~ 第三章その13 ~
「貴方たち!
一体何をしているのですか!」
「……生徒会長」
川沿いの公園にいた護と空……二人の前に突如現れたのは、生徒会長である小鳥遊祐子だった。
夜の川沿い、しかもホテル街近くの公園という、中学生からは思いっきり縁遠い筈の場所に突如現れた小鳥遊生徒会長の姿と、凄まじい肺活量で発せられた金切り声に、護は失いかかっていた自制心を取り戻していた。
「……ちっ」
不意に護は、獲物を取り逃がしたかのような舌打ちを近くで聞いたような気がしたが……生憎と凄まじい形相で迫り来る生徒会長の姿があまりにも恐ろしく、弁明を考えるのに精一杯だったため、彼にはその音を追求するような余裕など存在していなかった。
「貴方たち!
このようないかがわしい場所で暗い中、二人きりで一体何をするつもりだったのですか!
そもそも学生の本分は勉強であり、今後の社会生活においての一般知識を身につけることこそが大切なのです!
大体、私たちの年齢だと未だに女性の身体は妊娠や出産に耐えられるだけの成長を遂げてないのが通説なのです!
それなのに、子供がどうとか、もう少し一般常識と恥を知りなさい!」
小鳥遊生徒会長自身は「至極当然のこと」を言っていたものの……怒りのあまり声が完全に裏返ってしまい、更には余りの剣幕で矢継ぎ早に言葉を連ねるものだから、非常に聞き取り辛く……どこぞでヒステリーを起こしているお局さんと大差ない有様であった。
いや、そもそも……
(何故、ボクたちが話していた内容、知ってるんでしょう?)
という疑問が、護の脳裏に浮かんでしまうくらい、生徒会長の叫びは彼らの関係を知り尽くしたものだった。
ついでに言うと、幾ら護を探していたとは言え、こんな場所にピンポイントで現れることなど、後をつけていた、もしくは何らかの位置情報を察知する手段を持っている以外、あり得ない訳だったのだが……生憎と護は現在進行形で問い詰められている最中であり、その疑問を深く追求するほどの余裕は持ち合わせていなかった。
実のところ、小鳥遊祐子の持つ人外級の身体能力を持ってすれば、数百メートル先で交わされる会話を聞き取るくらいは余裕であり……護があれほどに叫びを上げまくったことが、居場所を悟られた理由だったのだが。
閑話休題。
「最近、急激に進んでいる我が校の風紀の乱れを懸念し、夜の街の見回りをしていて正解でした。
我が校の生徒に対して退学措置などという真似はしたくありませんから」
どうやら叫んでいるうちに落ち着いたのだろう、彼女の声はいつの間にか平静を取り戻し、会話が可能な声量と速度になっていた。
とは言え……最初の剣幕に怯えていた護も、もう気付いていた。
彼女の声はただ延々と常識を語るだけの言葉でしかなく、語っている本人すら何の意味もない言葉の羅列を並べているだけ。ということに。
要するに、小鳥遊生徒会長はただ延々と建前を並べて自己弁護をしているだけに過ぎなかったのだ。
……そう。
いくら正論で言葉を飾っていても、生徒会長の本音はただ一つ。
──自分の獲物に手を出すな。
表面はいつも通りなのに、声色も普段通りなのに……彼女の全身から放たれ続けている隠しきれない殺気と怒気が、彼女のそんな本音を雄弁に語っている。
(な、何だ、これ……)
そして、幾ら悪夢で慣れているとは言え、ただの中学生でしかない護にとって、その殺気に抗う術などある筈もなく……少年は知らず知らずに気圧されてしまい、言葉すら発せない。
……いや、指先一つすら動せずにいた。
ヘビに睨まれたカエルが身動き取れないままに呑まれてしまうというのは、こういうことだろうと分かってしまうほど、その威圧感は凄まじく。
護と生徒会長の間に横たわる大きな溝を……恐らくは餌でしかない護と、捕食者である妖の血が混じっているという生徒会長との間にある『生物種としての決定的な断絶』を雄弁に語っていたのである。
……だけど。
「ふふふ。
だからって、何か出来るって言うの、生徒会長様は?」
同じく妖の血が混じっているらしき鬼敷空に対しては、同種からの威圧など何の効果もありはしない。
「ご立派な生徒会長様でしたら、さぞかし護くんに色々としてあげられるのしょうね?」
慇懃無礼とでも表現するべきなのだろうか。
年上である生徒会長に対し、表面上だけは敬意を払っているような態度で、年下の転校生はそう問いかける。
「勿論よ、私は彼に何でも与えてあげられるわ。
財産、成績、地位、名誉。
将来の幸せや努力するに値する人生でさえも!
この私と共に生きるのだから!」
堂々と胸を張りながら叫ぶ彼女の言葉通りになれば、確かに素晴らしいのだろう。
全てにおいて人類を卓越している彼女と人生を共にするならば、他の誰もが羨むような、何もかも手に入る人生を送れるに違いない。
──それら全てを『ただ与えられることしか出来ない』という絶望の中で、ではあるが。
望むものを望む前に渡され、自分が何一つ行動する前に、彼女が何もかも叶えてしまう。
何一つ充実も充足も感じない人生を、何の望みも持てない幸福の中で生き続けさせられる。
小鳥遊祐子という少女が欲しているのは、そんな状況下で護が抱くであろう絶望そのものであり、彼女はその為には何もかもを惜しまないと語っているのである。
そして、彼女の本性を知ってしまった護は……その本音を知ってしまったからこそ、ついつい複雑な表情を浮かべてしまう。
彼女が向けてくれるのが「普通の人間的な好意だったら」と、どうしても考えてしまうのだ。
「ふ、ふふふ。
あはははははははははは」
……だけど。
空は生徒会長のそんな言葉に耐え切れなくなったのか、突然笑い始めていた。




