~ 第二章その5 ~
「で、合歓木君、会長とどうなったの?」
振ってもないのに振られた気分に陥った……何とも言えない失意を抱えた護少年が教室に帰ってきた時、彼を待ち構えていたのは、クラスの女子たちからのそんな問いだった。
……彼女たちが目を輝かせているところを見ると、よっぽどこの手の話題が好きらしい。
男性陣は不貞腐れたように教室の隅っこから呪詛と怨嗟の視線を向けてきていて……恐らくではあるが、教室内で「誰が事の顛末を聞くか?」という争いが発生し、争いに敗れた男性陣は後列に追いやられ、口を出す権利すら奪われてしまい……ああやって呪詛を怨嗟の視線を送ることしか出来なくなっているのだろう。
まだ思春期の男子では、口で女子に敵う筈もないのだから、女性陣が前線に立っているのはある意味、自明の理とも言える。
「ええと、その、振られた、のかな?」
とは言え、そう問われたところで、当事者である筈の護自身も未だ事態が理解出来ないままであり……そんなふわっとした回答しか出来ないのが実情である。
「……え~、だって、あの会長だよ?」
「どうしてそうなったの?
やっぱりはっきりしなかったから?」
女子たちから、問いにかこつけて何やら酷いことを言われている気がしないでもなかったが……そう問われた護は、思わず先ほどの生徒会長の様子を思い出していた。
泣き喚いていた彼女は……その、何と言うか。
男性的な視点で言うならば、清純派と信じて付き合った彼女が非処女だったと裏切られて泣いている様子と言うか……いや、別に交際を申し込んだ仲の良い女性が実は同性愛者だと気付いたときの嘆きでも構わないけれど。
それは男性側の勝手な思い込みに過ぎないかもしれないけれど、それでも恋愛なんてお互いの気持ち一つで決まるものでしかないのだ。
同様に、相手が自分の中のどの部分を好きになったかなんて、好かれている方にしてみればさっぱり分からないことものであり……別に意図した訳ではないとは言え、『それ』が崩れてしまった以上、残念ながらその人にとっては魅力がなくなったにも等しく。
その『魅力的だった部分』以外には魅力を見出して貰えなかったならば、相手から嫌われてしまうという結末に至ることも、そうおかしなことではない。
結局のところ、会長の性癖が酷く尖っていて話がややこしくなってしまっているものの……要約してしまえば「合歓木護という物件があの生徒会長のお眼鏡に適わなかった」。
さっきの一幕は、ただそれだけの、男女間でよくある話に過ぎないのだろう。
「彼女の期待にボクが応えられなかったから、でしょう、か?」
「それって、振ったってことじゃないの?」
それでもなお世話になった義理を果たそうと、何とかして生徒会長の名誉が守られるよう、必死にオブラートに包んだ形で経緯を説明しようとする護少年の、何処となく煮え切れない言葉に、女子たちは情け容赦の欠片もなく切り込んでくる。
「……それ以前の問題があったと言いますか」
「え~、何それ~!」
それでも、何とか言葉を濁そうとする護の態度に、恋愛沙汰を主食とする女子たちは不満そうな声をあげるものの……困ったような彼の苦笑いを見て、何となく言い辛い内容が絡んでくると悟ってくれたのだろう。
彼女たちは何となく察したように、それ以上の追求を止めてくれた。
「済みません、そういうことですので」
級友たちの気遣いに対し護はそう軽く謝罪すると……これ以上会話をするつもりはないという意を込めて、そのまま机に突っ伏して目を閉じる。
(もしかして、ボクは今、ショックを受けている、のでしょう、か?)
そうして目を閉じた暗闇の中、自分の心が痛んでいるという事実に気付き……そのこと自体に衝撃を受ける。
何故ならば、さっきの一幕でこうして護がショックを受けているということは、やっぱり彼は何度もお世話になった……あの完璧な美少女とも言うべき生徒会長のことを、心のどこかで憎からず想っていたことを意味するのだから。
だけど、今さらながらに彼女への想いに気付いたとしても、事態は致命的なまでに悪化していて……と言うか、護少年の理解の及ばない方向へと全力で迷走していて、もはや取り返しすらつかない……いや、手を伸ばすとどう転がるかさっぱり予想も出来ない有様であり。
(……止め止め。
こんな時は、眠れば忘れる、筈ですから)
護は腹の底で渦を巻いているような、ヘドロのように溜まっている胸中のイヤなこと全てを、心地よい眠りという忘却の中に沈めるべく、必死に目を閉じるのだった。




