~ 第三章その9 ~
「どういうつもりなんですか!」
授業開始前に空が告白めいた言葉を口にした、その日の放課後。
授業が終了したと同時に教室から全力で駆け出した二人は、駅前まで全力で走り続けることで級友たちの追及の手を何とか逃れることに成功していた。
そうして周囲に顔見知りがいないことを確認するや否や……護は人目も憚ることなく、そんな叫びを上げたのだった。
護自身に「からかわれているだけ」という確信があっただけ、彼にしては珍しく声に怒りが篭っていた。
休み時間が来る度に、野次馬根性丸出しの級友たちに延々と付きまとわれ……たった一言で終わるこの質問を口にすることすら叶わなかったことが、彼の怒りに拍車をかけているのかもしれない。
……だけど。
そんな怒りの視線を向けられた空は、ただ微笑むだけだった。
しかも、走って来た所為かそれとも別の理由か……頬を紅潮させ、楽しそうな笑みを浮かべていて。
「……分からないの?」
「分かりませんよっ!
ボクなんて、空さんにとっては、化け物を呼び寄せる、ただの餌じゃないですか!」
空のその問いかけに混乱し、護は必死に頭を振って、それでも自分の思いの丈を叫ぶ。
しかしながら、その苦悩と困惑に満ちた彼の姿こそ……空の理性にトドメを刺してしまう、最悪の毒薬だった。
「ふふ、そうね。
……そうだけどね?」
意図せぬ形で理性を剥ぎ取られた妖を喰らう少女は、そう頷きつつも……眼前の少年を『餌である』と認めつつも、それだけではないと言外に含ませ、そう告げる。
そして、その意味を護が理解する前に……
「私にも妖の血が流れているのよ?」
そんな言葉を紡ぐ。
それこそが、鬼敷空という少女の、告白に対する答えだった。
……そして。
思いの丈を口にしたことで、感情が高ぶったのだろう。
駅前で、しかも先ほどの護の叫び声によって周囲の人たちから全力で注視されているにも関わらず……空は衝動の赴くまま少年の顔を掴むと、その唇に口付ける。
数日前、生徒会長による暴挙とまるっきり同じその行動に、護は狼狽え硬直してしまったものの……流石に二度目となると多少の免疫はついていた。
コンマ7秒ほどで我に返った護は、吸い付いたままの空の小さな唇を何とか引き剥がそうと、空の身体を突き飛ばすため両の腕に力を込める。
「……ん、んんっ?」
……だけど。
いつか見た夢の中と同じく、空の細腕はその貧弱極まりない外見とは裏腹に、機械仕掛けかと疑ってしまうほどびくともしない。
早い話が、生徒会長の時と同じように……護の貧弱な腕力如きでは、彼女たち妖の血が流れているという人外の膂力を前にしては、抵抗することすらも叶わなかったのだ。
「んんんんっ!」
そうしている内に、少女の舌が少年の口内に入ってきた。
まるで場所と相手とを変えて『あの時の再現』をさせられているような気分になった護は、必死に身体を捻り、眼前の捕食者から逃れようともがく。
とは言え当然のことながら、絶望的なまでの彼我の力の差が変えられる筈もなく……護は彼女の舌による蹂躙をただ受け入れることしか出来やしない。
そうして護がジタバタと暴れるのに疲れた頃、ようやく気が済んだのか空は彼の顔を離してくれた。
「ど、ど、どどどどどどどうひうつにょりでしゅか?」
ようやく口が自由になった護は、慌てふためいた様子で全力でそう叫ぶ。
それもこれも、観衆のど真ん中でキスをされて思いっきり注視されている羞恥と、突然唇を奪われた衝撃と、そして、全く意図しなかった相手からの告白と求愛……と言う名の暴挙への驚愕と。
それら幾つもの感情が混ざり合ったことにより、護少年は思考力の容量をあっさりと使用し尽くしてしまい、見事なまでに混乱し切っていて……自分が一体何を叫んでいるのかすら分からない有様であり。
事実、彼の口から放たれた言葉は、混乱のあまり噛みまくっていて、まっとうな日本語とは言い難い代物であった。
「だから、私も彼女と同じよ。
私にも、妖の血が混ざっているのよ」
そして、護少年が必至に告げた問いに対しても、空少女の応えはそんな……彼女にとっては必要十分な理由かもしれないが、護からしてみれば明らかに言葉足らずの理由でしかなく。
「……だから、どうしてっ!」
さっぱり彼女の意図が理解出来なかった護は、その苛立ちに突き動かされて思わず叫んでいた。
その様子を見た空は、「自分の気持ちを分かって貰えそうにない」とようやく理解したのか、面倒そうな溜息を一つだけ吐き出すと。
「はいはい、分かったわよ。
説明するわ」
そう呟いて、護の方を振り返ることもなく、さっさと歩き出したのだった。
「ど、何処へ?」
「此処じゃ話し辛いでしょう?
私は兎も角、護くんは」
慌てた護の問いに返って来た空の言葉は、意外にも実に尤もな代物だった。
放課後の……夕日もそろそろビルの合間に沈もうとする時間帯の、しかも人通りの多い駅前で色々とやらかしたものだから、彼ら二人は現在進行形で酷く注目を浴びている。
いや、少女が告げた通り、彼女自身はそんな些事など欠片も気にするタイプではないだろうけれど……化け物と関わる身でありながら、迂闊にも一般常識を持ち合わせてしまっている護にとっては、周囲から不躾に向けられる好奇の視線になんて耐えられる筈もなく。
護は仕方なく頷くと……この場から離れ人目を避けるべく、少女に促されるがままに歩き出したのだった。




