~ 第四章その4 ~
「……小鳥遊生徒会長?」
5日ぶりに見る生徒会長の思っていたよりも元気そうな様子を見て、護は少しだけ安堵しつつ声をかける。
彼としても、落ち込んだままの彼女を放って帰ってしまったのは……あの日から彼女が姿を見せなかったこともあり、ずっと気になってはいたのだ。
とは言え、だからと言って彼女の家を訪ねるとか、そういう具体的な行動に起こすほどには親しくなかったため、ただ「気がかりが心の片隅に残っていた」程度でしかないのだが。
ただ、そうして声を出した瞬間、彼は自分の右腕に張り付いたままの鬼敷空という少女のことを、そして彼女とこれからナニをするつもりだったかを思い出し……
「いや、あの、これはっ!」
半ば反射的な行動として、右腕に張り付いたままの少女を振り解こうとする。
尤も、世間体を気にする護とは異なり、妖を喰らう少女の方には少年から離れる理由など何一つない。
空は護が暴れるのをものともせず、彼の右腕を抱きかかえたまま、眼前に立ち塞がった邪魔者を鬱陶しげに睨み付けていた。
「もう貴女に出る幕なんてないと思ってたけれど、生徒会長様?」
明らかに挑発と思える声色で、空はそう告げる。
彼女の顔に浮かんでいるのは、鬱陶しい虫けらが飛んできたかのような苛立ちでしかなく……そこには同等以上の好敵手が戦いを挑んできたときのような、警戒する様子は欠片も見られなかった。
それも空にしてみれば当然で、腕力は鬼の血を持つ彼女が圧倒的に上、しかも彼女は『妖を喰らう』という護が眠るために絶対に必要な能力を持ち合わせているのだ。
合歓木護が必要とする度合いでも、生物としての戦闘力でも、小鳥遊生徒会長では彼女には太刀打ちできない。
だからこそ、空は生徒会長を完全に見下していたのである。
「……ええ。
先日までの私なら、ね」
……だけど。
先日の敗北でそれを知っている筈の生徒会長は、ただ不敵に微笑むだけだった。
その不敵な態度を怪訝に思った護は、改めて彼女へと視線を向ける。
婦女暴行にあったかのように制服は破れ、中学生が身につけるにしては豪華な真紅の下着が見えているし、艶やかで綺麗だった髪は酷く暴れたかのように乱れまくっている。
それでも、彼女のその姿は痛ましいとか不恰好などとは表現出来ないだろう。
……大きな胸を堂々と張り、自信満々で笑みを浮かべる彼女を見たならば。
その時、不意に護は気付く。
薄暗い公園だから分からなかったのだが、生徒会長の足元にボロ雑巾のようなボロボロの大きな布切れが転がっていることに。
「……う、うぅうぅぅ」
それは布切れなどではなく……恐らくはまだ生きているであろう人間であると護が気付いたのは、その布切れが僅かに身じろぎをし、呻き声を上げたお陰だった。
「もしかして……榊原、先生?」
「ええ。
嫌な気配を発してたから、ちょっと挑発してみたらいきなり襲い掛かってきたのよ。
色々と試してみたから静かにさせるのにちょっと手間取ったけど」
事も無げにそう言い切った彼女は、鬱陶しげに身体の埃を払ってみせる。
彼女には、護のクラス担任をボロ雑巾のようにしたことに対する良心の呵責や後ろめたさは欠片もないらしい。
尤も、彼女の口ぶりからすると、榊原先生自体が婦女暴行を行おうとして返り討ちにあっただけのようだから、護自身、あまり小鳥遊生徒会長の行動を批難する気にはなれなかったが。
生徒会長のボロボロの格好や隠そうともしない下着を目の当たりにして、護は彼女が襲われている様子をつい連想してしまい……その所為か、女性として随分と成熟している彼女自身の肢体から目が離せなくなってしまう。
そうやって色欲混じりに眼前の美少女の身体をじっくりと見ていた護の視線は、当然のように護を見つめる生徒会長の視線と絡み合う。
「……だ、大丈夫、だったんですか?」
視線が合った瞬間、胸中に渦巻いているどす黒い色欲を見透かされたかのような気がした護は、誤魔化すかのようにそう問いかける。
「ええ、服を破られた程度だったわ」
そんな護の下心から来る動揺を嫌がるどころか、むしろ楽しむかのような彼女は、そう微笑むと……未だに彼女の胸元や肩から視線を離せない少年に近づいていく。
「……どういう、つもり?」
とは言え、この場にいるのは護と生徒会長の二人だけではない。
もう一人の当事者である鬼敷空という少女は、当然のことながらそんな小鳥遊生徒会長の挑発的な行動を黙ってみている訳もなく。
鬱陶しそうだっただけの空の視線は、今や「縄張りに入り込んだ邪魔者」を睨みつける殺意混じりの視線へと変わっていたし……彼女の細身の身体は、いつでも飛びかかれるよう、心なしか前傾し、僅かに腰を下ろしていた。
……だけど。
そんな戦闘態勢を取る好敵手の様子を見た小鳥遊生徒会長は、警戒をするでもなく僅かに微笑むと。
「こうする、のよ!」
そう言って、護の顔を引き寄せ……
「わぷっ!」
自らの……中学生にしては豊満な胸元へとかき抱いたのだった。
「なっ!
何をっ!」
突然獲物を奪われた肉食獣のように……事実、自らの腕で絡めとっていた筈の少年をかすめ取られた空は、柳眉を立てて爪を剝き……その邪魔者を排除するために飛びかかるべく、更に腰を一段と落とす。
とは言え、彼女の位置から略奪者を……護の頭蓋を抱いたままの生徒会長を攻撃することは、奪い返すべき対象をも傷つけてしまうことになるのが明白であり。
流石の空もそこまでは理性を失っていなかったらしく、腰を落として獲物に飛び掛る体勢のまま、歯噛みするばかりだった。
一方、護の方は隣の席の少女とは全く別の理由で動けなかった。
(な、ななな、何だ、コレ。
何だこれはっ?)
何しろ、柔らかいのだ。
何しろ、暖かいのだ。
何しろ、いい香りがするのだ。
そういう、頬に押し当てられた暖かで柔らかに頬を押し返す確かな感触と、鼻腔を擽る良い香りが突然降りかかってきた動揺が重なり、護は完全に固まってしまい動けない。
いや、むしろその頬に当たる柔らかな感触を、頬だけでなく手や唇でも味わいたいという衝動を押し留めるのに精一杯だったと言うべきか。
何しろ、現在の暫定的な彼女である空とは明らかに違っている、大きく存在を主張しているソレはまさに凶器であり……護は完全に逃亡の意思を奪われていた。
その膠着状態が、凡そ一分ほど続いていただろうか。
「5日間、遠縁の寺で修業して、ついでに貞操の危機を晒した甲斐はあったわね。
……こんなものなの?
簡単じゃないの、妖狩りなんて」
突然、小鳥遊生徒会長はそう笑うと……先ほどまで護の頭蓋を抱きしめていた右手を天高く突き上げる。
「「なっ?」」
その右手を……いや、その右手に握られていたモノを見て、護ばかりか空もが思わず驚愕の声を上げていた。
何しろ、彼女の白く細く陶磁器で精巧に作られたかのような手の中に、単一電池ほどの太さの……巨大な薄ピンク色のコウガイビルのような生き物が鷲掴みにされてピチピチと暴れていたのだから。




