~ 第三章その6 ~
「止めて下さい!
二人ともっ!
お願いですからっ!」
教室の床に転がっている護は叫びながらも、頭の片隅でコレがいつもの悪夢ということを認識していた。
どうやらまた一万分の一を引き当てたらしい……と、自嘲気味に笑いながらも、不意に気付く。
(ボクは、どうしてコレを悪夢だと理解しているんでしょう?)
護が抱いたその疑問は至極当然だった。
今まで彼を苛んでいた悪夢は全て現実だと思い込まされていたからこそ、彼はその生々しい悪夢に怯え眠れぬ日々を過ごしてきたのだ。
だけど……護は今見せられているコレを悪夢であると認識している。
それでも、そう気付いた上でも……目の前で見せられている光景に、護は胸の奥から溢れ出す不安と恐怖と嫌悪を止める術を持たなかった。
「護くんが私のモノというのは、しっかりと見せ付けた筈よね?」
少年の視界の右に立っている黒い制服の少女は、その細く小さい身体でありながら、堂々と力強く立っていた。
その少女の両腕は何があったのか人のモノとは思えないほどに膨張して黒ずみ、瞬時に伸びた鋭利な爪はまるで短剣のように煌いている。
より具体的に言うならば……その腕はまさに鬼の腕さながらだった。
「そんな言葉一つで、私が退くとは思ってないでしょう?」
もう片方の白い巫女服に身を包んだ少女は、対峙する鬼の腕を持つ少女と比べると「普通の人間」にしか見えないだろう。
ただ、その完璧な造形を誇る人間の姿はそのままで、彼女はその右腕に切れ味と重量を両立させることに成功した世界最高の近接殺傷兵器……日本刀を構えている。
そうしてお互いに一撃で相手を殺せそうな必殺の武器を手にしたままの二人は……向かい合ってない護ですら気圧されるほどの、絶望的な殺意をぶつけあっているのだ。
「どうして、二人が争うんですか!
お願いですから!」
「別に争ってないわ。
私の縄張りを荒らす雌犬を、ただ叩き潰すだけ。
護くんはそこで見てなさい」
「そうですわ、合歓木くん。
あなたを餌としか見ていないこんな鬼に、あなたを渡せる訳、ないでしょう?」
殺意に圧されながらも、必死に吐き出した護の叫びは、だけど二人には何の意味ももたらさなかった。
腕を鬼へと変化させていた鬼敷空はハエに食事を邪魔されて鬱陶しいという程度の理由で、目の前の女性を叩き殺すつもりだったし。
日本刀を構えた小鳥遊祐子も、自分の愛しい相手を食事を集める餌程度にしか思っていない眼前の鬼を何の躊躇もなく斬殺するつもりだった。
そして……そんな両者の間で倒れたままの護は、逃げ出すことも身体を張って両者の間に入り込むことすらも叶わない。
何故ならば、彼の腕は両方とも脱臼して動かなかったし……彼の脚は縄で縛られたままだ。
二人が争いを邪魔されるのは御免とばかりに、邪魔されないようにした結果が今の護の現状であった。
「お願いですからっ!
止めて、下さいっ!」
そんな状況の中で、護は唯一自分に出来ることを……両者を制止しようと必死に叫び続けていた。
そして、彼にはそれしか出来ないことを知っているからこそ……二人の少女は止まる気配すら見せてくれない。
「くたばれっ!
発情した雌犬がっ!」
空の咆哮がそんな形で放たれると同時に、彼女の右腕が大きな弧を描いて生徒会長の頭部を叩き潰そうと振り下ろされる。
「食欲しか持たない、鬼風情がっ!」
対する生徒会長は、そんな鬼の挙動を完全に見切っていた。
完璧と名高い運動神経を誇る少女は、凄まじい速度で振り下ろされた鬼の右腕の軌道上から身体を逸らすと……少女の腕にはかなり重いと思われる筈の日本刀を軽々と振るい、振るわれた右腕を骨ごと断ち切る。
「……所詮は本能ばかりのケダモノですわね」
「甘いっ!」
だけど、腕を断ち切ったことで……いや、断ち切ってしまい、相手の戦闘力の大半を奪ったと確信してしまったことで、流石の生徒会長も気が緩んだのだろう。
その一瞬の隙を突き、空の残った左腕が振るわれる。
「ぐぅっ!」
直後、バキバキと……まるで枯れ木をへし折るかのような渇いた音が周囲に響き渡っていた。
それは、空の一撃によって小鳥遊生徒会長の左腕があばら骨ごと砕かれた音だった。
それどころか、その一撃によって身体ごと吹っ飛ばされた生徒会長は、まるで人形のように周囲の机を粉々に砕きながら、教室の壁へと叩きつけられる。
「ははっ。
油断するからだ、阿呆がっ」
「ふ、ふふ。
全力で、この程度、ですか?」
そうして吹き飛ばされた生徒会長は、平然と机の残骸から身体を起こし、そのまま何事もなかったかのように立ち上がったのだ。
尤も彼女が強がっているのは明白で……折れたあばら骨が内臓を痛めたらしく、彼女は口から血を流し、身体を支えている両足はダメージによる震えを隠せない。
それでも……小鳥遊生徒会長の右腕は未だに刀を手放さず、彼女が微塵も戦意を失っていないのが見て取れる。
「ははっ。
あの状況で置き土産とは、なかなか楽しいことをしてくれる」
そして。
生徒会長を吹っ飛ばした筈の空もまた、深手を負っていた。
右腕は斬り落とされて鮮血を噴き出している上に、先ほどの一撃に対してもカウンターを貰ったのか、左太股が千切れる寸前まで切り裂かれている。
そんな傷を負った空もまた、戦いを止めようとは欠片も思っていないらしく……彼女は肉食獣さながらの笑みを浮かべながら、もう立つことしか出来そうにない少女に対し、トドメを刺そうと左足を引きずり近づいていく。
「や、や、や……やめて、くだ、さい」
その余りにも凄惨な光景に、護はもう叫ぶ声すらも出なかった。
ただ、血まみれの少女二人が最期の一撃を振るうその瞬間が刻一刻と近づいているのを、何も出来ないまま、ただ見届けさせられる。
「ふふふ。
雌犬の血肉はどんな味がするのでしょうね?」
「ははっ。
貴女みたいな化け物は、煮ても焼いても食えないでしょうね」
両者とも常人ならば戦闘不能という満身創痍でありながらなお、笑いながらお互いにそんな敵意を叩きつけ合い。
真っ当に歩くことも出来ない身体を引きずり、両者はじりじりと距離を詰めていく。
そして……その時は訪れた。
空の左腕が円弧を描きながら、凄まじい速度と膂力とで生徒会長の端正な顔を頭蓋ごと叩き潰し。
小鳥遊生徒会長の日本刀が最短距離をまっすぐ奔り、空の薄い乳房の奥にある心臓をまっすぐに刺し貫く。
「……ふ、ふふふ」
頭蓋を潰された生徒会長は物言わぬ人形のようにその場に崩れ落ち。
ぴくぴくと四肢を痙攣させている彼女の身体は、その端正な顔立ちがあった部分から真紅の血しぶきが吹き上がり、頭部が破壊され身体が弛緩した所為か、股間は尿を垂れ流している。
そんな生徒会長の姿を見下ろしながら、妖を喰らう少女は優越に染まった満面の笑みを浮かべ……
「……私の、勝ち、ね」
そんな勝利の声を告げたのだった。




