第94話「すれ違う時間」
今回は誕生日サプライズ計画が少しずつ本格化していきます。
本人に気付かれないよう準備を進めるだけでも一苦労。
そんな中、れいじは周りの様子に少しだけ違和感を覚え始めます。
まだ誰も気付いていない、小さな心の変化。
その始まりを楽しんでいただけたら嬉しいです。
全国ツアーは、さらに熱を増していた。
アルバム『NOW I KNOW』の曲たちは、日に日に客席へ浸透している。
最初は静かに聴いていた『Now I Know』も、今ではサビになると客席から自然に声が返ってくるようになった。
この日もライブは大成功だった。
最後の曲を終え、ステージ袖へ戻った瞬間、はじめが大きく息を吐く。
「今日もやばかったな!」
「毎回やばいって言ってる」
美月が笑う。
「でも本当にやばいんだって!」
ふたばも汗を拭きながら頷いた。
「今日のお客さん、すごく歌ってくれてましたね」
「ああ」
れいじも短く答える。
その表情は穏やかだった。
ライブ後の楽屋は、いつものように慌ただしい。
スタッフが出入りし、紬が次の移動スケジュールを確認している。
彩乃は衣装の袖口を見ながら、細かな修正点をメモしていた。
そんな中、ふたばが急に立ち上がる。
「あっ、私ちょっと行ってくるね」
「今から?」
れいじが顔を上げる。
「うん。すぐ戻るから」
ふたばは少しだけ慌てた様子でバッグを持った。
はじめも続いて立ち上がる。
「あっ、俺も行く」
「えっ?」
れいじが二人を見る。
ふたばは一瞬だけ固まった。
「えっと……」
はじめが明るく言う。
「コンビニ、コンビニ!」
「そう、コンビニ!」
ふたばが不自然に頷く。
「……そうか」
れいじはそれ以上何も言わなかった。
二人が楽屋を出ていく。
ドアが閉まる。
れいじは少しだけその扉を見ていた。
「最近、やたらと忙しそうだな」
ぽつりと呟く。
美月がその横顔をちらっと見た。
「誰が?」
「ふたば」
「そう?」
「なんとなく」
「ふーん」
美月はそれ以上何も言わなかった。
ただ、少しだけ口元が緩んでいた。
その頃、ふたばとはじめは会場近くの小さなカフェにいた。
奥の席には、紬と彩乃も先に来ていた。
「もう、遅い」
美月の代わりに彩乃が言う。
「ごめん!」
「れいじさんに見られちゃって……」
ふたばは席につくなり胸を押さえた。
「心臓に悪い」
「また?」
紬が苦笑する。
「今回は何とかごまかせた」
はじめが得意げに胸を張る。
「コンビニって言った」
「それ、大丈夫だったの?」
彩乃が疑う。
「たぶん」
「たぶんが一番怖い」
ふたばはメモ帳を広げた。
「とにかく、今日は会場とケーキを決めないと」
「真面目」
はじめが笑う。
「だって、もう時間ないよ」
れいじの誕生日まであと数日。
ライブの合間に準備できる時間は限られている。
だからこそ、ふたばは真剣だった。
「会場は?」
紬がタブレットを見せる。
「このホテルの小さなパーティールームが使えそうです。スタッフさんに確認済み」
「さすが紬ちゃん」
「飾り付けは?」
彩乃が資料を取り出す。
「派手すぎると兄ちゃん嫌がるから、シンプルでいいと思う」
「確かに」
「でもサプライズ感は欲しい!」
はじめが手を挙げる。
「クラッカー百個!」
「却下」
紬と彩乃の声が揃った。
「早っ!」
「百個も鳴らしたらホテルに怒られる」
彩乃が真顔で言う。
「じゃあ五十個」
「そういう問題じゃないから」
ふたばが笑ってしまう。
はじめは本気で考えているようだった。
「じゃあ十個」
「まだ多いな」
「三個?」
「それくらいなら」
「やったね!」
何に勝ったのかわからないが、はじめは嬉しそうだった。
ケーキは甘さ控えめのチーズケーキに決まった。
プレゼントは前に選んだ赤い差し色のマグカップ。
飾り付けは白と黒を基調にし、少しだけ赤を入れる。
れいじらしい、落ち着いた雰囲気。
ふたばは一つ一つ確認しながらメモを取っていく。
「ふたばちゃん、本当に頑張るね」
彩乃が言った。
「え?」
「お兄ちゃんのために」
ふたばの手が止まる。
「そ、それは……みんなでお祝いするんだから」
「うん」
彩乃は少しだけ笑った。
「そうだね」
その笑顔が何となく意味深で、ふたばは顔が熱くなった。
「もう、彩乃ちゃんまで……」
「何も言ってないよ」
「絶対何か思ってるでしょ」
「思ってない思ってない」
紬とはじめが笑う。
その笑い声に包まれながら、ふたばは少しだけ幸せな気持ちになった。
れいじが喜んでくれるかはわからない。
でも、喜んでほしい。
それだけは本当だった。
夜。
打ち合わせを終えた四人はホテルへ戻る道を歩いていた。
夏の夜風が少しだけ涼しい。
ふたばとはじめは前を歩き、今日決めた内容を確認している。
「クラッカー三個で本当に足りるかな」
「足ります」
「でもさ、サプライズ感って大事じゃん」
「音量も大事です」
「ふたばは意外と厳しいな」
「ホテルに怒られたら困るから」
二人はそんな話をしながら笑っていた。
その少し後ろで、紬と彩乃も歩いている。
「楽しそうだね」
彩乃が言う。
「そうですね」
紬は静かに頷いた。
その頃、ホテルのロビーにいたれいじは、何気なく外へ視線を向けた。
ガラス越しに、ふたばとはじめが歩いているのが見えた。
二人とも楽しそうに笑っている。
はじめが何か大げさに身振りをし、ふたばが呆れたように笑う。
「……」
れいじは少しだけ足を止めた。
別に珍しいことではない。
はじめは誰とでも仲がいい。
ふたばも最近はよく笑うようになった。
それだけだ。
そう思う。
でも。
「……仲いいな」
ぽつりと呟いた。
その声は、自分でも思ったより低かった。
「何が?」
後ろから美月の声がした。
れいじは少しだけ驚いて振り向く。
「いや」
「何でもない」
美月は外を見た。
ふたばとはじめ。
その後ろには紬と彩乃もいる。
美月はすぐに事情を察した。
でも何も言わなかった。
「そう」
ただ、それだけ言ってロビーのソファへ座る。
れいじもそれ以上話さなかった。
その夜。
ホテルの部屋。
れいじはギターを抱えていた。
いつものように軽くコードを鳴らす。
でも。
「あっ」
指が少しずれた。
珍しいミスだった。
もう一度弾く。
また、少しだけ違う。
「……何やってんだ俺は」
自分で呟く。
集中できない。
頭の中に浮かぶのは、さっき見た光景だった。
ふたばが笑っていた。
はじめの隣で。
楽しそうに。
別におかしくない。
何もおかしくない。
なのに、なぜか胸の奥が落ち着かなかった。
「……何考えてるんだ、俺」
れいじはギターを置いた。
窓の外では、夏の夜の街が静かに光っている。
その小さな違和感は、まだ名前を持っていなかった。
けれど確かに、れいじの中で何かが動き始めていた。
第94話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回はサプライズ準備を進める一方で、れいじの心にも少しずつ変化が生まれ始めました。
ふたばたちにとっては、誕生日を成功させるための楽しい準備。
けれど、その様子を何も知らずに見ているれいじからすると、「最近なんだか様子がおかしい」という違和感に映っています。
この「知らないのは本人だけ」という状況は、今回の誕生日編で描きたかった大切なポイントです。
また、クラッカーの数で盛り上がるはじめは、相変わらずのムードメーカーでした。
シリアスになりすぎず、FirstDayらしい空気を保ってくれる存在だと思っています。
そして、ラストではれいじがギターに集中できないという、これまでなら考えられなかった小さな変化を描きました。
本人はまだ理由が分かっていません。
でも読者の皆さんなら、「あれ?」と感じていただけたのではないでしょうか。
次回は誕生日当日がさらに近づき、サプライズ計画もいよいよ佳境へ。
れいじの”違和感”がどんな気持ちへ変わっていくのか、引き続き見守っていただけたら嬉しいです。




