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第95話「名前のない感情」


誕生日サプライズの準備も、いよいよ大詰めとなりました。


本人には絶対に知られないよう動くふたばたち。


その一方で、何も知らないれいじは、少しずつ周りの変化を感じ始めます。


今回のテーマは「気付かない気持ち」。


まだ恋とは呼べない、小さな心の揺れを描いた一話です。


ぜひ最後までお楽しみください。


 全国ツアーも終盤に差しかかっていた。


 各地を巡る日々は忙しかったが、不思議と疲れは感じなかった。


 ライブを重ねるたびに客席の熱量は増し、FirstDayの音楽は確かに多くの人へ届き始めている。


 そして明日は、れいじの誕生日だった。


 もちろん、本人だけは知らない。


 ライブを終え、楽屋へ戻る。


「お疲れ!」


 はじめが冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出した。


「今日は喉がカラカラだ」


「それだけ暴れてたからでしょ」


 美月が笑う。


 ふたばは紬と目を合わせ、小さく頷いた。


 予定どおりだ。


「あの……私、ちょっと紬ちゃんたちと確認したいことがあるので」


「俺も行くよ!」


 はじめが立ち上がる。


「またか」


 れいじは思わず口にしていた。


 自分でも少し驚く。


「え?」


 ふたばが振り向く。


「いや……最近二人とも忙しいなと思って」


「あっ、うん!」


 ふたばは少しぎこちなく笑った。


「すぐ戻るから」


「じゃあ行ってきます!」


 四人は慌ただしく楽屋を出て行く。


 静かになった部屋には、れいじと美月だけが残った。


 美月はスポーツドリンクを一口飲みながら、横目でれいじを見る。


「静かだね」


「そうだな」


「最近、ふたば忙しそうだね」


「……そうだな」


 れいじは短く返した。


 それ以上は話さない。


 美月は少しだけ口元を緩めた。


 一方その頃。


 ホテルのパーティールームでは最終確認が行われていた。


 飾り付け。


 プレゼント。


 ケーキ。


 照明。


 紬が一つずつチェックしていく。


「問題ありません」


「よかったぁ」


 ふたばが胸をなで下ろす。


「あとクラッカー!」


 はじめが得意げに取り出す。


「三個!」


「ちゃんと三個なんだ」


 彩乃が笑う。


「百個は怒られるって言われたから」


「当たり前でしょ」


 ふたばも笑った。


 その笑顔を見ながら、彩乃は静かに思う。


 兄は本当に幸せ者だ。


 こんなに一生懸命考えてくれる仲間がいる。


 そして、その中心にはいつもふたばがいる。


 ホテルへ戻る途中。


 四人は明日の流れを確認しながら歩いていた。


「れいじさん、絶対びっくりしますよね」


 ふたばが言う。


「お兄ちゃん、リアクション薄いけどね」


 彩乃が笑う。


「でも嬉しい時はちゃんと分かるよ」


「そうなんだ」


「耳が赤くなる」


「そこ?」


 はじめが吹き出した。


 その瞬間。


 ふたばも笑った。


 心から楽しそうに。


 その様子を、ホテルのロビーかられいじが偶然見ていた。


 ガラス越しだった。


 話し声は聞こえない。


 でも。


 楽しそうに笑っている。


 はじめも笑っている。


 ふたばも笑っている。


「……」


 れいじは無意識に視線を追っていた。


「今見てた?」


 横から声がした。


 美月だった。


「いや別に」


 れいじはすぐに目を逸らす。


「そう?」


 美月は外を見る。


「最近さ」


 何気ない口調だった。


「ふたばとはじめ、仲いいよね」


 れいじは答えない。


「ライブ終わってからも一緒にいるし」


「……たまたまだろ」


「そうかな」


 美月は少し笑う。


「私は結構お似合いだと思うけどな」


 その一言だった。


 れいじの心が、小さく揺れた。


「えっ?」


 思わず聞き返していた。


「ふたばとはじめ」


「付き合っても不思議じゃないかなって」


 れいじは黙った。


 そんなこと、考えたこともなかった。


 でも。


 最近の二人を思い返す。


 一緒に出掛ける。


 楽しそうに笑う。


 何かを隠している。


 全部繋がってしまう。


「……」


「どうした?」


 美月が覗き込む。


「いや」


 れいじは首を振った。


「別に」


「そう」


 美月はそれ以上何も言わなかった。


 ただ小さく笑って、その場を離れていく。


 れいじだけが、その場に残った。


 夜。


 部屋へ戻る。


 ギターケースを開く。


 いつものようにアコースティックギターを膝へ乗せた。


 コードを鳴らす。


 なんか違う。


 もう一度。


 また違う。


「……」


 こんなことは珍しかった。


 曲を作る時も。


 ライブ前も。


 ギターを弾けば自然と集中できる。


 それなのに今日は。


 頭の中に浮かぶのは、美月の言葉だった。


『私は結構お似合いだと思うけど』


 そして。


 楽しそうに笑う、ふたばとはじめの姿。


 れいじはギターを静かに置いた。


 窓の外を見る。


 夜の街が静かに輝いていた。


「……なんなんだ」


 胸の奥が少しだけ苦しい。


 理由は分からない。


 でも、今まで感じたことのない感覚だった。


 その名前を、れいじはまだ知らない。


 知らないまま、その夜はゆっくりと更けていった。

第95話を読んでいただき、ありがとうございます。


今回は誕生日サプライズ前夜ということで、準備もいよいよ最終段階に入りました。


ふたばたちは成功させるために一生懸命動いていますが、その頑張りが逆にれいじを少しずつ不安にさせてしまうという、少し切なくも微笑ましい展開になりました。


そして今回は、美月が少しだけれいじを揺さぶる役を担っています。


美月はふたばの想いも、サプライズの計画も知っています。


だからこそ、あえて「ふたばとはじめ、お似合いかもね」という一言を投げかけました。


もちろん本気でそう思っているわけではありません。


れいじ自身が、自分の気持ちに気付くきっかけになればという、美月なりの優しさでもあります。


一方のれいじは、まだ自分の心の変化を理解できていません。


「なんとなく落ち着かない」


「なんとなく気になる」


その感情に、まだ名前を付けられないままです。


いよいよ次回は、誕生日当日。


みんなで準備してきたサプライズは無事成功するのか。


そして、れいじはどんな表情を見せるのか。


ぜひ楽しみにしていただけたら嬉しいです。

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