~ 第三章その10 ~
「ま、此処なら少しは静かに話せるかな?」
護の手を取って先導する黒いセーラー服の転校生がそう言って脚を止めたのは、二人が以前に待ち合わせをした川沿いの公園だった。
下校すぐにこちらへと歩いてきたために、まだ日も高く……放課後すぐのため学生の姿は見えず、周辺住民が散歩するには少しだけ早いこともあって、公園内どころか周辺にも人気はない。
また、十分に明るく見通しが通るため、もし誰かが近づいてきてもすぐに分かる……少なくとも二人に気付かれずに声が聞こえる距離まで近づくことはほぼ不可能に近い。
要するに、あまり余人を交えたくない密談をする場合、この時間帯のこの公園は、最高の環境だったと言える。
「何か、コレってちょっとだけカップルっぽいと思わない?」
「……別に」
護はカップルという言葉を聞いて、近くにあるラブホテル街を少しだけ意識しながらも、学校での騒動が尾を引いている所為か、あまり余計な雑談をする気分でもなく……だからこそ彼はそんな素っ気ない言葉を返してしまう。
その返答を聞いて、眼前の少年にあまり余裕が無いことに気付いた空は、肩を軽く竦めると茶化したような表情を消し去り、口を開いた。
「と言っても、そう複雑なことでも、面倒なことでもないわよ?
ただ私が、護くんを好きになった、それだけ」
「だから、何故なんですか!」
空自身は真剣な表情で行為を口にしたものの……残念ながら護にはそれを信じることが出来ず、そう声を荒げるばかりだった。
何しろ眼前の少女は愛の告白をしながらも、全く頬を染めるような様子もなければ……それを告げることに対する躊躇いも恥じらいも存在していなかったのだ。
それどころか、少年が困惑するのを見て楽しそうに笑っていたくらいであり……元々、悪夢に苛まれ続け自己評価が非常に低い護少年にとって、眼前の少女からの愛の告白を「信用に値しない」と断じても仕方のないことだったのだろう。
「そう言われても、こんなのの理由なんて、何となくとしかないんじゃない?」
少年の問いかけに対する空の答えは、そんな曖昧なものだった。
その曖昧な回答こそが、変に理路整然とした言い訳がないことこそが、彼女の告白が本物である何よりの証拠ではあるのだが……。
生憎と恋愛沙汰にとんと疎く、疑心暗鬼にも囚われている護にとって、それはただ彼を困らせるための嘘程度にしか思えず……だからこそ、彼の不審は更に募るばかりであった。
「普通、好きだったら、もっとこう、色々あるでしょう?
でも、空さんの行動は全てボクを困らせようとしたりっ!
人前であ、あんなことをしたりとか!
そんなので好きって言われても納得出来ませんよ!」
内心で積もり続ける疑惑に突き動かされるがまま、護は叫ぶ。
それは制御できない感情からの発露であるが故に、少年の本心そのものだった。
普段から精神科医など目上の相手と話し慣れ、なのに信じてもらえない日々を送ってきた少年が珍しく吐露した、心の底からの叫び。
それを聞いた空は……
「ふふふふ。
あははははは」
場違いにも、そう笑ったのだ。
「な、何がおかしいんですか!
ボクは、真剣に!」
心の底から楽しそうに笑い続ける少女の声を聞き、またしてもからかわれたと思いそう激昂した護だったが……
「だって、それ、普通の人の話でしょ?
私を何だと思っているの?」
少女が何気なく口にしたその一言は、少年が言葉を失うのに必要にして十分な説得力を持っていた。
……そう。
彼女は、妖という化け物を喰らう化け物なのだ。
そのお陰で護はゆっくりと眠れる夜を手に入れたというのに……どうやら平穏過ぎる日々を送る内に、彼はそんな当たり前のことまでもすっかり忘れていたらしい。
──ゆっくり眠れるようになった所為で、気が緩んでいたのだろう。
そのことを気付かされた以上……眼前の少女が化け物を喰らう常識外の存在だと再認識させられた以上……彼女を責める言葉なんて、もう護の中には存在していなかった。
「……ねぇ、護くん。
妖ってのは、何だと思う?」
先ほどの問いによって護が意気消沈したことに気付いたのだろう。
少しだけ優しげな声になって空はそう尋ねる。
「分かりませんよ」
そんな彼女の問いに対し、護は憮然とした表情でそう吐き捨てた。
それこそは紛れもなく、少年が物心ついてから今日にいたるまで延々と心の底に抱き続けた疑問でもあったのだ。
──分かっていれば対処も出来る。
──知っているなら納得も出来る。
……だけど。
知りもしない相手に好かれ、好かれた挙句に訳の分からない理由で苦しめられるなんて……納得が出来よう筈もない。
「まぁ、私もそんなに知ってる訳じゃないんだけどね。
ただ、まぁ、分かっていることと言えば……妖ってのは、人の負の感情を食べて育つ、この世と少しズレた場所にいる生き物、って感じかな?」
「……ズレた場所?」
「……そ。
何と言うか、今いる場所がスクリーンの中としたら、そいつらは裏側にいるって感じ……かなぁ?」
説明している最中に自分でもよく分からなくなったのか、空は首を傾げ始める。
現実問題として彼女からしてみれば、分かりやすく言語化出来る程には、あの手の化け物について調べたこともなかったに違いない。
──ただ、そこにソイツらが居るから捕まえて食べる。
事実、彼女がやっているのは、ただそれだけなのだ。
肉食獣が獲物を食べるのに理由なんてないように、蜘蛛が網を張ると何故獲物が捕まってくれるのかなんて考えないように……ただ彼女はそういう生き物を食べざるを得ず、そしてただ本能的にそういう生き物を捕まえることが出来る。
空にとっては本当にただそれだけのことであって……「一々人間の言葉で表現出来るようなものでもない」、というのが実情なのだろう。
「ま、そういう訳でアイツらは人間に寄生して、負の感情を引き出すのよ。
恐怖・嫌悪・怒り・性欲・絶望・嫉妬・怠惰・苦痛。
色々と見てきたけど……憑かれた人間はろくな結果になってなかったわね」
過去、餌に憑かれていた人がどういう状況だったかを思い出したのか、化け物を喰らう少女は薄暗い笑みを浮かべて、そう語る。
まだ年端もいかぬ彼女が自分と人間とを完全に隔離して考えるくらいには、憑かれた連中というのは愚かしく、そして彼らの末路は本当に救いようがなかったのだと思われる。




