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くうねるあそぶVer4.0  作者: 馬頭鬼
~ 第三章 ~
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37/53

~ 第三章その11 ~


「……でも、どうして(・・・・)?」


 空との会話を続けている内に……いや、今までの人生で何度も自問自答した『その質問』を護は少しだけ躊躇しつつも……暗い笑みを浮かべ続ける少女に向け、尋ねてみた。

 その問いこそは、悪夢によって苦痛と恐怖を味わう度にしてきた自問自答だった。

 その答えを被害者である少年自身が知っている筈もなく……そしてまた、それを答えられる人間も誰一人として存在しなかった。

 同じ年頃の……いや、生きている人間ならば誰しもが睡眠に使う筈の、とてつもなく長い時間を、延々と考え続けてきたその問いである。

 ようやくその答えが得られるかもしれないという期待に、護は知らず知らずの内に空の方へと一歩、脚を踏み出していた。

 ……だけど。


「美味しいから、じゃないかな?

 そして、人間が(・・・)愛しいから(・・・・・)」


「だから、どうしてその二つが両立しているんですか!」


 その答えは、護が期待したものと大きくかけ離れており……そして、彼には理解が全く及ばない、どころか完全に想像の埒外だったこともあり、少年は思わずそう絶叫してしまう。

 そんな、困惑と嘆きの混じった護の叫びを聞いた空は、一瞬だけ愉悦に顔を歪ませたものの……すぐに平静を取り戻していた。

 眼前の少年との関係が彼女の食糧事情と密接に関係している以上……空が『人外の感性』の赴くままに、護をこれ以上追い詰めてしまい、この関係が途絶してしまうことは即ち、少女の未来が飢餓地獄と直結しているから、である。

 文字通り命がかかっている場面において、愉悦と気分に突き動かされて無駄に危険を冒すほど、この空という少女は愚かではなかったのだ。


「勿論、コレは私の予想でしかないんだけど」


 そんな前置きに少年が頷いたのを見て、化け物を喰らう少女は言葉を続ける。


「アレらの大半は雌雄の別のない、分裂や出芽で増えるみたい。

 一度、食べている最中に邪魔が入ったときは、その数日後には残りの残骸が何匹かに増えていたから」


「……ええ」


 あまり想像したくない表現に、護は思わず顔を歪めてしまう。

 目の前の少女がどうやってアレを食べるのかを知っているだけあって、想像は非常に容易く……だからこそ少年はその食事の状況を鮮明に想像してしまい、湧き上がって来る嫌悪感を隠せなかったのだ。

 そんな吐き気に歪んだ護の顔を見た少女は、若干顔を赤らめながらも……それを楽しんでいる状況じゃないと首を振り、すぐさま話を続ける。


「そんなアレらが繁殖するとき……つまり殖えるときは、ただその辺に生み捨てるんじゃなくて……最高に(・・・)美味しい(・・・・)相手(・・)に、自分の(・・・)分身を(・・・)預けて(・・・)立ち去っていく(・・・・・・・)のよ」


「……それが、何ですか?」


「だから殖えようとする場合は特に、自分の一部を預けても安心できるほど、良い栄養を持つ苗床が必要になってくるのよ。

 それってある意味、愛情と同じ(・・・・・)でしょう?」


「どこがっ!」


 化け物を喰らう少女が淡々と告げるその論理は、残念ながら護少年にとってはさっぱり理解できるものでなく……気付けば彼は全力でそう叫んでいた。

 空自身は目の前の愛しい少年が何故怒鳴っているのか理解出来ずに首を傾げたまま……それでも言葉を続ければ理解して貰えるだろうと、説明を続ける。


「だってそうでしょう?

 恋愛とか結婚ってのは、自分の人生とか子供とかのために、『預けるに値する存在』を見つけた上で、それを相手に委ねる契約を交わすことでしょう?」


「……ええ。

 それは、そうですけど」


 愛情とか恋愛感情とか……人がある程度普遍的に持つだろうそういう感情を完全に除いてしまえば、彼女の主張はそう間違ってはいない。

 ……いや、そもそも愛情や恋愛感情というものを、ただ計算と打算だけで言語化したならば、やっぱり彼女の言葉通りになるのかもしれないけれど。

 護は渋々ながらもそれを認め、頷くしかない。

 ……愛情というものにまだ期待している護としては、頷きはしたものの、納得したくはなかったのだが。


「だったら、自分の子供を預けるほど美味しい相手は……やっぱり愛しく思うものじゃないの?」


「だから、どうしてそこで美味しいって単語が出てくるんですか!」


 空の語る理論展開に全く理解が及ばなかった護は、どうしても苛立ちを隠しきれず……またしても声を荒げてしまう。

 その怒声は完全に八つ当たり……今まで少年の身に訪れ続けていた理不尽な苦難への怒りを身勝手にも眼前の少女にぶつけているだけでしかなく……そんな自覚のあった護は、自分の怒声の激しさに思わず怯んでしまう。

 とは言え、その八つ当たりじみた怒りも見当違いの憎しみすらも、妖の血が混じった眼前の少女にとっては何ら不快感を覚えるようなものではない。

 むしろ彼女は逆にそれらを心地良いとすら感じていたものの……流石にこの状況ではそれを面に出しはしなかったが。

 それは兎も角、鬼の血を引くと自称する彼女にとっては何故護が怒ったのかすら全く理解出来ず、首を傾げる始末だった。

 そうして10秒ほどが経過した頃、空はようやく少年が何を理解出来てないのかに思い当たったのか、静かに口を開き始める。


「動物ってのは食べ物をくれる相手を好きになる。

 ……それは分かるわよね?」


「え、ええと?」


 尤も、彼女の中で論理立っていたとしても、護少年にそれが理解出来るかどうかは別問題であり……少年は話について行けず目を白黒させていたが。


「基本的に動物の雌ってのは、身体の大きな雄、縄張りの広い雄を好きになって集まるのよ。

 何故ならば、身体の大きな雄や縄張りの広い雄は、食糧に困ることが少ないから。

 自分の子供を育てるのに有利だからよ」


「それは……動物だからであって」


 空の語る理論の意図は何とか理解出来たものの、それはあくまで知性のない野生動物の話でしかないと、護は言葉を返す。

 だけど、空は首を横に振った。


「人間だって同じよ。

 昔からお金を持った雄に雌が群がるのは、彼らと番えば食べ物に困らず、子供を育てるのに有利だから。

 ……ただそれだけよ」


「でも、愛情……とか、顔とか」


 目の前の少女が発する言葉を必死に否定しようと、護は人間社会に存在するだろう恋愛のルールを口にする。

 だけど、護の短く……更には不眠に悩まされ続けるだけにほぼ全ての時間を費やした人生経験では、言葉に説得力なんてある筈もなく。

 またそれ以前に、彼の眼前にいる少女は人間様とは喰うものが根本からことなる……人間社会から半歩ほど踏み外した存在であり、少年の説得なんて効果がある訳もない。


「顔や愛情が生き延びる上で何の役に立つって言うの?

 そんな下らないことに拘っていられるのは、単純に飢えというものを知らないからよ。

 ……死ぬ寸前まで飢えたなら、どんな雌でも餌をくれる雄に飛びつく。

 そもそも模様とか羽とか、そんな外見の良い雄に群がる雌は、早い話が『模様を綺麗に保つほど栄養に余裕がある雄を選んでいる』だけ。

 それが……生物の真理よ」


 空が言い放った「動物的繁殖理論」に、護はもう返す言葉を持たなかった。

 ……いや、幾らでも言葉は浮かぶ。

 愛情や社会性、人間性とか……言いたいことは幾らでもあった。

 だけど、死ぬ間際まで飢えた経験のない護には、そして誰も理解してくれないほど不眠に悩まされ続けていた護には、彼女の理論を頭のどこかで理解してしまっていたのだ。


「だから、貴方の負の感情を糧とする彼らは……美味しいご飯をくれる貴方を愛おしく思っているのよ。

 人間の雌が媚を売ったり化粧をしたり、雄に好かれようと必死に努力することで、自分と子供を養ってもらおうと画策するように。

 彼らも貴方を必死に苦しめることで、自分と子供とを養って貰おうと、美味しいご飯を貰おうと付きまとってくる訳。

 それは即ち、愛そのものじゃなくて?」


 空という少女の理論は、やはり護にとって完全には納得出来ないものだった。

 少なくとも恋愛感情という人間性を完全に無視し、打算と本能だけで男女関係を語っているのだから、人間である護には納得出来る筈もない。

 だけど彼女の言葉は恐らく……生物学的には間違っていないのだろう。

 護という存在は、彼ら妖たちにとって最高の餌場であると同時に苗床でもあるのだから。

 とは言え、餌であり苗床にされた被害者の立場からしてみれば、その餌に執着する感情を『愛情』と呼ぶことに納得出来る筈もないのだが。

 まぁ、雌雄の差のない生き物に対し、雄と雌に分かれ社会性まである人類の感情をそのまま当てはめようとする……それ自体にそもそも無理があるのだろう。


(まだ、納得出来た訳じゃない、ですけど……)


 護は未だ内心にそんな不満を抱えてはいたものの……それでも、連中にとって彼が大事な存在であることは……成績優秀とは言えない護にとっても何となく理解は出来た。

 そして、鬼敷空という少女が妖と同じであるならば……


「だから、私は貴方が好き。

 一緒にいたいのよ」


「だったら、どうしてボクが嫌がるようなことばかりするんですか!」


 ……そう。

 あまり頭の良くない護にも、妖(あやかし)たちの生態は理解出来た。

 だけど、それならば鬼敷空という少女は、もっと餌場である護に対し好意的に執着しても良い筈なのに……彼女がやっていることはその丸っきり逆であり。

 護が思わず声を荒げてしまうのも、仕方のない話だろう。


「知ってる?

 居心地が良いと動物が感じる場所は、安全な場所か餌が取れる場所だってこと。

 蜘蛛が本能的に昆虫の通り道に巣を張るみたい感じ、かもしれないわね」


「……一体、何の話なんですか?」


 またしても飛んだ空の話に、護は先ほどまでの憤りも忘れてそう問い返していた。

 黒いセーラー服の少女による急激な話題転換の目的が彼の怒りの鎮火にあったかどうかは定かではないものの……少年が話を聞く余裕を取り戻したことを確認した空は、一つだけ息を吐き出すと再び口を開き始めた。


「だから、私は護くんと一緒にいると居心地が良いのよ。

 本能的にそう感じるし、護くんが不快感を覚えるとずっとずっと居心地が良くなるの。

 多分、妖(あやかし)が好む環境になったのを本能的に感じ取っているんでしょうね」


 胸に手を置き、目を閉じながら……自分の言葉の正しさを確かめるような仕草を見せながら、少女は更に言葉を続ける。


「そもそも……人を好きになるって、誰かといると居心地が良いから、というものでしょ?

 だから、私は貴方が好きで……一緒にいたいから、居心地よくなりたいから、つい、色々と、いじめちゃうのよ」


 そう愛を告げる少女の頬は紅潮し、恥じらいの混じる笑みを浮かべたその少女はまさに可憐という言葉が似合うことだろう。

 だけどその実、彼女はただ自身の言葉に眼前の少年が困惑する様子が愉しくて心地良くて微笑んでいるだけに過ぎなかったが。


「それって……好きって言っても結局は、ボクといれば食べ物に困らないから、でしょう?

 だから……」


「ええ、それだけよ。

 でも、それこそが生きていく上の全て、でしょ?」


 そう笑顔で言い切った空の顔は、先ほどまでの愉悦を覚えるような気配もなく、身もふたもない本能からの打算のみを告げる言葉とは裏腹に、心の底からの……文字通り純真無垢な笑みを浮かべていた。

 その笑みを至近距離で見てしまった護は、もう何も言い返せなくなってしまう。

 鬼敷空という少女の動機が何であれ……その微笑みは、彼女の好意が嘘偽りないものであることを雄弁に語っていたのだから。


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