第92話「動き始める時間」
武道館ライブへ向けた準備が、いよいよ本格的に始まりました。
夢の舞台に立つためには、演奏だけではなく、演出や衣装、ステージ構成など、考えなければならないことがたくさんあります。
そんな中、今回はもう一つ新しい計画も動き出します。
まだ誰にも知られていない、小さなサプライズ。
その計画が、これから少しずつ物語を動かしていくことになります。
ぜひ最後までお楽しみください。
全国ツアーが始まって二週間。
FirstDayは次の公演までの空き時間を利用して、DAYBREAK RECORDSの会議室に集まっていた。
今日の議題は一つ。
武道館ライブについて。
テーブルには資料がずらりと並び、黒田と佐伯、紬も参加している。
「まずは武道館ライブについてです」
紬がモニターを操作する。
画面には大きく『日本武道館 LIVE PROJECT』の文字が映し出された。
「ここから半年で、演出やセットリスト、映像、照明、グッズなどを詰めていきます」
黒田が続ける。
「今までのライブとは規模が違う」
「ライブハウスとは別物だと思ってほしい」
その言葉に、四人の表情が引き締まる。
「一万人近いお客さん全員に届けるライブを作る」
「それが今回の目標だ」
れいじは静かに頷いた。
「はい」
ふたばも資料を見つめる。
夢だった武道館。
決まった喜びはまだ残っている。
でも、決まったからこそ見えてきたものもあった。
そこへ立つ責任。
期待。
プレッシャー。
すべてが今までとは違う。
会議は一時間ほど続いた。
照明。
映像演出。
ステージ構成。
セットリスト。
次々と話し合われていく。
すると彩乃が手を挙げた。
「衣装なんだけど」
全員が振り向く。
「今のツアー衣装も気に入ってるけど」
「武道館だけは特別なものにしたいと思ってるんだけど、どうかな?」
れいじが頷く。
「彩乃に任せるよ」
「えっ、そんな簡単に?」
「彩乃なら大丈夫だろ」
彩乃は少し照れたように笑った。
「……わかった、やってみる」
その一言に、ふたばも自然と笑顔になる。
休憩時間。
ふたばは飲み物を取りに廊下へ出た。
自動販売機の前で財布を探していると、後ろから声がする。
「ふたばちゃん」
彩乃だった。
「あっ、彩乃ちゃん」
二人で缶コーヒーとジュースを買い、窓際で少し休憩する。
しばらく他愛ない話をしたあと、彩乃がふと思い出したように言った。
「そういえばさ」
「うん?」
「来月、お兄ちゃん誕生日なんだよね」
「えっ?」
ふたばが目を丸くする。
「本当?」
「うん」
「知らなかった……」
「お兄ちゃん、自分から絶対言わないから」
彩乃は笑う。
それは想像できた。
れいじらしい。
ふたばは少し考え込む。
「何かしたいな」
その一言に、彩乃は小さく微笑んだ。
「きっと喜ぶと思うよ」
「サプライズとか……どうかな?」
「いいんじゃない」
彩乃は頷く。
「せっかくだし、みんなでやろうよ」
「そうだね!」
ふたばの表情がぱっと明るくなった。
その日の夕方。
会議が終わると、ふたばは美月、はじめ、紬を呼び止めた。
「ちょっと相談があるんだけど」
「なになに?」
はじめが身を乗り出す。
「実は……」
ふたばは小さな声で事情を話した。
れいじの誕生日。
サプライズでお祝いしたいこと。
みんなで協力してほしいこと。
話を聞き終えたはじめは、大きく頷いた。
「面白そう!」
「やろう!」
「しー、まだ本人いるから」
美月が苦笑する。
れいじは少し離れた場所で佐伯と話をしていた。
「絶対バレないようにしないとね」
紬も真剣な表情になる。
「スケジュールは私が調整します」
「飾り付けは私かな」
美月が言う。
「じゃあ俺は?」
はじめが聞く。
一瞬考えてから、美月が言った。
「情報収集」
「情報?」
「れいじが好きなものとか」
「自然に聞き出して」
「それは俺にしかできない仕事だな!」
はじめは胸を張った。
その日の帰り道。
コンビニへ立ち寄る。
全員でアイスを選んでいると、はじめが何気なく話しかけた。
「れいじ」
「ん?」
「チョコとバニラなら?」
「バニラ」
「へぇ」
少し歩く。
「寿司と焼肉なら?」
「寿司」
「なるほど」
また少し歩く。
「帽子とかアクセサリーって付けないよな」
「必要ないから」
「そういうタイプか」
れいじは少し笑った。
「今日はやけに質問多いな」
「雑談だよ」
「そうか」
特に気にした様子もなく歩いていく。
はじめは心の中でガッツポーズをした。
翌日。
ツアー先のホテル。
ふたばたちはロビーのソファで小さな作戦会議を開いていた。
「どうだった?」
ふたばが聞く。
はじめは得意げに答える。
「甘すぎるものはあんまり好きじゃない」
「バニラ派」
「寿司好き」
「アクセサリーは付けない」
「おお」
美月が感心する。
「意外と聞き出せるもんだね」
「俺を誰だと思ってる」
胸を張るはじめ。
その様子に、ふたばも紬も笑ってしまった。
そこへ廊下を歩いていたれいじが、偶然その光景を目にする。
ふたば。
はじめ。
美月。
紬。
四人が楽しそうに笑っている。
何を話しているのかは聞こえない。
「……?」
れいじは一瞬だけ足を止めた。
でも、すぐに歩き出す。
特に気にするほどのことではない。
そう思った。
その時は、まだ。
その小さな違和感が、自分の心を少しずつ揺らし始めていることに、れいじ自身は気付いていなかった。
第92話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は武道館ライブへ向けた打ち合わせと、もう一つの「秘密の作戦」が始まる回でした。
夢の舞台が決まったことで、メンバーそれぞれが新しい目標に向かって動き始めています。
彩乃は武道館だけの特別な衣装を作ることを決意し、スタッフ陣もライブを最高のものにするため準備を進めています。
そして後半では、れいじの誕生日サプライズ計画がスタートしました。
ふたばらしい「みんなでお祝いしたい」という気持ちから始まったこの作戦ですが、本人にはまだまだ内緒です。
はじめも、いつもの明るさを活かして自然に情報収集を始めました。
本人は何気ない雑談のつもりでも、読者の皆さんからすると少しクスッと笑える場面になっていたら嬉しいです。
一方で、れいじはまだ何も知りません。
ただ、「最近みんなが何か楽しそうだな」と、小さな違和感を抱き始めています。
この違和感が、この先どんな気持ちへ変わっていくのか。
その変化も、ゆっくり見守っていただけたら嬉しいです。
次回もよろしくお願いいたします。




