~ 最終章その3 ~
「簡単よ。
私は食事が欲しい、あと護の子供が欲しいから交尾したい。
だから、それを邪魔する他の雌に護を渡す訳にはいかない」
二人の間で結ばれたらしき協定……もしくは、何らかの密約について、鬼敷空という少女の口から放たれたのはそんな明け透けた欲望そのものだった。
堂々と本能のまま、言葉を飾ることなくそう言い放つ空に、護と生徒会長の二人は、思わず赤面してしまう。
どうやら空という少女の中では、繁殖相手に交尾を要求することは、さほど恥ずかしいこととは思っていない、ようだった。
以前は中学生らしく少しくらい恥らっていた気がするが……恐らくここ数日の間で見事に吹っ切れてしまったらしい。
もしかすると、あの時彼女は恥じらっていたのではなく……本能以外の心の動きそものに戸惑っていただけ、だったのかも知れないが。
まぁ、実際の話、セミの鳴き声にしろホタルの光にしろ、周囲一帯の繁殖相手に向け「交尾しましょう」と大声で叫んでいるようなものである。
生殖行為に恥じらいや躊躇を覚える人間の方が、生物全般で考えるとおかしいのだろう。
尤も……幾ら生物学的に正しかったところで、護自身はそうやって堂々と性欲をアピールしたいとは思わないのだが。
「で、祐子は護と番いたい。
その上で餌を与えて交尾して下の世話をして……要は護が絶望するように飼いたいって言ってる」
空の告げたその言葉に、自分の望みをそのまま言葉にされた小鳥遊生徒会長は、顔を真っ赤にして俯いていたのだが……少なくとも彼女の口からは、否定の言葉は放たれなかった。
ちなみにではあるが……「絶望するまで飼いたい」と言われた護は、欠片も嬉しいとは思えないその愛の告白に、思わず溜息を吐き出しそうになっていた。
「ですから、空さん。
そう直接的に言わなくても……」
「細かいわね、祐子は。
どうせやることは同じじゃないのよ」
そんな護の機微を察したのか、それともあまりにも直接的な言葉を窘めたのか。
幽かな声で小鳥遊生徒会長は抗議したのだが……返って来た空のあっけらかんとした声に一蹴されてしまい、それ以上の言葉は紡げない。
(と言うか、いつの間にか名前で呼びあっていますし)
まぁ、殴り合って仲良くなったという、少年漫画的な関係が構築されたのか。
もしくは、上手く利害が調整されたことによって、敵対関係が解消されたのか。
両者の具体的な協定まで知り得ない護だったが、両者が相争わないなら……前までのように命の奪い合いをしないのならば、特に何も言うことはない。
ついでに言うと、いつの間にか空によって護自身も呼び捨てにされているようだったが……少年は別に自分がどう呼ばれようとあまり気にしない性質である。
「で、護は恩返しとして私に餌を貢ぎたい。
祐子と性行為をしたい。
そして私たちに喧嘩をして欲しくない、でしょ?」
「……え、ええ」
未だに自分自身がどれだけ寝込んでいたのかは分からない護だったが……その期間の所為か、もしくは一度意識が完全に吹っ飛んだ所為か、あの時叫んだ時の激情は既にじわじわと消えかけていた。
そして残ったのはやらかした記憶と後悔ばかりであり……そこへと放たれた、護が望んでいたことを的確に告げる彼女の直接的な物言いは、護の精神をごりごりと削り取っていた。
だからこそ、空にはもう少しばかり言葉を選んで欲しいと、少年は切実に願ってしまう。
尤も、彼女の気質を考えると、恐らくと言うかほぼ確実に叶わぬ望みと分かってはいるけれども。
「だから、三者の意見が出来るだけ通るように調整したのよ。
まぁ、そう難しいことじゃないけれど」
「……つまり?」
先ほど護が予想した通り、両者の間である種の協定が結ばれたのだろう。
それを予想していた護は特に驚くことなく、彼女の言葉をそう促す。
「私は食いたいし、孕みたい……だから、護の独占を我慢する。
祐子は護と番いたいし世話したい……だから、護の放し飼いで我慢する。
私たち二人の喧嘩を止めたいしどっちかを選ぶ時間が欲しいという護は、私に餌を貢ぎ孕ませ、祐子と性行為を含めて世話されて貰う。
だから、人間社会の常識なんて理由で一人を選ぶのは止めてもらう」
黒いセーラー服の少女が告げたその取り決めは、文字通り協定だった。
非常に簡単に言ってしまえば、三人全員が少しずつ我慢することで、穏便な人間関係に……少なくとも護が最低限として求めた、殺し合わないいがみ合わない形での人間関係を維持する、という取り決めである。
故事、ではなくて落語だったかの三方一両損、というヤツだろう。
「……どう?
こうすればみんながみんな少しだけ我慢することで望みを叶えることが出来るでしょ?」
「……折衷案、ですか」
日本人の悪い癖……と評判の高い決め方ではあるが、実のところそう悪い案でもないだろう。
少なくとも三人が三人共、最悪の事態だけは避けつつも多少の我慢をすることで、各々の欲求をある程度満たすことが出来るのだから。
護自身としても、人間らしい……いや、常識的な価値観に拘りさえしなければ、眠れないという最悪の事態だけは避けられる。
(代償は……二股の強制、ですか)
その事実に、護は少しばかり天を仰ぐと失うだろう色々なものを考え、溜息を一つ吐き出してしまう。
……だけど。
護にとって、今さら人間らしい価値観に何の意味があるというのだろう?
護も空も、人間らしい生活などでは満足に生きていくことすら出来ない身体だし、生徒会長という生徒から信頼を得ている小鳥遊祐子でさえも、その恋愛観を常識に照らし合わせば間違いなく異端側の存在だ。
確かに彼女たちの意見を受け入れ三人で付き合うなんて……まだ若い少年少女三人が、それぞれ単に欲望のままに生きているようで、世間的には認められないのかもしれないけれど。
──とは言え……護自身も、自らの欲望を捨てる訳にもいかないのが現実である。
眠らずに生きていける人間はいないし、食わずに生きていける人間など存在しない。
……そして誰かを好きにならずに生きていける人間もやっぱりそう多くない。
(……だったら)
付け加えると……欲望に折り合いをつけるような生き方なんて、どんな人でも当たり前にやっている行為だろう。
遊ぶお金欲しさに睡眠時間を削ってバイトをするか、諦めてゆっくり寝るか。
異性にもてたい一心でダイエットするか、諦めて食欲を満たすか。
目立つために派手な髪形をセットするか、その費用と時間を無駄と断じ目立たず人に埋もれて生きるか。
そうやって誰もが欲望と欲望の間で揺れ動きながら、日々を過ごしているのである。
だから、後は本人の意志だけ。
鬼敷空という少女は、この案で納得している。
小鳥遊祐子生徒会長も、この案を受け入れたからこそ、護に傅くような発言を繰り返しているに違いない。
つまり、要するに後は護の意思一つ、という訳である。
(……他に、選択肢は、ありません、か)
結局、護はそう妥協し、頷くことで彼女たちを受け入れる意思を示す。
直後、これは以前二人に告白された……中学生の男女関係としては非常に歪な形であるにしろ、その告白の返答に値するものだと思い返した護は、少しばかり躊躇いながらも口を開くと。
「ええ。
ボクは、お二人さえ良いならば」
そんな返事を、自分の意思で、自分の言葉で、二人へと届ける。
付き合いましょうとか、繁殖相手としてよろしくお願いしますとか、そういう具体的な単語を口にするほどには、未だ吹っ切れてはいなかったけれど。
それでも……彼が自らの意思でそう言葉にしたことで、彼女たちとの関係が一歩前進したことは間違いないだろう。
「じゃあ、ま、よろしくね、護」
「……は、はい。
よろしくお願いします、護さま」
そんな護の言葉に、鬼敷空という少女と、小鳥遊祐子生徒会長の二人も頷いて同意を示し。
……こうして。
鬼敷空、合歓木護、小鳥遊祐子の三名は、世間一般の常識に当てはめると非常に歪な……だけど、誰かが犠牲になることもない、恐らくは辛うじて形を保っているだけの三角関係を築き上げることとなったのである。
誰しも未来が分からない以上、三人が導き出した答えが正しかったかどうかなんて誰一人として分からないし、そもそも人間関係に答えなんてある筈もないけれど。
少なくとも今この瞬間……三人ともが自分たちの新しい関係のお陰で素晴らしい将来が訪れる確信を得ていた。
何しろ……鬼敷空はこれから先に飢えない未来を約束され。
合歓木護は悪夢にうなされることもなく安らかに眠れる夜を手に入れて。
そして小鳥遊祐子は例え一般的な形からは大きく歪んでいるにしても、恋を成就出来たのだから。
これにて、くうねるあそぶver4.0は完結となります。
あとは、いつもの物語をぶち壊しかねない後書きとなりますので、お好みでどうぞ。




