~ 第四章その1 ~
恋愛ゲームのルート選択と違い、誰かを切り捨てたから即、誰かを選んだことになるかと言うと、そうはならないのが現実であり。
生徒会長に背を向けてから5日間が経過したというのに、護は未だに鬼敷空に対して何の返事も出来ずにいた。
「こうして独占企業による寡占状態はろくな結果を及ぼさなかったことは、アメリカのウォルマートを例にすれば分かる通りだ。
事実、あの国は世界一というGDPを誇る世界最高の国家というイメージが強いが、その実、買い物難民という言葉があるほど、庶民の生活が常に豊かであるという訳でもない」
今も、合歓木護少年はこうして今日最後の授業中に榊原先生の話を聞き流しながらも、隣の席で机に突っ伏したまま授業を聞く気すら欠片も見せない、隣りの席の鬼敷空という少女に対し、どんな言葉を告げようかと悩んでいる訳だが。
(と言うか、何を言えば良いんでしょう?)
残念ながら5日間を費やしてなお、少年の思考回路はそこから一歩たりとも前進していなかったのである。
──付き合う、彼氏彼女、恋仲、恋人、カップル。
等々、男女間を言い合わらず言葉は確かに無数存在する。
加えて、ドラマや映画、漫画やアニメ、噂話等々……そんな語彙などよりも遥かに多く、男女関係についての情報は世の中に溢れ返っているのが実情だった。
そして、彼の境遇を考えれば当たり前の話ではあるが、合歓木護には今まで男女交際をした経験がなく……更にはクラスでも孤立し親しい友人もいないため、友人から伝わってくる知識もそこまで多くない。
一応、彼は眠気覚まし兼暇つぶしにドラマや漫画などは散々目を通し、知識だけはそれなりにあるのだが、それでもそれらのメディアから彼の現状を解決するのに有効な知識を得られるかと言えば、そんな筈もなく。
(何をどう言えば、彼女の機嫌を損ねずに済むんでしょう?)
……早い話、合歓木護という少年は、男女交際を行ってでも鬼敷空という少女を手元に置いておきたい……いや、置かなければ生きていけない身なのだ。
だけど厄介なことに、彼は鬼敷空という少女に対して感謝と依存心こそあれど、男女関係で言うところの恋愛感情など皆無に等しい。
いや、そもそもの話、あの社会性が大きく欠如した鬼敷空という少女が「まっとうな男女関係や恋愛関係」を求めているかどうかもどうかも疑わしく。
それ以前の問題として、まだ14年しか生きていない少年にとって、生きている芋虫を頭からかぶりつく少女に対して愛を囁くのは難易度が高すぎた。
だから「愛している」だの「好きだ」などの定番の言葉は使えない。
(……正直に言えば良いって気もするんですけど)
「そんな身も蓋もない打算で男女交際を開始して良いか?」という葛藤を、未だ護少年が抱えていること自体、彼の悩みが何時まで経っても解決しない最大の要因だった訳だが。
(そもそも……こんな悩みなんて、所詮は茶番、ですけどね)
護は自分の現状を再度思い返すと、自嘲気味に内心でそう呟く。
大体、妖に憑かれた所為で眠れぬ少年と、その妖しか食べられない少女の間に、普通の男女交際なんて望める訳もない。
勿論、そんな当たり前のことなど、護自身が一番良く分かっていることだった。
……だけど。
(せめて、男女関係くらいは、人並みに……)
護は昨日の今日まで普通からかけ離れた人生を送ってきた少年ではあるものの……最近は隣の席の転校生のお陰もあり、いつでも快適とは言い切れないものの、人並みの睡眠時間は何とか手に入れている。
皮肉にもその所為で、少年は男女交際くらいは普通に……いや、せめて『普通の体裁を装う』程度のことはしたかったのだ。
「つまり、企業が常に競争を強いられる状況の方が、消費者としてはありがたいわけだ。
勿論、競争をさせられている企業の方にとってはたまったものではないのだが……そこはそれ、今の私たちは消費者としての立場でしか物は言えないのだからな」
(……だからとって、このままという訳にも)
5日前のあの日。
護としては小鳥遊生徒会長を振り切り、「鬼敷空という少女を選んだ」のだ。
例えそれがあの居心地の悪い場所から逃げるためであっても、転校生からの求愛に応えた訳ではなく、ただ自分の眠りを確保するという自己中心的な理由であったとしても。
あの日以来、生徒会長はずっと休みを取っているようで、護としては非常に心苦しいものがある。
だからと言って、彼女を振った形になる少年に何かが出来る訳でもなく。
それにしても……
(……勿体なかった、ですかね……)
小鳥遊生徒会長の姿を思い返した護は、思わずそう嘆息せざるを得ない。
未だに黒いセーラー服を着続ける隣の転校生がいなければ睡眠もままならない護にとって、生徒会長と付き合うことを選べないくらい、分かり切っていることである。
だから、あの日、護が何度同じ選択肢を突きつけられたとしても答えは同じだったに違いない。
そういう意味での後悔は、彼には欠片も存在していない。
……だけど。
つい、考えてしまうのだ。
何しろ、授業中だというのに大口開け、涎をたらして夢の世界で大冒険を満喫しているだろう隣の席の少女は、どっからどう見ても「彼の求める恋人像」からは乖離しまくっており。
有り体に言うならば、満腹で寝ている野生の肉食獣、贔屓目に言っても近所に住む野生の猫が限界であり……少なくとも、文明的な色気の気配はゼロなのだから。




