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「──ラシェル! 無事か!?」
アンドリューの身勝手さにラシェルが憤っていると、シュタルやアネットが駆け寄ってくる。
二人とも魔獣の血に汚れ、騎士服もボロボロだ。
ラシェルは頷いて自分の無事を伝えると、シュタルに提案した。
「お兄様。このままでは学園生達に死傷者が出てしまいます」
「……そうだな、このままだと」
「私と、レオが。騎士隊の皆さんには、学園生達をお願いしてもよろしいですか?」
ラシェルの言葉に、シュタルは息を呑んだ。
ラシェルに視線を向けたシュタルは、彼女の瞳に強い光が灯っているのを見て心配そうに問いかけた。
「──いいのか? ラシェルの魔力……ラシェル自身に膨大な魔力が宿っている事が王族に知られたら……」
「致し方ありません。それに、討伐同行でのアンドリュー王太子の行動は、目に余ります。守るべき国民を見捨て、ご自分の恋人を優先したのです。……それだけでも、白紙に戻すには十分過ぎる理由です」
「……第三騎士隊、隊長として今回の殿下の行動はしっかり記録し、証人となろう」
「私も副隊長として、証人になるわ」
「ありがとうございます、お兄様にアネット嬢」
ラシェル、シュタル、アネットはお互い顔を見合わせて頷き合うと、それぞれ自分の仕事をするために動き出した。
それまでずっとラシェルの後ろに控えていたレオが抜き身の長剣を片手に下げ、ラシェルの隣に並び立つ。
「ラシェルお嬢様が公爵家の狂戦士だという事が、とうとうバレてしまいますね」
「……沢山の学園生達が命を落とす事と比べれば、どうって事はないわ」
ラシェルはレオに向かって勝気な笑みを見せると、その場から駆け出した。
ラシェル達の後方では──パニック状態に陥っていた学園生達に、シュタルやアネット、そして騎士隊の隊員達が声をかけ、この場からの退却を指示している。
騎士達の落ち着いた指示により、パニック状態から復帰した学園生達は、そこでようやくラシェルとレオが先頭に立ち、戦っている姿に気が付き始める。
「──あれは、ラシェル嬢……?」
「ラシェル嬢が、笑ってる……」
「あんな風に笑う方だったのか」
学園生達は呆然と呟く。
彼らの視線の先では、襲い来るブルーラビットの群れをレオが薙ぎ払い、レッドベアを相手にラシェルが拳を打ち込み、そして蹴り倒して行く光景が映っていた。
「なんだ、あれ……生き生きとしている……?」
「あの姿、まるで建国神話に出てくる戦女神じゃないか」
「舞うように戦っている……」
複数のレッドベアを相手に物怖じせず、レオと絶妙な連携で倒して行くラシェル。
レッドベアの攻撃を受け、ラシェルの頬に一筋の血が流れるも、それでも攻撃の手は止めない。
誰もがラシェルとレオの戦いぶりに見蕩れていると、シュタルが鋭く叫んだ。
「──今だ、走れ!」
シュタルの声に、ラシェルに見蕩れていた学園生達がはっとして走り出す。
前方で自分達のために傷を負い、戦ってくれているラシェル。そして、レオに憧れの視線を向ける学園生達。
窮地に陥った彼らにとって、圧倒的な力で魔獣を倒していく二人の姿はとても輝いているように見えた。
「──侍従が強いらしいってのは、聞いていたが……」
「ああ……ラシェル嬢、いや、ラシェル様がこんなにお強い方だったなんて……」
「魔力は豊富だが、魔法が苦手で何の取り柄もない、と殿下が言っていたのに……」
学園生達は、まるでラシェルとレオ二人を崇拝するように羨望の眼差しで見つめ、今までラシェルをこけにしていたのを忘れたかのように口々に称賛する。
見事なまでの手のひら返しに、シュタルやアネットは怒りを通り越して呆れ果てた。
「随分自分勝手な……」
「こういった人間は多くいる。いちいち気にしていても仕方がない」
シュタルの視線の先、先頭で魔獣と戦っていたラシェルとレオが、魔獣の包囲を突破したのが見えた──。
◇◆◇
一方その頃、アンドリューとシエナ。
アンドリューの護衛と、数人の騎士に守られ二人は無事に安全地帯へと脱していた。
「──はぁっ、はあっ、シエナ大丈夫か?」
「アンドリュー様っ、だ、大丈夫です……私は大丈夫ですが、だけど……」
シエナは青白い顔でたった今自分達が駆け抜けた後方を確認する。
アンドリューに手を引かれ、逃げている間も。
二人に助けを求める声や手が伸ばされていた。
だが、アンドリューは助けを求める学園生達を全て無視し、シエナだけを連れて安全地帯まで逃げおおせたのだ。
不安そうな表情のシエナに、アンドリューは歩み寄りそっと抱きしめた。
「……仕方ない。全員を助ける事は出来ないのだ」
ぐす、と鼻を鳴らすシエナを見てアンドリューはなんと慈愛に満ちた女性なのだろうか、と抱きしめる腕の力を強める。
「……分かり、ました。せめて、この場で祈らせてください……」
両手を胸の前で合わせて握り、見上げて懇願するシエナにアンドリューはゆるりと首を横に振った。
「まだ森を脱していない。……完全に安全な場所に退避してからにしよう」
「だけど……アンドリュー様……あの場所にはラシェル嬢もまだ……」
シエナは声を震わせ、憐憫の眼差しを後方にいるであろうラシェルに向ける。
シエナの口からラシェルの名前が出た事で、そこでようやくアンドリューは思い出した。
今はまだラシェルは自分の婚約者だ。
その婚約者を、魔獣の襲撃のどさくさに紛れて置いて来てしまったのだ。
これが知られたら。
あの場には、沢山の学園生がいた。
自分がシエナだけを助け、逃げ出した所は多くの学園生に見られているのだ。
公爵家はもちろん、学園生、果てにはその話を聞いた国民から大顰蹙を買うのではないか。
そう思ったアンドリューは、シエナと同じく後方に顔を向けた。
(……出来れば、あのまま魔獣に襲われてこの世から消えてくれれば。事故として、処理されてくれれば良いのだが……)
そのように考えたアンドリューだったが、自分達が逃げてきた場所から、多くの人間の気配が追ってきている事に気がついた。
「な、なんだ……!?」
「アンドリュー、さま……」
アンドリューの戸惑う様子に、シエナがアンドリューに抱きつく。
シエナを守るようにしながら、アンドリューは目の前の細い通路に視線を送った。
人間の気配、だ。
魔獣などではない──。
それが分かっていても、とても大きな魔力にアンドリューの体は本能的に恐怖で震え始めた。
背中に伝う汗を感じながら、じっとその方向を見つめていたアンドリューの目の前に、ラシェルとレオが飛び出してきた。
「──切り抜けたっ!」
いつもの無表情とは違い、ラシェルの表情は生き生きと輝いている。
安全な場所に辿り着いたという安心感からか──。ラシェルは見た事がないほどの笑顔を浮かべていた。
「──は、」
ラシェルの笑顔に見惚れたアンドリューが間抜けな声を落とす。
ラシェルはアンドリューの存在に気がついたものの、興味無さそうにふいっと視線を外し、後方に向かって声を上げた。
「皆さん、早く……! お兄様、アネット嬢! 安全地帯に出ました!」
ラシェルがそう告げた次の瞬間、ラシェルの後から次々と学園生達が姿を現し始めた。
みな、ラシェルに笑顔を向け、お礼を口にしている。
ラシェルを崇拝するように話しかける学園生達までいる始末。
アンドリューが唖然としていると、最後尾、殿を務めていたのであろうシュタルがやって来て、ラシェルを見るなり安心したように笑った。
「ラシェル、良かった無事か」
「ええ、多少怪我はしましたが……軽傷です。それよりお兄様の方が傷が深そうです。早く聖魔法の使い手に手当してもらいましょう?」
二人がそんな事を話していると、聖魔法が使える学園生達がわらわらと集まり、ラシェルとシュタルを囲んだ。
「私たちに任せてください!」
「ラシェル様もお怪我を……!」
「侍従の方も治癒します!」
今までラシェルに向けていた態度と180度変わっている。
その様を見たアンドリューは、ただただ信じられず目を見開いていた。




