~ 第四章その7 ~
そうして何も出来ないままの護が立ち尽くすばかりの中、とても少女たちが相争っていたとは思えない二人の戦いは、遂に佳境を迎えていた。
元ベンチだった金属片でぶん殴られ続けた空の身体はあちこちボロボロであり、制服や靴はその人外の動きに付いていけなかったのかもはや原型を留めていない。
それでも彼女はまだ余力こそありそうだったものの……先ほど逆に極められかけた右腕は垂れ下がったままだし、金属片が良い角度で入った左足もさっきから引き摺っている。
小鳥遊生徒会長も似たようなもので、一撃必殺とも言える鬼の一撃に直撃こそしなかったものの、何度かカスった所為であちこち痣だらけだったし、一度受け損ねた時に左腕はへし折れている。
そして、今までの戦いで体力と精神力を使い果たしたのか肩で息をしており、震える膝は身体を支えるので精一杯だと雄弁に語っていた。
更には、どれかの一撃がかすった際に右肋骨を痛めたのか、さっきから右拳を振るう度、たまに眉を顰めている。
加えてただでさえボロボロだった服は、何度か空に掴まれた際、強引に引き千切って緊急回避した所為で、彼女はもはや下着姿と言っても過言ではない有様であった。
(……このまま、では)
そうして見守っている中、護の脳裏を掠めたのは……以前見せられた悪夢だった。
身体が動かないままに二人の少女の殺し合いを見せ付けられ、結果は二人の相討ちに終わり。
そして動けなかった護は抗う術も無いままに、ただ妖たちの餌食となる。
──まさに今の状況と同じ、である。
唯一違うのは、あの夢の中では足を縛られていたのと脱臼のため物理的に身体が動かなかったのに対し……今はただ恐怖という精神的な楔が撃ち込まれている所為で、身体が動かないというだけである。
(つまり、動かせるってことじゃないですか!)
護はそう内心で叫ぶことで、恐怖に竦む己を奮い立たせ、前へと踏み出そうと足先に力を籠める。
だけど。
──怖い。
──逃げ出したい。
そんな彼の意思とは裏腹に、護の身体は全力でそんな悲鳴を上げ続けており、指一本たりとも動かせそうにない。
二人を止めようと考えている筈の理性も、今護が行おうとしている行動がただの自殺行為であり如何に馬鹿げているかを全力で訴えてくる始末である。
……それでも。
(あの二人が死んでしまったら、ボクはまた、ゆっくりと眠ることさえ出来なくなる)
……そう。
ようやく悪夢に苛まれない眠りを手にした護にとって……それは耐え難い最悪の事態だった。
怖いし痛いのもイヤだし、今も恐怖で身体が震えてどうしようもないけれど。
ようやく眠れるようになって、やりたいことも色々思いついてきて。
正直言って、「死ぬのなんて絶対にイヤだ」と思っているけれど。
それでも……
──それでも……眠気に必死に耐え続け、生きているかいないか分からないような毎日をただ送る日々に戻ることは、文字通り『死んでもイヤ』だった。
そう考えると……護の身体から震えが自然と消えていた。
恐らくではあるが、これこそが『覚悟が決まった』、ということなのだろう。
先ほどまでの手指に力が入らない感じもなく……脚も爪先までしっかりと動く。
「あ、ぁああ、あ」
息も出来る、声も出せる。
……だったら。
「ふぅううう」
息を大きく吐くと、顔を上げる。
「……随分と、てこずらせた、わね」
「……ふふ。
動物ってのは怪我をする外敵とは、基本的に争わないそうですよ?
なら貴女は動物以下ですわね」
彼の眼前では少女たちの争いがちょうど最終局面を迎えていた。
両者ともダメージの蓄積と疲労の極限で、もう小細工も駆け引きも出来ないのだろう。
空はトドメとばかりに己の膂力を最も生かす形の一撃を……ただ大きく左拳を振りかぶり、力と速度に任せた一撃を喰らわせるつもりでいたし。
対する小鳥遊生徒会長は前傾姿勢を保ったまま、折れて捻じ曲がって先の尖った鉄の棒きれを右手一本で水平に構え……全力で突きを放つ姿勢だった。
空の拳が直撃すれば生徒会長の端正な顔はコンクリートに直撃したスイカの如く潰れてしまうだろうし、生徒会長の持つ幾度も衝撃を受けたことで尖ってしまった鉄の棒の切っ先は、空の身体であろうとも容易く突き破ってしまうだろう。
それが分かっていながら。
いや、それが分かっていたからこそ。
「止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
護は、二人の間に身体ごと飛び込んだのだった。
……そして、衝撃は一瞬だった。




