~ 第二章その10 ~
当然のことながら、学園の誇る尋問官たちの尋問は熾烈を極めた。
と言うと、日本各地で犯罪者相手に頑張ってくれている警察官に失礼な言い方ではあるのだが、合歓木護に向けて行われたのは、少なくとも中学二年生の精神力で耐え切れるレベルの詰問ではなく……それは、まさに尋問と言っても過言ではなかったのだ。
ただでさえ睡眠不足の状況で通り魔被害を受け精神の弱っていた護少年は、幾ら悪夢に苛まれた経験値があろうとも、普通の中学二年生よりも遥かに貧弱だったこともあり……だから彼は、問い詰められるままに自らの立場を白状した。
即ち……「何も分からない」という被害者の立場を、である。
尤も、その正直な告白を、早朝の校門で熱烈なキスシーンを目撃した教師たちが信用する筈もなく……
その結果生まれてしまった、延々と同じことを聞かれるばかりの詰問は、犯罪者に自白を迫る本職の警察官による尋問を彷彿とさせる代物へとなり果ててしまったのだ。
「あ~、もう、一体何が何だか」
永遠にも思える尋問が終わり、ようやく解放された護が、安堵の溜息と共にそう呟いたのも無理は無い。
朝一から始まった彼への拘束は、昼休みの半ばまで続き……その間、延々と詰問と説教とが繰り返されていたのだから。
実のところ、護が延々と返した答えである「身に覚えがありません」というものは、かの有名なロッキード事件以降、悪いことをした生徒が使う常套句であり……いつまで経っても教師たちに真実だと理解してもらえなかったのが、少年の拘束が長引いた最大の理由だったりするのだが。
そういう意味では、過去から積み重ねられた先輩たちによる『虚偽申告という負の遺産』を彼が一身に引き受けてしまった結果とも言える。
結果として、尋問を受けて精神的にボロボロとなった護は、そんな状態ながらも尋ね人を求め、身体を前へと……自らの教室へと運んでいた。
「何とか、食事……よりも、先に」
……そう。
朝の一幕で紆余曲折を重ねてしまったものの、護には「どうしても学校でやりたいこと」があり……そのために眠気と筋肉痛を堪え、何とか此処までたどり着いたのだ。
幸いにして、探し人はすぐに見つかった。
昼休み中だというにも関わらず、食事を取ろうともしないその少女は、自分の机に座ったままただ座っているだけで、全く何もしていなかった。
まるでヘビやトカゲが体力を温存するために動きを止めているかのような、とても人間とは思えない異様なその姿は、見事に教室の中で浮いていて……実際、級友たちは誰一人として彼女に近寄ろうとはしていない。
──無理もない。
どう見ても彼女は……この教室に群れている存在とは全く『別物』なのだから。
そんな少女の姿に一瞬怯んだ護少年だったが、すぐさま意を決し……教室のドアを思いっきり開くと、彼女の方へと脚を一歩踏み出す。
だけど……その歩みは、たったの一歩で躓くこととなってしまった。
「おい、お前!
昨日のは何だったんだ!」
「校門で堂々とキスだと!
この裏切り者!」
「やっぱり、デキてたんでしょ!」
当然ながら……単調な学校生活で刺激に飢えた級友たちが、教師も見咎めたあの校門での一幕を見過ごす筈もない。
彼への好奇心が朝から昼休みまで熟成された結果として、護少年は男女問わず集団の餌食となってしまう。
……ついでに言うと。
護がここでも語ったあの一幕の理由「身に覚えがありません」は、彼らの欲しい答えではなく……昼休みが終わるまで、延々と彼の二度目の受難は続けられてしまったのである。
「……災難だったね?」
午後の授業中。
隣の級友に救いを求める気力すらも奪われてしまい、ぐったりと机に伏していた護に話しかけてきたのは、護が探し求め続けていた当の転校生の方だった。
くすくすと、護の受難を面白がるかのように微笑むその笑顔は、何と言うか、一昨日とさっきの昼休み、彼が目にした彼女とは全く別人のようで。
「……はい、まぁ」
机に伏したままの護は、彼の知る鬼敷空とは別人のような笑みに不意を突かれ、呆然とそう返事を返すのが精一杯だった。
何と言うか、護の中では『まさに人外』という印象が強かった彼女だけに、その普通の少女のような笑みの破壊力は大きい。
女性を意識するなんて自分とは全く無縁だと思っていた護さえも、少しばかりどぎまぎしてしまうほど、彼女の微笑みは魅力的だったのだ。
とは言え、護が動じたのはわずかに一瞬だった。
異性を意識するなんかよりも少年には遥かに大事な、最優先事項とも言うべき話があるのだから。
「そ、そうだ。
空さん。話したいことが……」
「もうこうなったら授業中も何も無い」とばかりに覚悟を決めた護少年は、教師からの叱責を覚悟の上で、そう口を開く。
……だけど。
「ええ、分かってるわ」
肝心の鬼敷空という少女は、そんな護の必死の言葉にも全く動じた様子もなく、彼の言葉を笑顔のままでそう遮った。
「その気配、朝見ただけで分かったわよ」
くすくすと。
本当に先日死にかけていた転校生と同一人物か疑うような……昼休みに見かけた、全く動かなかった爬虫類じみた行動をしていた彼女とは思えない、その少女の微かな笑い声に護は、急に冷え冷えとさせられた。
それは、明らかに護の受難を面白がっている笑みなんかじゃなかった。
それは、少年と同世代の女の子が浮かべている笑みとは全く異質な代物だった。
それは……手の届く距離にいる美味しい獲物を目にした、肉食獣が見せる笑み。
(ああ、これは、昨日の……)
その笑みに記憶を刺激させられた護は、否が応でも昨日の悪夢を思い出す。
母の形をした何かが、突然少年へと牙を剝いたあの悪夢を。
──あの夢の中で、母の形をした何かは、こんな笑みを浮かべてなかったか?
餌を前にして、食欲を抑えきれないような、自らが獲物を狩る力があることを誇るような、そんな……明らかに人とは異なる思考回路から来た笑みである。
(……だけど)
目の前の少女がどんな危険な存在だとしても、それどころか人間ですらなかったとしても……悪夢に怯える今の護には、彼女に縋る以外に選択肢などありはしなかった。
毎日毎日悪夢に怯え、真っ当に眠ることも満足に食事を取ることもないまま、ただ日々を眠気に耐え、数多の苦痛の中で暮らすくらいなら……
たとえ悪魔と契約してでも、安らかな眠りを欲したいと少年が思うのは、そう特別なことでもないのだから。




