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騎士達の嫌悪感が滲んだ視線に気が付いたシエナは、むっと眉を寄せる。
そして、騎士達に向かって言い放った。
「──何ですか、その顔っ! 全てはアンドリュー様のためです! 王族を尊ぶ騎士達こそ、このような提案をしなくては駄目じゃないですか!」
「シ、シエナ──」
「ね、そうですよねアンドリュー様」
自分は良い提案をしたでしょう?
提案について、自分の考えを微塵も疑っていないシエナにアンドリューは頭の中が混乱していた。
(シエナ、シエナは慈悲深く優しい女だろう……っ、こんな提案をするような女じゃなかったはずなのに……)
見誤ったか──。
アンドリューの脳裏に、ふとその言葉が浮かぶ。
だが、アンドリューが言葉を失っているのをいい事に、シエナは我が物顔で騎士達に告げた。
「私の提案は、王族をっ、アンドリュー様を思ってこその発言です! 納得出来ないのなら、あちらに行ってしまえばいいのです! この場なら、アンドリュー様の護衛がいれば十分! アンドリュー様の事を一番に考えられない騎士など消えてしまえばいいんです!」
「──シエナっ!」
さすがにそれは言い過ぎだ。
アンドリューが命令するのであれば分かる。
だが、ただの聖魔法の一使い手であるシエナが騎士に命令をするなど、あってはならない。
シエナは確かにアンドリューの恋人として認知されているだろう。
将来はこの国で一番の聖魔法の使い手──即ち「聖女」としての称号を得るだろうが、今はただのアンドリューの恋人の立場だ。
アンドリューがシエナを窘めようとしたが、既に遅かった。
「……これほどの侮辱、耐えられません殿下」
「騎士道も禄に分からぬ小娘にここまで言われては、これ以上のお付き合いは出来兼ねます」
「……そのように仰るのであれば、我々はあちらに合流します」
騎士三人がそう口にすると、アンドリューの返答を待つ事なく、くるりと背を向けて歩き出してしまった。
「ま、待てお前達──」
「申し訳ございません殿下」
アンドリューは止めようとしたが、騎士三人はその場を離れて歩いて行ってしまう。
後悔など微塵も感じる事なく真っ直ぐ歩き去って行く後ろ姿。
その姿を視界に入れたアンドリューは事の重大さに嫌な汗をかいた。
だが、騎士が守るべき主から離れたと言う事実を全く重く受け止めていないシエナは「清々しましたね、アンドリュー様」と上機嫌だ。
本当に、どうしてこうなってしまったのか──。
アンドリューは堪らず、自分の顔を手のひらで覆った。
◇
一方、アンドリュー達の方でそんな事が起きていた事など全く知らないラシェル達は、順調に魔獣を討伐していた。
「大分数が減ってきたわ」
「ええ、そうですねラシェルお嬢様。……ただ」
「……分かっているわ。これだけの魔獣の死骸……《《魔素溜まり》》が起きてもおかしくないわ」
「討伐が終わり、王都に戻り次第聖魔法の使い手達を派遣してもらわないと、不味そうですね」
「──ええ。学園生の中にも聖魔法の使い手がいるけど、これほどの魔素を消すには圧倒的に人数が足りないわ。……急ぎ陛下に報告して、聖魔法の使い手を派遣してもらわないとならないでしょうね」
「ラシェルお嬢様の言う通りです。……それにしても、あの聖魔法の使い手──殿下の恋人も怯えて隠れず魔素を浄化すれば良いものを……」
ブツブツと苦言を呈すレオに、ラシェルはついつい苦笑した。
「……私に聖魔法の適性があれば良かったのだけど」
公爵家に生まれたラシェルの豊富な魔力。
もし、ラシェルに聖魔法の適性があれば魔力溜まりなど発生させる事なく、全て浄化出来ていただろう。
困ったように、悲しそうに眉を下げて笑うラシェルに、レオは申し訳ございません、と謝った。
◇◆◇
【魔素】
魔獣や魔物を倒した時に、死骸から溢れ出る有害な物。
魔素を放置すると【魔素溜まり】となり、魔素溜まりには魔獣や魔物が寄ってきたり、新たな魔獣や魔物を生み出す。
そして、スタンピード発生の原因の殆どは、この魔素溜まりだ。
そのため魔素を放置する事は出来ない。
魔獣・魔物を倒した後は聖魔法の使い手が速やかに魔素を浄化する。
そのために、騎士や他の魔法を使う事が出来る人間は聖魔法の使い手を命を賭して守るのだ。
なぜなら【魔素】は聖魔法の使い手にしか浄化が出来ないから。
◇◆◇
「──もっ、もう魔力が……」
「これ以上の浄化は無理、です……っ!」
魔素の浄化を頼んでいた学園生達から悲鳴が上がる。
まだまだ魔素は多く、とてもじゃないが一度に浄化出来るような量ではない。
前方で戦っていたラシェルとレオは、ある程度倒し終えると、急いで学園生達のもとへ戻った。
「──もう良いわ。これ以上無理をして浄化をしたら、あなた達の命に関わる」
「これ以上は、国に派遣してもらうしかなさそうですね、ラシェルお嬢様」
ラシェルは魔力を使いすぎてへろへろになっている学園生の肩に手を置き、聖魔法の発動を止める。
レオは長剣を鞘に戻しつつ、シュタルに視線を向けた。
レオから視線を受けたシュタルも、周囲に魔獣の気配が殆ど無い事を確認し、長剣を鞘に戻しつつ口を開いた。
「──ああ。二人の言う通りだ。陛下への報告は済んでいる。すぐに聖魔法の使い手を派遣してくださるだろう」
「……王都からは馬車で一日。馬を飛ばせば半日ですね、お兄様?」
「ああ、そうだ。一日程度で魔素溜まりが発生する事も、スタンピードが発生する事もないだろう。……魔獣の異常発生が気にはなるが……この場には騎士隊の騎士達を置いておく。少しでも異変を感じれば、報告してもらおう」
戦闘要員としてではなく、見張りのためだろう。
シュタルはラシェルに説明した後すぐに部下達に指示を飛ばし始めた。
その様子を眺めつつ、ようやく異常発生した魔獣を殆ど討伐し終えた実感が湧いてきて、ラシェルは長い息を吐き出した。
「お疲れ様です、ラシェルお嬢様」
「レオもね。……一先ず窮地は去った、かしら?」
「そうですね、ラシェルお嬢様のご活躍のお陰です」
「ふふっ、レオも十分活躍してくれたじゃない。レオが隣に居てくれてとても心強かったわ」
魔獣の返り血や、土埃で汚れていてもラシェルの笑顔はとても美しい。
その笑顔が、この凄惨な場には不釣り合いなのにとても神々しく感じてレオは目を細めた。
「勿体ないお言葉です」
胸に手を当て、腰を折ったレオの背後──。
ラシェルとレオが戦っていた背後に、夥しいほどの魔獣の亡骸が転がっていた。




