~ 第三章その7 ~
「……私の、勝ち、ね」
動けない護の眼前で行われた殺し合いは、確かに鬼敷空という少女の勝利に終わった。
……だけど。
心臓を貫かれた少女もまた、そう勝ち誇ってはいても無事ではなかった。
返り血と自らの流血に濡れ、もはや血に濡れていない箇所がない身体を引きずって、一歩二歩三歩と護の方へ脚を運び……
そこで力尽きたかのように床に崩れ、もう動かなくなる。
──そして、この教室内からは、護以外の物音を発する全ての存在が消え失せた。
周囲には噎せ返るような血の匂いが充満していて、夢の中で血の匂いをさんざん嗅ぎ慣れている護でさえ吐き気を催すほどの有様である。
「あ、あ、あ、ああああああああああ!」
夢だと分かっていても。
こんな非現実的なことなど起こる筈がないと分かっていても。
それでも護は叫ばざるを得ない。
自分の所為で、形はともあれ彼を慕ってくれる少女が二人、こうして凄惨な最期を遂げてしまったのだ。
「畜生っ!
夢なら、もういい加減っ、醒めてくれ。
……お願いだからっ」
そして、嘆きのあまり使い慣れた敬語を使うことも忘れ、そう吐き捨てながら、ただひたすらにこの悪夢から覚めることを祈り続けていた護は、不意に気付く。
彼の周囲に少女たちがまき散らした鮮血や、少女たち自身の亡骸の上をゆっくりと……いつか見たあの気色悪い化け物たちが、彼の方へと近づいてきていることに。
「く、く、来るなっ!」
そんな化け物を睨みつけながら、少年は叫ぶ。
護はにじり寄って来る化け物共を前に、ただ叫ぶことだけしか出来なかった。
何故ならば、肩を外されたままの両の腕は全く動かず、未だ縛られたままの両足では立ち上がることさえ叶わなかったからだ。
……そして。
動けないままにじわじわと。ゆっくりと。
ソイツらは這い寄ってくる。
悪夢を見せるマクラガエシ。
憤怒を呼び起こすカンノムシ。
性欲を増幅させるパウチカムイ。
全身の気力を根こそぎ奪うヒダルガミ。
宿主を不運の極みに叩き落とすケバタケ。
姿かたちは色々あれど、それらは全て彼のことを慕うからこそ苦しむ姿を見たいと願うような連中であり……連中はそのまま彼の身体のあちこちへと近づき。
そして、捕食のためだろう、ぬめっとした触手が身体をじわじわと這い上がってくる。
「助けてくれぇえええええええええええええええええっ!
誰かっ、誰でも構わないっ!
お願いだからっ!」
動けぬ身体でその様子を見せつけられながら、護は必死に叫んでいた。
何も出来ない無力な身体を呪いながら、動かない腕を呪いながら、縛られたままの足を必死に動かして、身体を這い上がってくる不快感から逃れようとただただ必死に藻掻き続ける。
そして……彼の叫びに答える存在がいた。
彼の近くから、二つの影が立ち上がり……そして、彼の叫びに応えるように、身体へと這い寄ろうとした化け物を振り払う。
「あ、あ、あ……」
……だけど。
護の口からは、助けられた感謝の言葉も……助かった喜びの声も、安堵の言葉すらも出てこない。
それどころか、逆流してくる胃の内容物が口から吹き出すのをただただ必死に堪える有様だった。
何故ならば彼自身、自分が助かったことが……いや、二人の彼女が自分を助けてくれたことそのものが信じられなかったから、である。
何しろ、護を助けてくれた一人は、片方の腕を無くし千切れかけた脚を無理やり引き摺っている、全身血まみれで胸部には日本刀が突き刺さったままである細身の少女であり。
もう一人は、頭蓋が潰れて眼球をぶら下げ脳漿を周囲に振りまきながら、左腕が潰れあり得ない方向にねじ曲がっている、中学生にしては凄まじいスタイルをした少女の姿である。
要するに、先ほど死んだ筈の二つの遺体が立ち上がり、彼を助けていたのだ。
(……嘘、だ)
今、護はこれを夢だと自覚している。
それでも、動かない身体も、身体の奥から這い上がって来ていた焦燥も、そして助けてくれた二人の少女……いや、少女だったモノに対する嫌悪も夢とは欠片も思えないほど現実のものだった。
そして、何故動いているのか全く理解出来ないまま、二つの少女だったモノは、まるで助けたお礼を欲しがるかのように……もしかしたら、何か別の衝動に突き動かされているのか、護からは分からなかったものの、二人の少女のもう動かない筈の指が、何かを求めるかのように彼の身体を這い回り続ける。
「や、辞め……っ?」
嫌悪感から身体を這い回る指を振り払おうと身体を動かし……その抵抗の所為で、至近距離で見た空の顔は、瞳孔が開きっぱなしで眼球も全く動かない、明らかに死人のソレであり。
生徒会長に至っては上あごから上の顔がもはや原型を留めていないほどの潰れ、砕けた骨が皮膚から飛び出ているばかりか、眼窩から毀れ出た眼球はぶら下がってぶらぶらと定まらず、砕けた頭蓋からは脳髄がどろどろと流れ出ている有様だった。
「うわああああああああああああああ!
ああ、ああ、あああああああ!」
そんな、少し前まで生きたままの姿を知っていた二人の惨状に、護は堪え切れない反吐を周囲に吐き散らしながら、ただただ押し寄せてくる訳の分からない激情を抑え切れず……ただただ自らの肺を潰さんばかりの勢いで悲鳴を上げ続けるのだった。




