~ 第二章その11 ~
「すみません、遅くなりました!」
「別に構わないわ。
そこまでお腹も空いてないことだし」
級友たちの追及の手は放課後にまで及び、空との用件をさっさと終えたい護は彼らから逃げ出すことを選んだのだのだが……その選択の是非について、少年自身でも判断は難しいことだろう。
何しろ、追っ手を撒くのに多大な時間を浪費した結果として、待ち合わせの相手……鬼敷空を待たせてしまったのは事実なのだから。
「しかし、こんな場所で何を?」
周囲を見渡し、少し不安になった護は隣の少女にそう尋ねる。
彼女が待ち合わせ場所として告げたのは、川沿いにある小さな公園だった。
30メートル四方程度の面積で、中にあるのは街灯と鉄棒、シーソーとベンチくらいであり……しかもそれらを含め敷地の半ばほどは雑草に侵略されているという、利用者も管理者も存在する意義を見出せていないような、本当に小さな公園である。
いや、その設備や管理状況は兎も角、公園自体は別に構わないのだ。
ただ、この川沿いの周辺は……何故か「いかがわしい類のホテル」が密集していることで有名で、男子生徒同士が行っている下ネタ談義の最中の話題として、何度か護の耳に入ったことがあり……そうでなくても、あの手のホテルは何故かピカピカと自己主張が激しい所為で、未だ14歳の少年の身からしてみれば、こうして遠目で見るだけですらどうも腰が引けてしまうのは否めない。
「教室や保健室をあまり汚すのも酷じゃない?」
「それは、そうですが」
彼女の言い分は護にも理解出来るからこそ、そう頷きはしたものの……
だからと言って、こんな公園のど真ん中……誰の目があるかも分からない場所で化け物退治というのも積極的に賛同し辛いものがある。
そもそも、幾らいかがわしい建物が多い所為で利用者が少ないとは言え、それでも川沿いの公園である。
犬の散歩やそういうホテルを利用するカップルなど、近隣にはそれなりに人通りもあり……いつ人目についてもおかしくないのだから。
(……アレを見られると、流石に大問題に、なる、ような……)
少なくとも護は周囲を見渡しながら、マクラガエシの姿を思い出しそんな心配を抱くものの……だけど、幸いなことに、少年の心配はただの取り越し苦労に過ぎなかった。
何しろその次の瞬間には、彼のそんな些細な心配事なんて軽く吹き飛ばすほどの大問題が少年の身に生じることになったのだから。
「じゃ、移動しましょ。
ここじゃ人目につくから」
「……え、ええ。
そうですね。でも、何処へ?」
正直な話、人間かどうかも疑わしい転校生の口から出たとは思えない、想像だにしなかった常識的な発言に、護少年は胸を撫で下ろしながらもそう尋ね返す。
しかしながら、護の問いに対しての返事をすることもなく、転校生の少女は間違いなく目的地をよく知っている足取りで迷い無く歩き始めた。
「わ、ちょ、ちょっと待って下さいって」
行き先も知らない護は少しだけ戸惑いながらも、転校生の後を追う。
幸いにして少女はそう急ぎ足だった訳ではなく、少年は簡単に彼女に追いつけた。
(もしかして空さんはこの辺りに家を構えているのかな?)
同行者に対して視線も向けずまっすぐに歩いていく彼女に、そんな的外れな感想を抱きつつも護はその後ろについて歩く。
少女の行き先は……すぐに分かった。
「ここよ」
「ちょ、こ、ここって!」
彼女が迷いなく歩いていったのは、少し派手目の色彩の、何故か入り口を厳重に隠している宿泊施設で……全く『そういうこと』に縁が無かった護とは言え、その建物の実在と存在意義くらいは知っていた。
だからこそ、そこへと入って行こうとする少女を見かね、少年は慌てふためいて声をあげる。
だけど、鬼敷空という名の少女は慣れているのかそれとも別の理由なのか、護の動揺にも抗議にも全く意識を向ける様子すらなく、正面のカラフルなパネルを無視して近くのフロントに何やら話しかけると、鍵を受け取った。
「……ついてきて」
「え、ええと、
……はい」
何と言うか、そういう目的の施設だと理解してしまったからだろうけれど、その半ば機械式のフロントでさえ淫靡な空気が流れているような気がしてならない。
夢の中よりも遥かに現実感のない自分の置かれたこの現実に、もはや護の脳みそは完全に受け止められる許容量を超えてしまい、半ば思考停止状態だった。
それでも同行者に言われた通りに頷き、同行者の後ろをただ歩き、少女と同じエレベーターに乗って、指示された部屋に入る。
ただ言われるがままに動いていた彼の脳みそがようやく再起動を果たした時には、護少年は見たことも無いような特殊な雰囲気の、薄暗い部屋の中にポツンと佇んでいたのだった。
「な、な、な、なんですか、ここは」
自分が決定的に引き返せない場所に連れ込まれた事実にようやく気付いた護は、今さらながらに慌てふためき、そんな疑問を口にする。
「何って、ラブホテルだけど?」
「じゃ、なくて、どうして……」
「人目がある場所じゃ、流石にまずいでしょ?」
「……そうじゃなくて、ですね」
お互いに日本語で会話をしているのに、全く意図が通じないという、何とも言えないもどかしさに、護は頭を抱える。
「料金のことなら大丈夫。
前に人相の悪いおっさんに憑いていた妖を喰らったら、この系列のホテルを好きに使って良いって特殊なカードをくれたし」
(そのおっさんってのは……ヤのつく職業では?)
なんて疑問が護少年の脳裏をふと過ったものの、下手に突っ込むと色々とややこしいことになりそうなので、首を左右に振ることでその思考を脳みそから振り払う。
世の中には確実に、触れない方が良い出来事というのは間違いなく存在するのだから。




