を軽んじる事は、即ちその主人を軽んじると同様──。
レオは、そう思っている。
ラシェルは令嬢達に視線を向け、はっきりと断った。
「お断りいたします」
そして、それだけを言うと令嬢達を置いてさっさとその場から離れて行ってしまう。
「──あっ、ラシェル嬢……っ!」
背後からは令嬢達の引き止めるような声が追いかけてくるが、ラシェルは気にもとめず歩き続けた。
◇
「ただ今戻りました」
「戻りました」
夕方。
学園での全ての授業を終え、公爵邸に戻ってきたラシェルとレオ。
帰宅した際、邸の門に馬車が止まっていた。
その事から、誰かお客様が来ているのだろう。
そう思っていたラシェル。
ラシェルを出迎えたのは、邸の使用人ではなく──。
「おお、お帰りラシェル」
「──ッ!?」
筋肉隆々。
猛々しい雰囲気。
歴戦の猛者、とも言えるような出で立ちの──。
「マルクル叔父様っ!」
ラシェルの叔父、マルクルだった。
マルクルを視界に入れた瞬間、ラシェルの瞳は輝きに満ち、満開の笑顔が弾ける。
笑顔でマルクルに駆け寄って行くラシェル──。
その後方で、レオが顔を真っ青にして手を伸ばした。
「──ラシェルお嬢様っ、お、落ち着いて……っ!」
「お会いしたかったです、マルクル叔父様!!」
レオの叫び声などラシェルの耳には全く届いていない。
ラシェルは駆ける勢いそのままマルクルに突進し、拳を前に突き出した。
マルクルは慣れた様子で「はっはっは!」と笑い声を上げ、ラシェルの拳を受け止めるように丸太のように太い自分の腕を胸の前で交差する。
ラシェルの全身から、魔力が溢れそして。
刹那──。
ドカン! と爆発音のような物が邸のホールに響き、ラシェルの拳を受け止めたマルクルが後方の壁まで吹き飛んだ。
マルクルの体を受け止めた壁は、無惨な姿に成り果てている。
「ラシェル! また腕を上げたなぁ!」
「嬉しいです、叔父様!」
二人は久々の再会にきゃっきゃ、と喜び合い、続けて打ち合いを始めている。
「──ああもうっ、お嬢様……!」
レオは急いで壊れた壁に駆け寄り、修復魔法を施していく。
帰宅時、どうして使用人がいなかったのか──。
それを不思議に思っていたレオだったが、なるほど、とすぐに納得した。
「マルクル様がいらっしゃっていたからか……!」
レオはやれやれ、と言うように深く溜息をついたのだった。




