第98話「夢のその先へ」
第98話です。
ついに、この日がやってきました。
FirstDayにとって、そしてれいじやふたばたち一人ひとりにとって、大きな夢だった武道館ライブ。
ここまで積み重ねてきた日々のすべてを、この一日に込めました。
ライブの熱気や、メンバーそれぞれの想いを少しでも感じていただけたら嬉しいです。
ぜひ最後までお楽しみください。
武道館ライブ当日。
まだ朝だというのに、会場の周辺にはすでに多くのファンが集まっていた。
FirstDayのタオルを肩に掛けた人。
今回のツアーTシャツを着た人。
開場を今か今かと待ちながら、笑顔で話している。
楽屋へ入ったふたばは、深く息を吸った。
「……本当に武道館なんだ」
思わず漏れた声に、彩乃が笑う。
「夢だったもんね」
「うん」
ふたばはゆっくり頷いた。
初めてライブハウスへ立った日。
マイクを持つ手が震えていた自分。
あの日から、たくさんの人に支えられながらここまで来た。
そのすべてが今日につながっている。
「寝られた?」
美月が聞く。
「ちょっとだけ」
「私はぐっすり」
「さすがだね」
ふたばが笑う。
すると、部屋の隅から大きな声が響いた。
「俺、一時間しか寝てないんだけど!」
はじめだった。
「興奮して眠れなかった!」
「子どもじゃん」
美月が呆れる。
「今日は特別だから!」
「ライブ中に寝ないでよ」
「寝るか!」
いつものやり取りに、自然と緊張がほぐれていく。
れいじは静かにギターを調整していた。
いつもと変わらないように見える。
でも、その手はほんの少しだけ汗ばんでいた。
開演十分前。
ステージ袖。
客席からは、開演を待つざわめきが聞こえてくる。
れいじは幕の隙間から客席を見た。
埋め尽くされた観客。
その景色に、小さく息を吐く。
「すごいな」
はじめも隣へ来る。
「全部埋まってる」
「ついにここまで来たんだね」
ふたばが静かに呟いた。
その声に、全員が頷く。
「よーし、円陣組もう」
はじめが手を差し出す。
その上へ、美月。
ふたば。
れいじ。
最後に彩乃もそっと手を重ねた。
「れいじ」
はじめが笑う。
「最後、一言お願い!」
全員がれいじを見る。
れいじは少しだけ笑った。
「とにかく楽しもう」
それだけだった。
でも、その一言で十分だった。
「おー!」
全員の声が重なる。
照明が落ちる。
歓声が一気に武道館を包み込んだ。
一曲目。
イントロが鳴り響く。
れいじはギターをかき鳴らした。
客席の熱気が一気に押し寄せる。
演奏に集中する。
いつも通り。
そのはずだった。
サビに入る。
ふと、視線が右へ動く。
ふたばが歌っていた。
楽しそうに。
笑顔で。
目が合う。
ふたばが小さく笑う。
れいじも自然と笑っていた。
「……」
すぐ演奏へ戻る。
二曲目。
三曲目。
また気付く。
無意識だった。
また、ふたばを見ている。
「……まただ」
心の中で呟く。
今までのライブでは、こんなことはなかった。
演奏だけに集中していた。
なのに今日は。
気付けば視線が向いてしまう。
MCの時間。
ふたばがマイクを握る。
「今日は、本当にありがとうございます!」
大きな拍手。
少しだけ声が震える。
「私たちが初めてライブハウスへ立った頃は、こんな日が来るなんて想像もできませんでした。」
客席が静かになる。
「たくさんの人に支えられて、今日ここへ立てています。」
「本当にありがとうございます!」
深く頭を下げる。
客席から温かい拍手が響いた。
れいじは、その横顔を見つめていた。
最初のライブ。
緊張で声が震えていたふたば。
歌い終わったあと、涙をこらえて笑っていた姿。
何度も壁にぶつかりながら、それでも前を向いてきた。
その全部を知っている。
「強くなったな」
自然とそう思った。
ライブは終盤へ入る。
『Now I Know』。
イントロが流れる。
客席から歓声が上がる。
ふたばが歌い始める。
また目が合った。
笑い合う。
今度はどちらも逸らさなかった。
ほんの数秒。
でも、その時間だけで十分だった。
れいじは気付く。
今日だけで、何度ふたばを見ただろう。
演奏中なのに。
無意識に。
何度も。
何度も。
「……そうか」
胸の奥で、小さく何かがほどけた。
最後の曲。
『今日が吉日』。
武道館中が歌声で一つになる。
客席。
メンバー。
照明。
歓声。
すべてが混ざり合う。
その景色の真ん中で、れいじはまたふたばを見た。
歌っている。
笑っている。
隣にいる。
その当たり前の景色が、こんなにも愛おしい。
「……俺」
心の中で呟く。
「今日、何回お前を見たんだろうな」
思わず笑ってしまう。
答えはもう分かっていた。
音楽が好きだから。
バンドが好きだから。
もちろん、それもある。
でも、それだけじゃない。
ここまで来られたのは。
この景色を見られたのは。
「ふたばだから」
その瞬間。
胸の奥にあった最後の迷いが消えた。
彼女が好きなんだ。
ようやく、その気持ちを認めることができた。
演奏が終わる。
客席から割れんばかりの拍手が降り注ぐ。
れいじは隣を見た。
ふたばも、同じようにこちらを見て笑っていた。
ライブは終わった。
けれど、二人にとって本当に大切な時間は、これから始まろうとしていた。
ライブが終わり、ステージの照明がゆっくりと落ちていく。
鳴り止まない拍手。
何度も何度も繰り返される「FirstDay!」の大合唱。
メンバーは何度も手を振り、深く頭を下げた。
そして、名残惜しさを胸に、ゆっくりとステージ袖へと戻っていく。
ステージを降りた瞬間だった。
「終わったぁーー!」
はじめがその場へ大の字になって倒れ込む。
「もう一歩も動けない!」
「床で寝ない」
美月がすぐにツッコむ。
「今日くらいいいじゃん!」
「汗だくだから余計だめ」
そのやり取りに、周りのスタッフからも笑いが起こる。
張り詰めていた空気が、一気にほどけた。
「みんな、本当にお疲れさまでした!」
紬が頭を下げる。
スタッフたちから自然と拍手が起こる。
「ありがとうございました!」
ふたばも深く頭を下げた。
目には、うっすら涙が浮かんでいる。
夢だった武道館。
無事に終えることができた。
その実感が、少しずつ込み上げてくる。
「よかったね」
彩乃が隣で微笑む。
「うん……」
ふたばは涙をこぼさないよう、小さく笑った。
その様子を少し離れた場所から見ていたれいじは、静かに息を吐く。
本当に終わった。
あの日、ライブハウスで始まった四人の夢。
それが今日、この武道館で一つ叶った。
スタッフへの挨拶を終え、メンバーはそれぞれ思い思いに余韻へ浸っていた。
その時だった。
彩乃がそっとふたばの肩へ手を置く。
「ふたば」
「ん?」
「行くんでしょ」
ふたばの表情が少しだけ固まる。
「でも……」
「今しかないよ」
紬も優しく頷いた。
「私たちは大丈夫です」
美月は腕を組みながら笑う。
「ここまで来たんだから、最後くらい自分の気持ちをちゃんと伝えな。」
はじめも大きく頷く。
「応援してる!」
ふたばは四人の顔をゆっくり見渡した。
みんなが笑っている。
背中を押してくれている。
「……ありがとう」
小さく深呼吸をする。
胸の鼓動が速い。
ライブより緊張しているかもしれない。
それでも、一歩踏み出した。
一方その頃。
れいじは武道館の静かな廊下を一人歩いていた。
さっきまでの歓声が、まだ耳の奥に残っている。
客席。
照明。
演奏。
そして、何度も目が合ったふたば。
「……」
自然と笑みがこぼれた。
武道館という夢は叶った。
だけど今日、一番心に残っているのは、あの笑顔だった。
足音が近づく。
「れいじさん」
聞き慣れた声だった。
れいじはゆっくり振り返る。
そこには少し緊張した表情のふたばが立っていた。
両手をぎゅっと握りしめ、真っすぐにれいじを見つめている。
「少しだけ……お時間、もらえますか?」
その一言で、武道館の長い一日は、まだ終わっていないことをれいじは知った。
第98話を読んでいただき、ありがとうございます。
ようやくFirstDayを武道館のステージへ立たせることができました。
ライブハウスで震えながら歌っていたふたば。
バンドを支え続けたはじめ。
いつも冷静に背中を押してくれた美月。
陰から支え続けた紬と彩乃。
そして、誰よりも音楽を信じて走り続けたれいじ。
これまで描いてきた時間が、この武道館ライブへとつながっています。
今回、特に描きたかったのは、れいじの視線でした。
これまでのれいじなら、ライブ中は演奏だけに集中していたはずです。
それなのに、気付けば何度もふたばを見てしまう。
その変化こそが、れいじ自身も気付かなかった恋心だったのだと思います。
そしてライブが終わったあと、仲間たちに背中を押され、ふたばはついに一歩を踏み出します。
夢の舞台を終えた二人を待っているのは、新しい未来。
次回はいよいよ、この物語の恋愛パート最大のクライマックスです。
最後まで見届けていただけたら嬉しいです。




