第90話「束の間の休日」
第90話です。
全国ツアーが始まり、慌ただしい毎日を送るFirstDay。
今回は、そんなツアーの合間に訪れた束の間の休日を描きました。
ステージを降りれば、ごく普通の二十代の若者たち。
博多の街を歩き、美味しいものを食べて、笑い合う。
そんな何気ない時間だからこそ見えてくる、それぞれの素顔があります。
ライブシーンとは少し違う、肩の力を抜いて楽しめる一話になっていますので、ぜひ最後までお付き合いください。
全国ツアーが始まって一週間。
初日を無事に終えたFirstDayは、その後も各地でライブを重ねていた。
どの会場も熱気に包まれ、アルバム『NOW I KNOW』の曲たちは少しずつファンの間に浸透し始めている。
慌ただしい毎日だった。
だからこそ、この日は貴重だった。
ツアーの合間に訪れた、一日だけの完全オフ。
博多のホテルを出ると、夏の青空が広がっていた。
「今日は仕事の話なし!」
はじめが両手を広げて宣言する。
「はいはい」
美月が苦笑する。
「どうせ十分後には仕事の話してるよ」
「しない!」
「絶対する」
「しないって!」
そんなやり取りに、ふたばと紬が笑った。
彩乃も今日は同行している。
衣装の細かな調整やグッズの確認のためツアーに帯同していたが、今日は珍しく予定が何も入っていなかった。
「どこ行く?」
ふたばが聞く。
「食べ歩き!」
はじめが即答する。
「予想通り」
美月が肩をすくめる。
「せっかく博多に来たんだから、ご当地グルメ食べたいじゃん」
「それには賛成」
紬も笑顔で頷いた。
六人は駅前の商店街へ向かった。
休日ということもあり、多くの観光客で賑わっている。
焼きたての明太フランス。
熱々のもつ焼き。
とろけるような博多ラーメンの香り。
どこからともなく食欲をそそる匂いが漂ってくる。
「うまそう!」
はじめは真っ先に屋台へ向かった。
「ちょっと待って!」
ふたばが笑いながら追いかける。
「朝ご飯食べたばっかりでしょ?」
「別腹!」
「便利な言葉だね」
美月が呆れる。
その後も、はじめは明太フランスを頬張り、もつ焼きを食べ、最後には屋台のラーメンまで手にしていた。
「食べ過ぎじゃない?」
彩乃が苦笑する。
「ツアー中だからカロリーゼロ」
「そんな理論ある?」
笑い声が響いた。
一方、美月は雑貨店へ入っていく。
「これ可愛い」
並んでいるアクセサリーを見ながら呟く。
紬も興味津々だ。
「限定デザインなんだ」
「こういうの見ると欲しくなるよね」
二人は楽しそうに商品を眺めていた。
彩乃はその隣で、店員が着ている制服や店内ディスプレイを真剣な表情で見ている。
「彩乃ちゃん?」
ふたばが不思議そうに声をかける。
「どうしたの?」
「いや」
彩乃は少し照れながら笑う。
「勉強」
「勉強?」
「色の組み合わせとか、見せ方とか」
ショーウインドウを指差す。
「こういうの見てると参考になるから」
「さすが」
ふたばは感心した。
「もう仕事モードなんだね」
「癖みたいなものかな」
彩乃は少し恥ずかしそうに笑った。
昼過ぎ。
商店街を歩いているうちに、人混みではぐれてしまった。
「あれ?」
ふたばは立ち止まる。
「みんなどこ?」
さっきまで隣にいたはずなのに。
気付けば人の波に流されていた。
スマホを取り出そうとした、その時。
「いた」
後ろから声がした。
振り向く。
れいじだった。
「れいじさん」
「探した」
「すみません」
「人多いからな」
れいじはそれだけ言って歩き出す。
「みんな向こうかな」
「たぶん」
二人で並んで歩く。
不思議と静かだった。
気まずいわけじゃない。
でも、お互い無理に話さない。
そんな空気が心地よかった。
しばらく歩くと、小さな公園が見えてきた。
木陰では子どもたちが遊んでいる。
ベンチでは老夫婦が笑っていた。
「なんか平和ですね」
ふたばがぽつりと言う。
「そうだな」
れいじも頷く。
「こういう時間、久しぶりかも」
「だな」
ライブ。
レコーディング。
取材。
移動。
最近は毎日が慌ただしかった。
だからこそ、この何気ない時間が少しだけ嬉しかった。
「いたー!」
遠くからはじめの声が聞こえる。
「ふたばー!」
「れいじー!」
二人が振り向くと、全員が走ってきた。
「探したぞ!」
「そっちがはぐれたんでしょ」
美月が冷静に言う。
「結果オーライ!」
「意味が違う」
みんなが揃ったところで、近くの港の方へ向かうことになった。
少し歩くと、博多湾が広がる開けた場所に出る。
「すごい……」
ふたばが思わず声を漏らした。
青くきらめく海。
ゆっくりと行き交う船。
遠くに見える福岡タワー。
潮風が頬を撫でていく。
「気持ちいいね」
紬が目を細めた。
「博多って感じする」
はじめも満足そうに頷く。
「写真撮ろう!」
はじめがスマホを掲げる。
「いいね」
紬も賛成する。
六人並んで写真を撮る。
一枚。
二枚。
三枚。
最後は、はじめが変顔をした。
「何それ!」
彩乃が笑い転げる。
「サービス精神!」
「いらない!」
みんなの笑い声が夏空へ溶けていった。
夕方。
ホテルへ戻る。
今日は何もしない一日だった。
でも、それが何より贅沢だった。
部屋に戻ったふたばは、今日撮った写真を見返していた。
楽しそうに笑うみんな。
変顔のはじめ。
呆れ顔の美月。
照れ笑いの彩乃。
穏やかに笑う紬。
そして、一枚だけ。
展望台で撮った写真。
偶然、れいじと目が合っている写真があった。
「……」
ふたばは少しだけ微笑む。
その写真をお気に入りに登録した。
一方その頃。
れいじもホテルの部屋でスマホを見ていた。
グループチャットに送られてきた写真。
何枚か眺める。
ふと指が止まった。
そこには、自然に笑うふたばが写っていた。
「……」
理由はわからない。
でも、なぜかその写真だけ、もう一度見返していた。
全国ツアーは始まったばかり。
忙しい毎日の中にも、こうして笑い合える時間がある。
それがまた、明日から前へ進む力になる。
誰もまだ気付いていなかった。
この何気ない一日が、少しずつそれぞれの心を動かし始めていたことに。
第90話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は全国ツアー中の貴重な休日を描いてみました。
ツアーというとライブの華やかな場面ばかりを想像しがちですが、その裏では移動が続き、こうした短い休息がとても大切になります。
今回は博多を舞台に、メンバーそれぞれの過ごし方にも少しずつ個性を出してみました。
食べ歩きを満喫するはじめ。
雑貨を見る美月。
仕事の目線で街を観察する彩乃。
そんな仲間たちを見ている紬。
そして、何気ない時間を大切にするふたばとれいじ。
特別な出来事はありませんでしたが、こういう普通の一日があるからこそ、ステージの輝きもより大きく感じられるのだと思います。
また、最後の写真のシーンは小さな描写ですが、ふたばとれいじ、それぞれの心が少しだけ動き始めていることを表現してみました。
本人たちはまだ気付いていません。
でも、読者の皆さんには少しだけ伝わっていたら嬉しいです。
次回は全国ツアーもいよいよ中盤へ。
FirstDayの勢いはさらに加速していきますので、引き続き応援よろしくお願いします。




