~ 最終章その2 ~
話を続けるうちに妙に重くなってしまった空気をあっさりと無視して口を開いたのは、その名前とは異なり欠片も空気を読もうとしない少女だった。
「だから、護の性欲処理に身体を差し出すとか言ってたわよ?
命を救われ、殺しかけた分、身体をかけて尽くすとかって」
「……えっと」
「ち、違っ」
身も蓋もない空の声に、更に顔を赤くした生徒会長は慌てて叫ぶ。
恐らくではあるが……小鳥遊生徒会長が口にした意図と、空の口にした言葉とでは、内容は同じでも表現の仕方に天と地ほどの乖離があるのだろう、
そこまで付き合いは長くないものの、妖を喰らう少女の、非常に控えめに表現すると歯に衣着せぬと言えないことはない言動に慣れて来た護には、そのことが容易に推測出来た。
「何よ?
性行為がしたいんじゃないの?」
「それは……望まれるなら、そうなん、ですけど」
(あ~)
小鳥遊生徒会長が口にした弁明にならぬ弁明を聞いた護は、思わず頭を抱えてしまう。
確かにあの時、護は彼女に向けて「そういうこと」をしたいと全力で叫んだのは事実であり……生真面目な彼女がお詫びのため、そう口にしたとしても不思議はない。
だからと言って、直球で「性行為がしたいのか」と問われると、それはまた若干のニュアンスの違いがある訳で。
……言葉を捻じ曲げられた生徒会長が、焦って真っ赤になる訳である。
(あんなこと、言うんじゃありませんでした)
そんな彼女の様子に、護は更に居心地の悪さを感じてしまう。
実のところ、以前に処女を捧げてどうのこうのと口にしていた彼女ではあるが……まだ中学生であることに違いはない。
異性に真正面から欲望を突き付けられ、そのことを強く意識してしまった以上、以前のように冷静ではいられないのだろう。
尤も現状としては、憑いていたパウチカムイが潰されたお陰か、それとも大怪我をして体力が回復し切っていない所為か……護の中ではあんまり性的な欲求は湧いて来ないのだが。
「えっと。
その、イヤなら、別に……」
「い、イヤじゃ、その、ありません、はい」
その所為か、据え膳を下げてもらおうとした護の呟きだったものの、小鳥遊生徒会長は彼に最後まで発言させまいと慌てた叫びを上げる。
彼女の慌てた声を耳にした護は流石に少し照れつつ……それでも彼女の言葉使いにどうしても違和感を覚えてしまう。
「あの、先輩なんですから、その、敬語は……」
「だって、護さまは……私より凄い、ですから」
「……えぇ、さま?
いや、それより……何でですか?」
敬語とか敬称とか以前に、「自分なんて何もできない」というコンプレックスを抱え続けていた護には、自分の何がどうなって凄いなんて言われているのかさっぱり見当もつかず、首を斜めに傾げることしか出来なかった。
そんな護の様子を見た生徒会長は、微かに微笑むと口を開いた。
「以前私が負けた時のことを、覚えていますか?」
「……えっと。
前の……腕力勝負をしてた時の話、ですか?」
「ええ」
そんな彼女の声に、護はすぐさま数日前の出来事を思い出していた。
敗北に打ちのめされ、地べたに座り込んで動かない生徒会長がひどく印象的だったので、記憶からすぐに引っ張り出すことが出来たのである。
「あれから私は武術と妖退治の術を覚え、勝てる算段をつけてから彼女に再戦を挑みました」
「……武術ってのも厄介よね~。
あんなに見事に転がされるなんて思わなかったわ」
「そう。
私は勝てる算段がついたから、空さんに立ち向かえたのです。
でも、護さまは違いました」
「……へ?
ボク、が?」
「ええ。
貴方は勝てないと分かっていて、怖いと分かっていて、怪我をすると分かっていて私たちの間に飛び込みました。
あの時の私には、それは……どうしても出来なかった」
生徒会長が護を見つめるその視線に浮かんでいたのは、紛れもない尊敬だった。
視線に込められた慣れない感情に、護は慌てて手を振る。
「いえいえ。
ボクはただ、我が儘を言ったというだけで……ったたた」
慌てた所為で怪我の存在を忘れていた護は、手を振った所為で響いてきた鎖骨の痛みに思わず蹲ってしまう。
そんな護に優しげに触れながら、小鳥遊祐子の声は続く。
「その我が儘を命がけで言える方がどれだけいますか?
命がけと分かっていながら、恐怖に震えながら、それでも自分の意思を貫ける人なんて……」
彼女から敬意を払う理由を語られたものの……護はやはり首を傾げたままだった。
実際のところ、彼はただ保身のために……自分の命が失われるよりも嫌な未来から遠ざかるため行動しただけに過ぎないのだから。
「ま、バカとも言うけどね」
「失礼な。
あれは勇気というのです。
バカとは怪我をすることを考えない人間のすることです」
「あ~、はいはい」
空気に耐えられなくなったのか、それとも単に暇になったのか……恐らくは後者であろうけれど、空が横合いから茶々を入れてくる。
彼女の言葉に眉を吊り上げる祐子だったが……以前のように激怒する様子もなく、静かに、だけどはっきりとそんな言葉を返していた。
そして反論された空もそれを当然と思っているのか、特に怒ることもなくただ肩を竦めるだけだった。
「ですので、私は護さまにお仕えすることに決めたのです。
そうして私という下僕が何から何まで尽くして差し上げることで、何もすることがなくなった貴方が、下僕に劣る自分に劣等感を感じるあまり、自分の存在意義を見失い絶望して下されれば、それで……」
「……会長とボクの上下関係が入れ替わったというだけで、そこのところは全く変わってないんですね……」
下僕になったと宣言しているのにも関わらず『絶望させようとしてくる欲求』そのものは以前と全く変わってない彼女の言葉に、げんなりさせられた護は思わずそう呟いていた。
「ほら、やっぱりやることは変わらないんじゃない」
「それは、そうです。
私の望みは、護さまの絶望し切った顔を見ることですから」
顔を赤くして愛しげにそう囁く彼女の顔は、百人の男子が見れば百人全員が確実に恋に落ちるほど可憐で……護も思わず抱きしめたい衝動に駆られてしまう。
尤も、彼女に求められているモノがモノだけに、少年は意思の力を総動員して伸ばしかけた自分の手を押さえつけることになったのだが。
「あ~。
あなたも忠誠とか下僕とか、回りくどいわね。
単にヤりたいからヤるで良いじゃない」
「私は貴女みたいな獣とは違います。
人間には理性があるんです、理性が」
「……何が理性よ。
ただ性欲が回りくどくなっただけで、ヤることに違いはないんじゃない」
「その回りくどいのを楽しむのが、人間というものでしょう?」
横合いから再び入れられた空の茶々だったが、小鳥遊生徒会長は不快に感じる様子もなく、楽しそうに愛おしそうに顔を赤らめて微笑んでいる。
そんな二人は以前のように険悪な様子はなく……護の見る限り何処となくお互いを理解し合っているような雰囲気が感じられる。
「と言うか、喧嘩、もうしませんよね?」
「ええ。
する意味がなくなったし」
二人の間に凶悪な空気がないことに安堵した護が確認のためにそう問いかけると、空は事も無げにそう言葉を返してきた。
「……意味がない?」
「あの後、二人で話し合ったのよ」
「その結果、まぁ、喧嘩をすればお互いにただでは済まないですし、護さまがまた飛び込んできても困ります。
それに……お互いに尊重し合えることに気付きましたので」
「どういう、話を?」
絶対に分かり合えないと思っていた二人が、何故か分かり合えているその事実から、何らかの協定が結ばれたのだろうことは、人間関係に疎い護であっても理解出来た。
だからこそ……かなり聞くのが怖いと思いつつも、護はそう尋ねずにはいられなかった。
そして……その問いに返って来たのは、護からは想像だにしなかった新たな関係への提案だったのである。




