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周囲はまさに阿鼻叫喚。
学園生達が逃げ惑い、騎士達の怒号が飛び交い、魔獣に攻撃された学園生達が倒れて行く。
致命傷は負っていないものの、血を流す学園生が多く、騎士隊隊長のシュタルが叫んだ。
「──聖魔法、聖魔法の使い手は傷を負った者の治癒にあたれ!」
シュタルの声に、同行していた騎士隊の聖魔法の使い手は倒れた学園生達に駆け寄り、治癒魔法を施して行く。
この討伐同行に参加した以上、聖魔法の使い手は怪我人が発生した際は最優先で治癒魔法を施す事は義務だ。
討伐に参加出来ない聖魔法の使い手達は、自分達の代わりに魔獣の対応をしてくれる者を癒す事が義務付けられている。
そして、それはシエナも同様──。
だが。
「シエナ、シエナは行かなくていい!」
あろう事か、アンドリューはシエナの腕を掴み、怪我人への対応を引き止めた。
聖魔法の使い手を、独占する事は例え王族でも固く禁じられている。
それなのにアンドリューは駆け寄ろうとしたシエナの腕を掴み、その場に留まらせたのだ。
沢山の人の目があるここでそんな事が発生してしまっては、隠す事も誤魔化す事もできやしない。
「──アンドリュー殿下!」
シュタルの鋭い叱責が飛んだが、当の本人アンドリューは何処吹く風である。
場が混乱し、誰もが魔獣への対応に精一杯になっている中、アンドリューはあろう事かその場から駆け出した。
「シエナ、シエナ……! これ以上危険な場所にはいられない……! このまま私に着いてこい! この場を離れるぞ!」
「ア、アンドリュー様……っ」
駆け出すアンドリューに半ば引き摺られるような形でシエナも走り出す。
アンドリューの行動を見て、シュタルは舌打ちをした。
王族の命は、尊ばれるもの。
それは当然な事だと頭では分かっているが、それでも自分を守り傷を負う臣下を見捨て、自分だけが逃げ出す光景の醜さに眉を顰めた。
「──レオ、一先ず私たちの近くにいる魔獣を優先的に処理していきましょう」
「分かりました、ラシェルお嬢様」
ラシェルから少し離れた場所にアンドリューはいる。
足止めを食っている魔獣を2、3匹倒せば、まだアンドリューを引き止める事は可能そうだ。
そう判断したラシェルは、魔獣の討伐を優先する。
レオが素早い動きのブルーラビットを雷魔法で纏めて倒し、ラシェルは足元に飛び込んできたブルーラビットを踏み付け、倒す。
駆け出そうとする動きを見せて足元のブルーラビットを吹き飛ばし、自分たちの近くからブルーラビットがいなくなった事を確認したラシェルは、アンドリューとシエナのもとへ向かおうと、顔を上げた。
ラシェルが顔を上げた所で、アンドリューに手を引かれて走っていたシエナが足をもつれさせ、その場に転倒してしまう。
「──きゃあっ」
「シエナ!」
シエナが倒れたすぐ近く。
そこに、騎士に深手を負わされたレッドベアがよろよろと近づいてきていた。
「──ひっ」
シエナの顔色が、一気に悪くなる。
「──シエナ、シエナどこだ!」
突然自分の手の先から消えてしまったシエナの姿を探すアンドリューの叫び声が周囲に響く。
ラシェルは、考えるよりも先に自分の体が動くのを感じた。
レッドベアが地面に倒れているシエナに狙いを定める。
このままだと攻撃されたシエナが大怪我を負う。
ラシェルはレッドベアとシエナの間に体を割り込ませた。
「──ラシェルお嬢様!!」
悲鳴のような叫びを上げるレオ。
レオの目の前で、ラシェルがシエナを庇うように両手を広げた。
シエナは腕で顔全体を隠し、ラシェルが助けに来ている事にも気がついていない。
そして、アンドリュー達もブルーラビットの群れに襲われ、シエナから視線を外してしまっている。
レオだけが、ラシェルがどうやってレッドベアからの攻撃を防いだのかを見た。
レッドベアは咆哮を上げ、攻撃のために腕を振り上げた。
そして、その勢いのまま振り下ろす。
通常であれば、人間の体など紙のように簡単に切り裂かれていただろう。
だが、胸の前で腕を交差させたラシェルがレッドベアの攻撃を受け止め、そして弾き返した。
小さく息を吐き出したラシェルはそのままレッドベアに向かって回し蹴りを繰り出し、ラシェルの蹴りをもろに受けたレッドベアが後方に吹き飛んだ。
「──ラシェルお嬢様!」
レオが叫びつつ、ラシェルに駆け寄る。
「お怪我は!? 無事ですか!?」
「ええ、私は大丈夫──」
レオに肩を掴まれ、傷が無いか確認される。
そうこうしているうちに、ブルーラビットの処理を終えたのだろう。
アンドリューがシエナの名前を呼ぶのが聞こえた。
「シエナ! シエナ、どこだ!? 私の愛しいシエナ、返事をしてくれ!!」
「で、殿下……っ、私は、ここに……」
「──ああっ、シエナ……! 良かった、無事か!」
ラシェルとレオから離れた場所で、アンドリューの声が聞こえる。
シエナは一目散にアンドリューのもとへ走り寄り、逃げて来たシエナをアンドリューが抱きしめる。
泥に塗れ、魔物の血や体液で顔を汚し、足を縺れさせながら二人の男女はひしっと抱き合った。
アンドリューの髪や顔は薄汚れている。
シエナもまた、髪と顔を汚していたが二人はそんな瑣末な事など気にせず、互いの無事を喜び合い、強く抱き合った。
まるで生き別れた恋人と運命的な再会を果たしたかのような二人の様子。
だが、ここはまだ森深く、周囲はパニック状態が続いている。
「でっ、殿下……! アンドリュー殿下……! お早く退避を……! このままでは持ちません……!」
「──ああ、くそっ! お前達、私たちの囮になってでも魔物を食い止めろ!」
アンドリューは自分の護衛にそれだけを言うと、シエナを抱き上げ、この場から離脱するのを最優先にした。
護衛達が退路を確保しているのを確認し、その方向へ一目散に駆け出す。
周囲には、まだ自分達と同じ学園の制服を身に纏った学園生が多く居る。
アンドリューの近くに居た学園生は、引率の教師や騎士に何とか守られ、アンドリューが逃げ出した後に続いて、退避を始めた。
他にもまだ多くの学園生がいる。
その多くの学園生達は取り残され、どんどん孤立していった。
「──嘘、でしょう?」
ラシェルは信じられない、と目を見開く。
アンドリューの命令で、騎士達はその場を撤退し始めてしまっている。
この場で、最も尊ばれるのは王族の命だ。
それは分かっているが、ではこの場に残される学園生達はどうなるのか──。
ラシェルの兄、シュタルやシュタルの婚約者アネット達がまだ戦ってくれているからいいが、他の隊員達は撤退し始めている。
このままでは、シュタルやアネットの身まで危険に晒される。
「シエナ嬢を守る事を最優先としているの……? ふざけないで……!」
アンドリューは自分の恋人を優先し、助かるはずの他の学園生達の命を見捨てたのだ。
ラシェルは怒りに震え、拳を握りしめた。




