~ 最終章その1 ~
目を覚ました護の視界に入ってきたのは、真っ白な天井だった。
「ここ、は……っ?」
まだ寝ぼけた頭のまま、いつものように起き上がろうとしたその瞬間……脳髄に響いた激痛に、護は思わず顔を歪め、小さく呻き声を零していた。
涙目のまま、身体に触れることなく激痛の出どころを探ってみると、鎖骨とわき腹からだとすぐさま判明する。
(……ああ、そうでした)
その二か所の傷跡を目の当たりにすることで、ようやく護は自分の身に何が起こったかを思い出していた。
……二人の死闘に命懸けで飛び込んだことや。
そして……二人に向かって言いたい放題怒鳴りつけたことも。
(あああああああ……あぁぁぁぁ)
自分がどれだけ危険なことをやらかしたのかや、その所為で大怪我を負ったことすらもすっかり忘れ……思いの丈をただ叫んだことを思い出した護は、怪我の存在も忘れて身悶えてしまう。
直後、走った激痛の所為でもう一度身悶えることとなったのだが。
(何で、あんな……っ?)
こうして思い出してみると……確かにあの時は、怪我や飛び込んだ時に出たアドレナリンに後押しされた感が否めない。
それでも一応、あの時叫んだこと全ては、自分が思っていたことであり……要するに『心の中に溜め込んでいたこと』だと気付きた護少年は、大怪我した傷口よりも後悔に頭を抱えていた。
(もっと言い方とか。
もっと手段とか……もっと言葉を濁すとかっ!)
思い返せば返すほど、そういう次々と湧き上がって来る後悔が、鉛で出来た鎖のように少年の精神へと絡みつき、泥濘の中へと圧し潰してくるようだった。
ただでさえ合歓木護という少年は、重度不眠症の患者として年上の医者と話す機会が多く、言いたいことは全て一度脳内で吟味してから話す癖がついていた。
……だからこそ、思いの丈をただ口走ってしまった時の後悔は、同年代の少年と比べても人一倍大きく。
「せめて、何かフォローしない、と……」
その上、あの二人に嫌われてしまえば……妖の脅威を取り除く存在がなければ、真っ当に眠ることすら出来ないのが、合歓木護という脆弱な生き物の性質である。
そんな事実に思い立ってしまった以上、彼はもうこのまま寝でいることなんて、出来やしなかった。
「っ、ぐっ」
どれだけ時間がかかったかは分からないものの、今の護少年は手足を動かすだけで激痛が走る重傷患者であり……そうして無理に身体を起こそうとすると当然のように身体は痛む。
身体を走る痛みと疲労感の所為で、見えない鎖が巻き付けられているかのように全身が重く、上体をただ起こしただけで気力の全てが持っていかれたかのようであり。
そんな中、先ほどまで頭の中を渦巻いて止まなかった、言いたいことを言い放った後悔までもが圧し掛かって来るのだ。
(こんなに痛いのだから。
二人と顔を合わすのなんて後回しにすりゃ良いじゃないですか。
どうせ責められるだけなんですし)
その所為か、激痛と疲労と後悔とがそんな悪魔の誘惑のような囁き声を、少年の弱い心へと囁きかけ続けて来る始末であり……少年の心はそれらの誘惑に耐え切れず、即座に折れかかる。
だけど……あの二人の戦いを見た時、護は一つだけ悟ったことがあった。
──眠れない人生に戻ることだけは、死んでも御免、だ。
それは、今まで悪夢に苛まれ続けた護少年だけが分かる真理、だろう、
現実問題として、強制的に眠らせて貰えない苦痛というのは、拷問に使われるほど凶悪な代物であり……実際にその拷問を受けた人間ならば、少年と同じ結論に至るに違いない。
(こんな痛み、夢の中で味わったのよりはっ!)
だからこそ彼は、痛みにも後悔にもめげず……そんな内心の覚悟一つで身体を動かすことが出来た。
とは言え、身体を起こすだけで激痛を訴えて来る彼の身体は、決意一つでそうそう自在に動かせるようなものでもなく……
護少年が激痛と悪戦苦闘の末、何とかベッドの縁に腰を掛け、いざこれから立ち上がろうとした……ちょうどその時。
「「あ」」
突如、病室のドアが開き……彼は怪我の原因となった二人の少女と顔を合わせることとなったのだった。
「よし。
生きているわね」
「……第一声からそれですか」
無理をした所為で激痛を堪える護が額から脂汗を流しているというのに、その様子を見た空の第一声はそんな素っ気無いものだった。
「生きていればそれで構わない」という態度が明白な、いつも通りとも言える空のその言葉に、ついつい護は溜息を吐いてしまう。
「一応、痛いんですけどね」
「死にはしないんでしょ?
運動能力にも生殖能力にも後遺症が残らない。
だったら問題ないじゃない」
素っ気無いと言うよりは、彼女にとっては妖を呼び寄せる機能と、繁殖行為さえ出来るならば、護の怪我なんてどうでも良いという感じなのだろう。
事実、彼女の着ている黒のセーラー服は破れたところを適当な色の糸で簡単に縫い合わせただけだったし……彼女自身も戦闘の名残か、あちこちが痣やら傷だらけだったにも関わらず、それを意に介した様子もない。
こうして、常人からかなり隔離した彼女の価値観に直面すると、いい加減慣れてきた護でさえも未だに少しばかり戸惑うことが多い。
「そう言えばさっきまで護の両親がいたわ」
「ああ、来てたんだ」
「……あんまり美味しそうじゃないわね。
もしかして、遺伝じゃないのかしら?」
「……いや、だから、その」
完全に自分の価値観でしか言葉を紡ごうとしない化け物喰らいの少女に、護は少しばかり困ってしまい、彼女と同時に病室に入ってきた筈なのに、会話に一切加わろうとしてこないもう一人の少女……あちこち絆創膏だらけの上、折れた左手を包帯で吊っている小鳥遊生徒会長の方へと視線を向ける。
「……ぁ」
……だけど。
何故か護と目が合った瞬間、生徒会長は彼女らしくもなく、顔を真っ赤に染めて俯いてしまっていた。
「……会長?」
その様子を怪訝に思った護は彼女の方へと顔を向けると、何故か小鳥遊生徒会長は彼の視線から逃れるかのように、護の視界に入らないよう身体を遠ざけてしまう。
とは言え、この病室から逃げようとはしないことから「恐らく嫌われてはないだろう」とは思うものの、ずっとこのままでは埒が明かない。
会話の対象を変えることに見事失敗した護は、助けを求めるかのようにもう一人の少女へと視線を戻す。
「あ~。
何か責任を感じているとかって言ってたわ。
私にはよく分からない感覚だけど」
「……空さんも少しは感じて下さいよ」
よくよく思い出してみれば、例え飛び出した護の自業自得とは言え、この二つの大怪我をさせたのは目の前にいる鬼敷空と小鳥遊祐子という二人の少女なのだ。
勿論、負い目に付け込もうとか賠償を求めるなんて発想は、護の中にないものの……罪悪感すら感じていない様子の空に対しては、流石に嫌味の一つも言いたくなってくるのが人情というものだろう。
尤も、その言葉を耳にした生徒会長はますます身体を縮こまらせてしまい、護としても下手なことを言えなくなってきたのだが。




