~ 第二章その3 ~
──生徒会長、小鳥遊祐子。
合歓木護が通っている中学校において、まさに『完全無欠』を体現化したような存在である。
腰までまっすぐに伸びた黒髪は如何なる手入れをしているか常に艶を保ち続け。
均整の取れたプロポーションは中学生とは思えないほどの迫力であり、いくら一つ年上だとは言え、クラスメイトたちと同じ制服を着ているとはとても思えない。
怖いほどに整い過ぎたその美貌は、モデルと言うよりも絵画や彫刻などの芸術品に近いとさえ言われ、男子生徒全員が告白することすら考えられない、まさに近づきがたい存在だった。
その挙句に頭脳は明晰で成績優秀、生徒会の仕事を軽々とこなし、その判断は的確と評判で、更には運動部ですら敵わないほどの身体能力を秘めている。
彼女の祖母はここら一体の広大な山地を有する神社の宮司であり、更に両親は色々と事業も手掛けているため……彼女と結婚すれば凄まじい資産家になれると噂されていた。
──小鳥遊祐子とはそういう、まさに絵に描いたような存在である。
だからこそ、睡眠もろくにとれず食事も満足に取れない、身長も低く成績も最悪で体力の欠片もない一般家庭出身の合歓木護とはどうあがいても釣り合わない。
それが校内生徒全員の一致した意見だったし、護自身もそう思っていた。
そして、彼女はその優秀さ故に笑みは浮かべても嘆いたり困ったりは全くしない、そんな完璧超人だと思われていた。
──だから。
お付き合いを断る覚悟を決めた合歓木護少年が生徒会室へと脚を踏み入れ、口を開こうとしたその瞬間の彼女の反応は、誰一人として……彼女と共に生徒会を運営する先輩たちですら全く予期しなかったものだった。
「……何、それ?」
生徒会長の艶やかな唇から零れ出たのは、そんな極寒の一言だった。
聞いている人間全てが生まれてきたことを後悔してしまうような……そんな絶望さえも感じさせる声色である。
……だけど。
問題は、護が交際を断ったがために彼女がその言葉を発したこと、ではない。
告白に対して断りの返事をするために生徒会室を訪れた護が、口を開き言葉を発するよりも早く……生徒会長の視線が彼の顔を捉えた瞬間、その言葉が発せられたこと、にある。
「……っ?」
当たり前の話ではあるが……まだ断りの言葉どころか、口さえ開き切っていなかった護は、何故彼女がそんな声を発したのか、さっぱり意味が分からなかった。
だけど、彼女が発する怒気に怯え、咄嗟に首を竦めることしか出来やしない。
尤も、これは護少年が臆病だとか情けないという話ではない。
何しろ、そんな反応を見せたのは、護だけではなく……同室内にいた他の生徒会役員たちも同様だったのだから。
意味も分からない彼女の静かな怒りに、抗う術を持たない彼らはただ平身低頭して嵐が過ぎ去るのを待つことしか出来やしない。
「どうしてっ、そんな顔をしているの!」
その慟哭とも言えるほどの悲痛な叫びを聞いて、ようやく護は彼女が怒っているのではなく悲しんでいるのだと理解した。
──それでも、全く意味が分からなかったが。
困った護少年は、生徒会役員をやっている四名の先輩たちへと視線で助けを求めたものの……生徒会に在籍している優秀な筈の先輩たちは揃って「自分を巻き込むな!」という意思を視線で返してくる。
そうしている間にも、小鳥遊生徒会長はわなわなと悲しみと驚愕に身体を震わせながら、手で顔を覆い項垂れていた。
護はそんな彼女に困り果て、居心地悪そうに視線を彷徨わせることしか出来やしない。
そして、ただこの場所に居合わせただけの先輩たちは、ただただ早く嵐が過ぎ去ることを祈るばかりで、事態の解決には何の役にも立ちそうになかった。
結果として、重苦しい空気が漂う生徒会室では、誰一人として口を開けない……そんな耐え難い時間がただた過ぎ去っていく。
「……あの、どういう意味、ですか?」
このままではこの胃に悪い状況が延々と続くと悟ってしまった護は、火中の栗を拾う覚悟を決め……仕方なく口を開き尋ねてみる。
「何で……そんな顔、しているのよ……」
護の問いに対し、生徒会長はまるで恋人に先立たれた悲劇のヒロインのように、悲しみに満ちた声を上げるものの……残念なことに、護には彼女の言葉が全くもって理解できない。
自分の顔をペタペタと触り……そう狂ったパースがないと自己診断し終えてしまい、仕方なく周囲に視線で助けを求める。
尤も、先輩たちも首を左右に振り、特に変わったところはないとの認識を示してくれたのだが……そうすると、ますますもって彼女の反応の意味が分からなかった。
現実問題として、護の顔で昨日と変わったところなんて、クマの濃さくらいしかない。
幾ら小鳥遊生徒会長が凄まじい特殊性癖を有していても、少年のクマの濃さで魅力を判断する訳もなく……
困り果てた護はまたしても首を傾げることしか出来なかったのだ。
そんな少年の様子を見て、自分の嘆きが全く理解されてないことに気付いた生徒会長は自らの唇で答えを告げる。
「何で、そんなっ!
……絶望し切った表情じゃないのよっ!」
「「「はぁっ?」」」
愛の告白をした相手に告げるには、ちょっとばかり意味が通らないその一言に、当事者である護どころか、生徒会室にいた会長以外の全員がそんな素っ頓狂な声をあげたのだった。




