~ 第三章その2 ~
「……ええ、間違いありません」
「……ちょっ!」
護からしてみれば、教師から糾弾されても平然としている空の姿に、奇妙な安心感を覚えていたところだったのだ。
それが、いきなり梯子を外すかのような……自分たちの非を認めるそんな発言が飛び出てきたことで、護は思わず椅子を蹴って叫び声をあげてしまう。
尤も、護の悲鳴が響き渡るよりも、激高した教師たちの怒声罵声の方が早かったが。
「お前っ!
認めるのか、これを!」
「こんなの、PTAに知られればどんな責任問題になることかっ!」
「中学生なのになんてことを!」
不幸中の幸いは、教師陣の憤怒があまりにも大きかったお陰で、護の動揺があまり見咎められなかったことだろう。
とは言え、彼らの怒声はあまりにも大きく……思わず護は首を竦め、救いを求める心持ちで周囲を見渡し、ついつい隣にいるセーラー服姿の少女の方へと視線を泳がせてしまう。
護の隣に立っている鬼敷空という少女は、大の大人3人から正面切って怒声を浴びせられたにも関わらず、顔色一つ変えることなく……怒声と罵声を通り越してもはや奇声とまで言える彼らの声を、ただ黙って聞いていた。
激昂状態では言葉なんて無意味……いや、むしろ激情にただ油を注ぐだけ、という人間心理を知っていたからかもしれないが。
「大体、中学生でそういう施設を利用してはいけないことになっている!」
「そもそも、学生の本分は学業なのですよ!」
「しかも、鬼敷は前の学校でも同じ問題を起こしたそうじゃないか!」
そんな当たり前のことなのに感情に任せて叫ぶ所為で「聞くに堪えない騒音」と化し、ただ時計の針が進むだけの時間が、延々と三分くらい続いただろうか?
聞くに耐えなくても、半分くらいの怒声に心当たりがあり、言われるまでもなく気になっていた護にしてみれば、それはもうとてつもなく長い……胃にダース単位で穴が開くような180秒間だったのだが……妖を食らう少女にとってはそうではなかったらしい。
何を言われても眉一つ動かさず……いや、目の前の教師たちの方をまっすぐ見据えたまま、微動だにせずに話を聞いている。
いや、彼女はどうやら話を聞いていた訳ではなかった、らしい。
何しろ……教師たちが怒鳴り疲れたのか、大きく息を吐いて気を緩めたその瞬間、彼女の右腕が一瞬ブレたのだ。
(……あ?)
護の動体視力では彼女が何をしたのかまでは理解出来なかった。
ただ、彼女の右腕が動いたかと思うと、次の瞬間には身体の後ろへと回されていた、ということだけは視認できた。
……いや、違う。
間違いなく、彼女の右腕はただブレただけではない。
(これ、は……)
黒いセーラー服の背後に回された彼女の手には、変な……サナダムシみたいな白い細長い虫が3匹、掴まれていたのだ。
その妙な生き物は鳴く器官もついてないのか、ミミズのように彼女の手に掴まれたまま蠢いている。
(コレには、見覚えが……。
もしかして……教師にもコレが、取り憑いていたの、でしょうか)
この一週間で見たことのある……護自身にも取り憑いていて、空によって食われてしまった妖の一種である「カンノムシ」だ。
あの時は唐突な憤怒が湧き上がってしまい、抑えつけることすら叶わず……空という妖を喰らう少女がいてくれなければ、ものの3日もあれば友人関係家族関係、全てが粉砕されていたことだろう。
(じゃ、先生たちも……)
護がそんなことを思い返している間にも、先ほどまで凄まじい剣幕で怒鳴り続けていた教師たちから、見る見る内に勢いがなくなって来ていた。
……第三者が見ればただ叫び疲れただけだと判断するかもしれないが、先ほどの一幕を見る限り妖が取り除かれたのが要因と考えるのが妥当だろう。
「兎に角だな、生徒がそのような行為に耽っているなどと噂が立てば……」
「いえ、このホテルは私の親戚が経営していて、清掃のアルバイトをしていただけです」
そんな教師たちの勢いが緩んだ一瞬を見極めたのか。
空は平然とした様子で、そんな嘘を堂々と口にする。
「そんな話、信じられると思っているのか?」
「なら、問い合わせて下さい。
私の身元保証人ですから」
「しかし、口裏を合わせている可能性も……」
あまりにもシレっと吐かれたその嘘を、教師たちは当然のように疑い出した。
当たり前と言えば当たり前の話であり……護には彼女の身元保証人があのホテルの経営者かどうかは分からないものの、彼自身には清掃のバイトをした記憶がない以上、彼女の言葉に嘘が含まれていることは確実である。
正直な話、同様に疑われている護から見ても……空の言葉を疑うのは教師として当然だろうと思えるくらい、彼女の言い分は怪しかった。
そして、以前に護と生徒会長の件で問題になった時も、彼の言葉を信用しなかったように、この学校の教師は少しばかり猜疑心が強いのも事実である。
……だけど。
空の告げた次の一言が、教師たちの雰囲気を一転させる。
「ですが、私の身元保証人は鬼瓦組の組長という、しっかりとした地位のある人です。
安っぽい嘘偽りに加担する人だとは思いませんが?」
その言葉を少女の唇が紡いだ瞬間……護は世界が凍りつく音を聞いた、気がした。
そして、それは教師たちにとっても同じだったらしい。
彼らの瞳は一瞬の内に空から外れ、虚空を彷徨う。
「あ、あ~、その、なんだ」
「バイトなら、仕方ないな、うむ」
「そうですね。
我が校の校則ではアルバイトを行うのは禁止されております。
ですが、身元保証人のところで家業を手伝う以上、強いて咎めだてするようなことでも……」
学校に所属する少年少女に対し、その生き様を見せ付けることで彼らの模範となるべき教師たちは……空のたった一言で見事に日和っていた。
悲しいかな……彼らはまさに『処世術』という名の、大人の生き様を見せつけたのだ。
(……彼らから、さっきまで「社会の模範」とかって説教されていたのですか……)
別に幻滅する訳ではないものの……本音と建前の見事な乖離を見せつけられた護は、先ほどまでの長い説教タイムを思い返し、あまりの徒労感に内心でそうぼやいていた。
実のところ、彼ら教師もそうやって責任回避を全力で頑張る大人の背中を見て育ったからこそ、こうして全力で責任回避を行っているのだろうけれど。
そして、その背中を見て育つ護たちも、何もなければこうなるに違いない。
それこそが、教育の連鎖というものであると……予期せぬ形ではあったものの、護は社会の真理を学ぶ機会を得たのである。
「で、では、指導はこれまでということで」
「う、うむ。
……そうだ、な」
「じゃ、じゃあ、昼休みが終わるまでに教室へ帰るんだぞ?」
言いたいことを言い終えたのか、それとも反社会的勢力とのつながりを匂わせた転校生との関り
を恐れたのか……教師たちはあっさりと生徒指導室から出て行ってしまう。
出て行ったというよりは逃げ去ったという方が正しいだろう教師たちの背中を眺め……形はどうあれ、何の処罰も受けず、疑惑が穏便な着地点を迎えたことに安堵した護は、さっきまでの緊張を全て吐き出すように、人生で最大級の溜息を吐き出したのだった。




