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第89話「全国ツアー開幕」

第89話です。


いよいよ全国ツアーが開幕しました。


新しいアルバム。


新しい衣装。


新しいグッズ。


これまで積み重ねてきたものを、ようやく皆さんに届ける日です。


そして今回は、もう一人の主役がいます。


前話でデザインを担当した彩乃。


自分が生み出したものが初めてファンの皆さんの手に渡る瞬間を、ぜひ一緒に見届けていただけたら嬉しいです。

全国ツアー初日。


 会場の楽屋には、いつもと少し違う緊張感があった。


 理由はわかっている。


 今日から始まるツアーが、今までで一番大きいものだから。


 そしてもう一つ。


 彩乃がデザインした新衣装を、初めて人前で着る日だったからだ。


「……すごい」


 ふたばは鏡の前で、小さく呟いた。


 白と黒を基調にした衣装。


 余計な装飾はないのに、ステージに立つための強さがある。


 そして胸元や袖には、ふたばのメンバーカラーである緑が控えめに入っていた。


 派手すぎない。


 でも、ちゃんと自分の色がある。


「似合ってんじゃん」


 美月が横から言った。


 美月の衣装には紫の差し色が入っている。


 黒が多めで、少し艶のあるデザイン。


 本人の雰囲気に妙に合っていた。


「美月さんもすごく似合ってます」


「でしょ?」


 美月は鏡の前で軽くポーズを取る。


「これは気分上がるね」


 はじめは青の差し色が入った衣装を着て、やたら動き回っていた。


「見て! 俺、めっちゃ速そうじゃない?」


「ドラムに速さ関係ある?」


 美月が冷静に返す。


「あるだろ! 勢い的に!」


「はいはい」


 れいじは赤のアクセントが入った衣装を着て、ギターの調整をしていた。


 いつも通りに見える。


 けれど、ふたばには少しだけ違って見えた。


 新しい衣装を着たれいじは、いつもより遠いステージの人に見えた。


 彩乃は楽屋の端で、全員を見ていた。


 少し落ち着かない様子で、手元の資料を何度も確認している。


「彩乃ちゃん」


 ふたばが声をかける。


「これ、本当にすごいよ」


「……ほんと?」


「うん。着たらもっと好きになった」


 彩乃は少しだけ顔を赤くした。


「ならよかった」


 そこへ紬が入ってくる。


「開場前に、グッズ売り場見に行きます?」


 彩乃が一瞬固まる。


「……見たい」


 会場ロビー。


 物販スペースには、すでに長い列ができていた。


 Tシャツ。


 タオル。


 タンブラー。


 ラバーバンド。


 キーホルダー。


 そしてアクリルスタンド。


 彩乃がデザインしたグッズたちが、テーブルに綺麗に並べられている。


「うわ……」


 彩乃は思わず足を止めた。


 ファンが手に取っている。


 迷っている。


 笑いながら選んでいる。


「このタオル可愛い」


「ロゴかっこいい」


「アクスタ買う?」


「全部欲しいんだけど」


 そんな声が聞こえてくる。


 彩乃は、胸の奥がぎゅっとなるのを感じた。


 自分が考えたものを、知らない誰かが欲しいと言ってくれている。


 それは、想像していたよりずっと不思議で、ずっと嬉しいことだった。


「……本当に買ってくれるんだ」


 小さく呟く。


 紬が隣で微笑む。


「かなり評判いいですよ」


「ほんとに?」


「はい。特にロゴタオルとアクスタが動いてます」


「アクスタ……」


 彩乃は少し笑った。


「はじめさん、喜びそう」


「たぶん一番喜びます」


 ステージ袖。


 開演直前。


 客席のざわめきが壁越しに伝わってくる。


 ふたばは深呼吸した。


 何度もライブはしてきた。


 でも、ツアー初日はやっぱり特別だ。


 新しい衣装。


 新しいグッズ。


 新しいアルバム。


 全部を背負って、今日から始まる。


「大丈夫か?」


 れいじが横から聞いた。


「……少し緊張してます」


「いつも通りでいい」


 短い言葉。


 でも、その一言で少しだけ肩の力が抜けた。


「はい」


 照明が落ちる。


 歓声が一気に大きくなる。


 SEが流れた。


 四人がステージへ出る。


 その瞬間、客席の空気が跳ねた。


「衣装かっこいい!」


「ふたばちゃん可愛い!」


「れいじー!」


 声が飛ぶ。


 ふたばはマイクの前に立つ。


 目の前には満員の客席。


 手には彩乃が作ったタオルを持つファンがいる。


 Tシャツを着ている人もいる。


 それだけで胸が熱くなった。


 一曲目。


『あの空の向こう側』


 音が鳴る。


 会場が一気に熱を持つ。


 はじめのドラムが走り、美月のベースが支え、れいじのギターが鳴る。


 ふたばの声がその上に乗った。


 新しい衣装の布が、照明を受けて揺れる。


 まるで本当に、次の場所へ進んでいるようだった。


 数曲を終えたあと、ふたばはMCで客席を見た。


「今日は来てくれてありがとうございます!」


 拍手。


「今回のツアーから、新しい衣装とグッズになりました」


 客席がざわつく。


「デザインしてくれたのは、ギターれいじの妹の彩乃ちゃんです」


 会場から拍手が起きた。


 スタッフエリアにいた彩乃が、驚いたように目を見開く。


 スポットライトが少しだけそちらへ向けられる。


「え、ちょっと」


 彩乃は慌てて小さく頭を下げた。


 拍手はさらに大きくなった。


 れいじがマイクを持つ。


「うちの妹です」


 それだけ。


 会場が笑う。


 美月がすかさず言う。


「説明雑すぎ」


 また笑いが起きた。


 でも彩乃は、笑いながらも少し目元を押さえていた。


 ライブはそのまま熱を増していった。


『Now I Know』


『アイツの暴走』


『雨上がりの空より』


 新アルバムの曲たちが、初めてツアーの中で鳴る。


 客席はしっかり受け止めてくれていた。


 最後の曲が終わる頃には、会場全体が熱気に包まれていた。


 終演後。


 楽屋へ戻ると、全員が汗だくだった。


「マジ最高!」


 はじめが叫ぶ。


「初日から飛ばしすぎ」


 美月が笑う。


 そこへ紬が入ってきた。


「報告です」


 全員が振り向く。


「グッズ、ほぼ完売です」


 彩乃が固まった。


「……え?」


「Tシャツ、タオル、アクスタは完売です」


「アクスタが売れた!」


 はじめが一番に反応する。


「俺のも!?」


「もちろんです」


「マジかよ!」


「お前が一番嬉しそうじゃん」


 美月が笑う。


 彩乃はまだ言葉が出なかった。


 自分が考えたものが、ちゃんと届いた。


 音楽ではない。


 でも確かに、FirstDayの一部になれた。


 その実感が、胸の奥に広がっていく。


 れいじが近づいてくる。


「彩乃」


「……何?」


「お疲れ」


 たった一言。


 でも、それで十分だった。


 彩乃は少しだけ俯いて、笑った。


「……うん」


 全国ツアー初日。


 音も、衣装も、グッズも。


 たくさんの人の想いを乗せて、FirstDayはまた新しい一歩を踏み出した。

第89話を読んでいただき、ありがとうございます。


今回は全国ツアー初日のお話でした。


ライブそのものはもちろんですが、今回は衣装やグッズにもスポットを当ててみました。


ライブ会場では、音楽だけでなく、Tシャツやタオル、ロゴなど、さまざまなものが作品の一部になります。


そして、そのすべてに誰かの想いが込められています。


今回の彩乃もその一人です。


最初は「私なんかで大丈夫かな」と不安ばかりでしたが、自分のデザインしたグッズをファンの方が手に取ってくれる姿を見て、少しだけ自信を持つことができました。


れいじの「お疲れ」という短い言葉も、兄らしい不器用な優しさだったのかなと思っています。


一方で、はじめは最後まで通常運転でした。


アクスタの売れ行きを誰よりも気にしていたあたりは、やっぱりはじめらしいですね。


全国ツアーは始まったばかりです。


この先、メンバーはどんな景色を見て、どんな出会いを重ねていくのでしょうか。


引き続きFirstDayの旅を見守っていただけたら嬉しいです。

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