~ 第二章その16 ~
「何で、ボクがこんな目に……」
少女の告げた25億分の1という、「自分自身の身に訪れた災難が如何に希少か」という言葉に思わず脱力してしまった護は、そう嘆きながらソファに身体を沈め、天を仰ぐ。
残念ながら見えたのは満天の星空ではなく……若干薄暗い照明と、無機質な薄ピンク色のをしたただの天井でしかなかったが。
「多分、護くんはあの手の連中に好かれ易いのよ」
「何ですか、それは……」
「小さな確率を引き寄せたんじゃなく、連中が好んで寄ってきてる訳よ。
だから別に護くんの運が致命的に悪いって訳じゃないわ」
「……それって、コレからも狙われるってことじゃないですか!」
慰めるような口調でより最悪の事実を告げて来る少女の言葉に、護は思わず悲鳴を上げてしまう。
実際問題、『連中』が勝手に寄ってくるのであれば……それは即ち、護が生きている限りあの手の化け物に狙われ続けるということである。
どんな対策を練ってもその天文学的な最悪の確率を引き続けることになる以上、少年はもう安らかな眠りを諦めなければならないと言われたも同然であり……それはまさに、延々と眠れぬ夜を過ごしてきた護少年にとっては、死刑宣告そのものに聞こえたほどだ。
「大丈夫じゃない?
これからは私がいるんだし」
「ええ、それは、そう、ですね」
とは言え幸いなことに、今の彼にとって彼女の告げた最悪の事態は、すぐさまの死刑宣告を意味しない。
何故ならば、今の彼には、眼前の少女……妖を食らう少女の存在があるから、である。
それが分かっているからこそ、空は気軽な口ぶりだったのだろうし……それに何より、食料不足が深刻な彼女にとって、護という餌を延々と惹き付けてくれる特異な存在と出会えたことは、文字通り宝くじが当たる数十倍もの幸運だったのだ。
事実、先ほど悲鳴を上げてしまった時に思わず振り返った護の視線の先では、彼女はよほど楽しいのか、まだ下半身を丸出しにしたままの格好にも関わらず、ステップを踏んでいたほどだったのだから。
それは兎も角として……
(……このまま、ずっと、彼女に介護される日々、か)
護が胸中で呟いた通り、護があの手の化け物を引き寄せてしまうという事実は、この鬼敷空という少女に依存せざるを得ないことを意味していた。
その事実に少しばかり憂鬱な気持ちになった護ではあるが……悪夢に苛まれ延々と眠れぬ日々を過ごしていた今までを思うと、比べるのも烏滸がましいほどの、十二分に許容できる範囲の問題だと断言できる。
それにしても……だ。
(好かれた挙句、酷い夢を見せられるのでは割に合わない、なぁ)
あのマクラガエシとかいう妖の理不尽極まりない生態を思い、護は胸中でそう大きく嘆息していた。
どうせなら美少女に好かれる方が良いのに……と、ソファに身体を預けたまま護は内心で自嘲する。
尤も、護自身は恋愛とか付き合うとか生殖行為を行うとか、その手の衝動よりも睡眠に焦がれ続ける日々を過ごしてきたため、ハーレム漫画の主人公のような人生を送りたいなんて本気で願った訳でもなかったが。
「いや、だって護くん、生徒会長にも好かれてたでしょ?」
「……は?」
願った訳ではなかったのだが……まるで心が聞こえるサトリという妖の如く、少年の心を読んだかのようなタイミングで放たれた空の言葉に、護は驚いて再び身体を起こし、またしても少女の方を振り向いてしまう。
変な踊りは終わったのか、少女は最後にスカートを履くところだったようで、少年が再び視線を逸らす間もなく、彼女は来たとき通りの制服姿に戻っていた。
……だけど。
(何か、あるべきものが見えなかったような……)
刹那の間に護の脳裏に焼きついた短期記憶では、本来スカートの下に穿くべき衣類が見えなかったような気がして、少年は少しばかり動揺する。
そう言えば先ほど、彼女はパンツをゴミ箱へと放り込んだばかりだった。
(……つまり、今、あのスカートの下は……)
と、要らぬ詮索をしている護の内心に気付いた訳でもないだろうが、空は面白そうな笑みを浮かべながら護に歩み寄り。
少年の瞳を見つめながら、彼があまり聞きたくもなかったその言葉を吐き出した。
「だから、あの生徒会長もそういう存在ってことよ」
「って、いや、彼女は人間、の筈です、けど?」
「ええ。
だけど、ちょっとだけ混じってる。
……人間じゃない生き物の血が」
「そんな……」
非現実的な……とは、続けられなかった。
何しろ少年の眼前には今、その文字通りの『非現実的な存在』が突っ立っているのだから、これ以上の証拠などある訳がない。
事実、あの小鳥遊祐子という生徒会長は、護と同じ人間にしてはちょっとばかり出来過ぎているような……人の枠を軽く踏み越えてしまっているかのような、何処となく存在そのものの格が常人とは何か違うような、そんな違和感のようなものがあるのだ。
「そう、私みたいな感じよね。
……私は鬼が混じってるらしいけど、彼女はどうなってるんだろ?」
そう呟く少女は、やっと同類を見つけた少数民族……という様子ではなかった。
どちらかと言うと、同族嫌悪……いや、縄張りに入ってきた同族の化け物を酷く嫌う、そんな感じ、だったのかもしれない。
護としては顔見知りの二人に喧嘩して欲しくはないのだが、生憎と護には彼女たちが……『混じっている存在』とやらが、どういう感性や縄張り意識をしているのかすらも分からないのだから、何かが出来る筈もない。
──この二人が顔を合わせたら、一体どうなるんでしょう?
何となくそんな未来を思い浮かべた護だったが……幾パターン化を思い浮かべただけで、想像したくもない恐ろしい未来しか浮かばなかったため、そのあり得るかもしれない悲劇的な未来図を首を振って追い払う。
と、その時だった。
(……あれ、もしかして)
護は不意にそのことに気付いてしまう。
少女は今、「生徒会長に何かが混じっているからこそ、護が好かれている」と言った。
そして、眼前の空という少女にも、鬼とやらの血が混じっていることも。
護の体質が、そういう連中に好かれ易いということは、それはつまり……
「……じゃ、空さんも、ボクのことを?」
思わず、そんな言葉を口走ってしまった護だったが、口にした直後、酷く恥ずかしいことを尋ねた気がして、すぐさま「そんな訳、ないですよね?」と質問自体を取り消そうとした。
……だけど。
その問いを聞いた少女の形をした化け物は、護の目をジッと見つめて酷く凄惨な笑みを浮かべたかと思うと。
「ええ、そうよ。
私も、護くんを見ていると……食べたくてたまらなくなるわ」
先ほどまでの凄惨な笑みを瞬時に消し去り、何処となく少し照れくさそうと言えなくもない笑みへと表情を変えて見せると、そう、呟いたのだ。




