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キラキラ、と輝く目でラシェルやレオ──いや、殆どがラシェルへの視線だ。
それと同時に、ラシェルへの賛辞まで口にする学園生達にアンドリューは意味が分からない、と顔を顰めた。
「おい、お前達──」
ラシェルを囲み、はしゃぐように話しかけている学園生の輪の外側。一番外側にいる学園生に、アンドリューは声をかけた。
何故、ラシェルがここまで持て囃されているのか。
先程学園生達が口にしていたのは、本当なのだろうか。いや、そんなはずがない、とアンドリューは頭を横に振る。
「お、おい。ラシェル達がどうして助かったんだ。かなり絶望的な状況だっただろう──」
話しかけられた学園生は、自分に話しかけてきたのがアンドリューだと知ると、ラシェルに向けていた笑顔をすっ、と消しアンドリューの言葉に答えた。
「ええ、そうですね。殿下が《《恋人》》と逃げおおせた後、私たちは窮地に陥りました。騎士の方々がいらっしゃるとは言え、多くの者が命を落としてもおかしくない状況でした」
「ええ、ええそうです。私たちを守って戦ってくださる騎士の方々は殿下のご命令に従い、撤退してしまったので」
アンドリューが話しかけた学園生の隣に居た学園生も、会話に混ざり告げる。
「ですが、窮地に陥った我々を……」
「ラシェル様が救い出して下さったのです! 魔獣に襲われ、パニックに陥る我々を鼓舞し、自ら先頭に立って我々を庇ってくださったのです!」
「ええ、ええ! そうです! 殿下ではなく、ラシェル様が!」
学園生二人の強い口調に、態度。
アンドリューはたじろぎ、後退りながら必死に言葉を返した。
「おっ、お前達……っ! 私を誰だと思っている……!? 私は、この国の王太子だぞ……、あの場で最も尊ばれるべき人間は、私であって──」
おかしい、おかしい、おかしい──!
どうして、私が学園生如きにこんな態度で詰められなければならないのか。
「それなのに、私に対してその不遜な態度はなんだ……! 不敬罪で処刑されたいのか──」
「殿下」
アンドリューが「処刑」と口にした瞬間、その場に凛としたラシェルの声が響く。
アンドリューを諌めるような響きを含んだそれに、アンドリューはぐっと喉を詰まらせた。
さすがにこの場で「不敬罪」「処刑」と口にしたのは不味かった。
アンドリューが多くの学園生を見捨て、シエナだけを助けるために逃げ出したのは周知の事実だ。
本来であれば、王族であるアンドリューがあの場に残り、騎士達に指示を出して冷静に対処しなくてはならない場面だった。
それなのにさっさと逃げ出し、あろう事か馬鹿にし、侮っていた相手──ラシェルがアンドリューがしなければならない事をやってのけたのだ。
「──ぁ、う……」
アンドリューが真っ青になって呻いていると、聖魔法の使い手に治癒魔法をかけてもらったラシェルが髪の毛を手で払い、アンドリューに歩み寄る。
学園生達に向けていた笑顔は既に浮かんでおらず、ラシェルはただただ冷たい視線をアンドリューに向けていた。
「殿下、今最も優先すべき事はこの場から撤退する事です。このまま私とレオがこの集団の先頭に立ちます。それ以上に優先すべき事はないかと」
「──〜っ、おっ、お前っ、お前が私に偉そうに指示をっ」
「ラシェル様! よろしくお願いいたします!」
「我々も微力ながらお力添えを……!」
「かすり傷でも私たちにすぐお声掛けください! ラシェル様や侍従様のお怪我を治させていただきます!」
アンドリューの言葉を遮り、学園生達が口々に言葉を発し、ラシェルに話しかける。
もう、誰もアンドリューを尊ばない。
その事実を目の当たりにしたアンドリューは、羞恥に顔を真っ赤にした。
学園生達に話しかけられたラシェルはきょとり、と目を瞬かせたがすぐにふわりと微笑んだ。
「──ありがとう」
ラシェルの微笑みの美しさに、誰もが言葉を失い、見惚れる。
それはラシェルを侮っていたアンドリューも同様で。
アンドリューがラシェルに見惚れている様を見て、レオは「今更か」と鼻で嗤った。
「北西にブルーラビット複数確認しました、ラシェル様!」
「──レオ、お願い!」
「承知しました、ラシェルお嬢様」
「ラシェル様っ! 南にレッドベア二体……! 突進してきます!」
「私が処理します、あなた達はお兄様の所まで下がって……!」
「か、かしこまりました! お気をつけて、ラシェル様!」
なんで。どうして。
何故誰も私の言葉を聞かない、無視をする?
なんで学園生達はラシェルの指示だけを聞く?
それにどうして騎士の奴らも私の指示ではなく、ラシェル、あの女の指示を優先する──!?
アンドリューは目の前で繰り広げられる光景に信じられない、と頭を抱えた。
「ア、アンドリュー様……大丈夫ですか?」
「……シエナ」
心配そうに声をかけてくるシエナに、アンドリューは無理やり笑みを作る。
だが、どこからどう見てもその笑みは引き攣っていて、痩せ我慢をしている事は明白。
シエナの表情は、更に気遣うようなものに変わり、アンドリューは羞恥を覚えた。
愛するシエナにまで気遣われている。
その状況を作ったのはいったい誰か。誰のせいなのか──。
アンドリューは悔しげに奥歯を噛み締め、拳を握り込んだ。
学園生の誰もが、アンドリューの指示を聞かない。
騎士隊の騎士ですらラシェルの指示を優先する。
今、アンドリューの傍にはシエナと数人の護衛だけしかおらず、学園生の多くはラシェルの指示通り動いている。
「アンドリュー様……」
シエナが悲しそうにアンドリューの名前を呟き、握り込んだ拳にそっと優しく触れた。
「──シエナ」
自分の手を優しく包み込んでくれるシエナに、アンドリューはハッとして顔を向けた。
すると、悲しそうに眉を下げていたシエナは、涙で潤む瞳でアンドリューを見つめた後、魔獣と戦うラシェルに視線を移す。
「ラシェル嬢、酷いですね……」
「──え」
まさかシエナがそんな事を言うと思わなかったアンドリューは、間抜けな声を出してしまう。
てっきりシエナからも苦言を呈されると思っていたのだ。
それなのに、シエナはアンドリューを慮り、ラシェルを非難してくれた。
「……アンドリュー様が実質この討伐同行授業の……リーダーです。それなのに、アンドリュー様に指示を仰がず、勝手に動くなんて……。騎士隊の皆さんも酷すぎます」
「そ、そう、だ……シエナの言う通り、私がこの王太子である私がっ、討伐同行のリーダーだ」
「そうですよね? それなのに、学園生の皆もアンドリュー様を無視して酷いです。ラシェル嬢なんて、ただ少し戦えるだけじゃないですか。王太子のアンドリュー様を差し置いて自分が先頭に立つなんて……出しゃばるなんて……」
「ああ、そうだ。ラシェルは王族で……王太子である私の指示を聞かずに勝手な行動を……」
アンドリューが自分の言葉に同調したのを見て、シエナは微かに口端を持ち上げた。
「アンドリュー様が撤退を余儀なくされたのも、多くの学園生達を見捨てなくちゃいけなくなってしまったのも、全部ラシェル嬢の出しゃばりがいけないんですよ」
「──え」
あの混乱は、ラシェルのせいでは無い。
だからこそ、アンドリューは戸惑いの表情を浮かべた。
あの時の判断は、自分が行った。
学園生達よりもシエナを優先したのは、自分だ。
それが分かっているからこそ、アンドリューはシエナに言葉を返そうとした。だが、アンドリューが言葉を発するより前にシエナが言葉を続けた。
「魔獣の襲撃のせいで、場が混乱したのは事実です。だけど、そこでラシェル嬢が出しゃばって更に現場を混乱させた……収拾がつかなくなってしまい、アンドリュー様は学園生達を見捨てる他なかった……。討伐同行の授業で、そんな事があった、としてしまえばいいんです」
「──っ、な、何を言っているんだシエナ。……あの混乱は……」
「アンドリュー様は王太子殿下ですもの。陛下へのご報告は、そのようにしてしまえばいいのですよ。ラシェル嬢に全ての責任を負ってもらえばいいのではないですか?」
まるで、それが当然と言うように。
全く悪びれもなく言ってのけるシエナに、アンドリューは不快感を抱いた。
そして、それはアンドリューの護衛達も同様。
シエナの発言に、明らさまに顔を顰めた。




